29 / 105
水仙の誘惑
水仙の誘惑 -1-
しおりを挟む「あの、どちらまで?」
咲は車の助手席で、花音に尋ねた。
「隣駅にある喫茶店まで」
「喫茶店?」
「うん。ちょっと人と待ち合わせているんだ」
「人と?」
あまり詳しい事情を話さない花音に、咲は眉根を寄せた。
「ごめんなさいね、咲さん。お付き合いさせてしまって」
そんな咲を気遣って、後部座席の文乃が謝辞を述べる。
「実は私の友達と待ち合わせをしているの」
「そうなんですか」
咲は曖昧に笑って応じた。
──それで私はなんの理由で付き合わされているのだろう?
花音と彼の元カノとの空間に戸惑い、咲はチラリと花音を窺った。視線に気づいているのかいないのか、花音は涼しい顔で運転を続ける。
「咲さんは華村ビルに引越してきて、どれくらい経つの?」
文乃が尋ねた。
「そうですね。だいたいニ週間くらいです」
「ニ週間? それなら、つい最近引越してきたのね」
「はい。今まで実家暮らししていたんですけど、色々ありまして。花音さんの好意に甘えて住まわせてもらっています」
そうなの、と文乃が頷いた。
「あそこはそういうところだものね」
懐かしそうに笑う。
「そういうところ?」
「訳あり人間の住む処」
「訳あり人間の住む処……」
なるほど、そうなのかもしれない、と咲は思った。
「私も、昔、あのビルに住んでいたのよ」
「文乃さんが?」
「ええ。五年ほど前に」
つまり文乃さんも訳あり人間だったわけだ。
「花音さんに……あ、武雄くんのお祖母さまに助けていただいて」
「文乃さん、その話は」
それまで黙って二人の話を聞いていた花音が顔をしかめた。
いいじゃない、と文乃は笑って続ける。
「私、昔、ホステスをしていてね……」
「ホステス?」
意外な職歴に咲は目を見開いた。咲の想像では、ホステスとはもっとイケイケでギラギラした人がなる職業だと思っていた。
文乃はそれとは全く逆の穏やかで控えめで上品な印象だ。
「そう。ちょっと名前の知れたところの高級クラブでね」
そうなんですか、と咲は頷いた。
ホステスは意外だったが、『高級クラブ』というところには納得がいった。
「ということは、花音さんとはそこで知り合ったんですか?」
咲の問いに、「なんでさ」と花音が呆れ声を上げる。
「え? 違うんですか?」
「あのね、咲ちゃん」と花音は大袈裟にため息を吐き出し、眉をひそめた。
「僕、そんなところにいくような男に見える?」
「見えるというか……」
咲はチラリと花音を見上げた。
「男の人はみんな行くものだと……」
「行かないよ。大体、そんなに女性との出会いに困ってないし」
「そうなんですか?」
「そう」
花音は憤懣やるかたないというように鼻息を荒くした。
「──花音さんって、意外にチャラいんですね」
「は?」
予想外の返しに花音が目を丸くする。
「だって、女性に困っていないなんて……」
「いやいや、違うでしょ。『女性との出会い』に、でしょ。誤解を招くようなこと言わないで」
「同じですよね」
「全然違うよ」と花音は肩を竦めた。
「仲がいいのね」
二人のやりとりを眺めていた文乃がクスクスと笑う。
「でも、まぁ、武雄くんの名誉のために言っておくと、最初に知り合ったのはお祖母さまの方なの。武雄くんは、クラブには来ていないわ」
「そうなんですか?」
「そうなの。武雄くんのお祖母さまがクラブにお花を生けに来ていてね。それで知り合ったの」
それは生け込みというやつですね。
咲は頷いた。
「当時、私、ストーカー被害にあっていて」
「ストーカー被害?」
「ええ。ちょっと悪質な客がいてね。それで武雄くんのお祖母さまに相談したら、華村ビルに住まないかって言われたの」
「『うちにはいい用心棒もいるから』って」
いい用心棒って、花音さんのこと?
チラリと花音を一瞥する。
身長はわりと大きいほうだけど。中性的で柔らかな物腰の花音には、とても用心棒なんて荒っぽいことは勤まらない気がした。
「それであそこの五階に住むことになったの」
文乃はそう言って笑った。
五階に住んでいた、ということは付き合っていた花音もよくその部屋を訪れたのだろう。
内見のとき、部屋の事情に詳しかったのは、そのせいなのかもしれない。
色々勘ぐっていると、「もういいですか、文乃さん。そろそろ待ち合わせの場所に着きますよ」と花音が話を遮った。
1
あなたにおすすめの小説
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる