30 / 105
水仙の誘惑
水仙の誘惑 -2-
しおりを挟む喫茶店で待ち合わせてをしていた文乃の友人は、どことなく陰を感じさせる女性であった。
年齢は三〇代半ば。顎のラインで切られたショートヘアが、普段は活発な女性であることを思わせる。
女性は花音の姿を認め、「華村さん」と息を呑んだ。どうやら文乃だけでなく、花音とも顔見知りのようである。
「こんにちは、菜摘さん」
花音は軽く会釈する。
「……こんにちは」
菜摘と呼ばれた女性の目には、戸惑いの色が浮かんでいた。その目が咲を捉え、今度は訝しげに狭まった。
状況が呑み込めていないのは、傍目からもよく分かる。
──かくいう私も、今の状況、呑み込めていないのですが……。
引きつった笑顔を浮かべ、咲はお辞儀をした。
「とりあえず、座りませんか?」
花音が椅子を指し示す。それで菜摘の隣に文乃が、その向かいに花音と咲が並んで座った。
すぐに店員がやって来て、注文を受け、立ち去っていく。その背中を見届けた花音は、さてと、とこぼした。
「突然、お呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
菜摘を見据え、謝辞を述べる。
いいえ、と菜摘は小さく首を振った。
「それより、お二人は知り合いだったのですね」
花音と文乃を交互に見て問う。
「ええ。文乃さんは、以前、うちのビルに住んでいましたから」
そうなんですか、と頷いた菜摘の視線が、今度は咲に行き当たった。
「ああ。彼女は、私のアシスタントの田邊咲さんです」
それに気づいた花音が、咲を紹介する。
「このあと生け込みの仕事がありまして。申し訳ありませんが、同席させてもらいます」
涼しい顔でもっともらしい嘘を述べた。
わかりました、と頷いた菜摘は、視線を花音に戻し、「それで、今日は?」と尋ねた。
「そうですね……」
花音は首を傾げる。
「少し待ちませんか? 飲み物がくるまで」
ニコリと笑う。
ほどなくして注文の品を運んできた店員がテーブルにそれぞれの品を置き、去っていく。
花音は目の前に置かれた紅茶を一口啜り、ゆっくりと口を開いた。
「本日、菜摘さんをお呼びしたのは、文乃さんに贈られたニラについて、少し確認したいことがあったからです」
「……ニラについて?」
菜摘はピクリと眉を動かした。
はい、と花音は頷き、文乃に「先ほどの包みを出してもらえませんか?」と声をかけた。
文乃はトートバックの中から新聞紙の包みを取り出し、テーブルの上へと置く。
「こちらのニラですが……」
花音は新聞紙を広げながら言った。
「菜摘さんがお育てになったそうですね」
鋭い視線を菜摘に向ける。ええ、と菜摘は躊躇いがちに応じた。
「なるほど。──それでは、どうしてニラを育てようと思われたのでしょう?」
「え?」
菜摘の動きが一瞬止まる。
「どうして、というのは?」
聞き返した彼女の目には、明らかに警戒の色が浮かんでいた。
「いえ、家庭菜園でニラを育てるのは、珍しいな、と思いまして」
花音の疑問に、「それは」と菜摘が息を呑んだ。
「……テレビの番組で、妊婦にはニラがいいと言っていましたので」
どこか探るように言葉を紡いだ。
「なるほど。テレビでご覧になられたのですね」
花音はニコリと笑う。
それから「ところで、こちらのニラは少し匂いが少ないように感じるのですが、どうしてでしょう?」と問う。
「それは……品種改良された匂いの少ないニラだからです」
菜摘は目を伏せ、答えた。
「品種改良ですか」
花音は新聞紙の上の葉に手を伸ばす。
無造作にそのうちの一つを摘むと、鼻へと近づけ、クンクンと匂いを嗅いだ。
「──ですが、この葉からはニラ特有の匂いである『硫化アリル臭』が全く感じられないのです」
ユルユルと首を振った。
「……りゅうかありる?」
聞き慣れない言葉に菜摘が眉をひそめた。
「硫化アリルは、ニンニクなどにも含まれる匂いの成分です。──ニンニクのあの匂いのしつこさといったいったら。翌日になっても匂いが残っているくらいです」
花音は手にしていたそれを新聞紙へとそっと戻し、菜摘を見据えた。
「それだけ匂いの強い成分がニラにも含まれています。なのに、いくら品種改良がされているとは言え、あまりにも匂わなさすぎるんです」
菜摘はますます視線を落とし、キュッと唇を結んだ。
「もう一つ疑問なのは」
花音は人差し指を伸ばし、顔の前に突き出す。
「妊娠初期の頃というのは、つわりがあり、匂いに非常に敏感な時期だと聞きます」
その指を頬に当て、下唇に中指を添わした。
「なのに、なぜその時期の妊婦である文乃さんに、ニラを差し上げたのでしょう?」と首を傾げる。
「いくら品種改良されているとはいえ、匂いの強いイメージのあるものは、通常は避けるものではないでしょうか?」
花音の疑問に、菜摘は押し黙り、テーブルの上を凝視した。
「……それは妊婦にはニラがいいって聞いたからって」
黙り込んでしまった菜摘に代わり、文乃が言葉を発する。
それなんですが、と花音はますます首を傾げた。
「菜摘さんはその情報をテレビで見たから、ニラを育てようと思ったのですよね?」
花音の問いに、菜摘はゆっくりと首を縦に動かした。
「──しかし、そうだとすると、時期が合わないのです」
花音は眉間に皺を寄せ、首を横に振った。
「時期が合わないって、どういうことなの?」
文乃が少し苛立った声を上げる。
文乃にはその葉が水仙の葉だということは告げてあるし、その危険性も伝えてある。それを理解したからこそ、文乃は菜摘とのアポイントを取ってくれたはずなのだが──
友人が責め立てられている状況を前にして、彼女の味方についたのだろう。
菜摘を庇うように肩を抱く文乃に、花音は苦笑いを浮かべた。
まずは文乃を納得させなければ、話を進めることはできない。
1
あなたにおすすめの小説
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―
くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。
「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」
「それは……しょうがありません」
だって私は――
「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」
相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。
「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」
この身で願ってもかまわないの?
呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる
2025.12.6
盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる