7 / 13
第七話 秘密のティータイムと、芽生える想い
しおりを挟む
食糧横流し事件が解決し、宮廷には束の間の平穏が訪れていた。
しかし、水面下では、宰相アシュター・フォン・ナイトレイと公爵令嬢スカーレット・アリア・ヴァーミリオンの間で、奇妙な関係が続いていた。
表向きは、宰相と、彼に一目置かれるようになった聡明な公爵令嬢。
だが、その裏では、スカーレットが持つ「未来の知識」の断片が、アシュターの政治判断に僅かながら影響を与え始めていた。
スカーレットは、他国の動向や国内貴族の不穏な動きに関する情報を、あくまで「噂話」や「個人的な懸念」という形で、アシュターとの稀な会話の中でそれとなく伝えた。
アシュターは、その情報の正確さと、それがもたらされるタイミングの良さに、依然として強い疑念を抱きつつも、無視することはできなかった。
彼女の情報は、結果的にいくつかの小さな危機を未然に防ぎ、彼の政務を助ける形となっていたのだ。
そんな奇妙な協力関係を続けるうち、二人の間には「情報交換」という名目の、秘密のティータイムが定着しつつあった。
週に一度、宰相執務室の隣にある、人目につかない小さな応接室で、二人は向き合う。
テーブルの上には、上質な紅茶と、スカーレットが時折持参する手作りの菓子が並ぶ。
アシュターは、相変わらず冷徹な仮面を崩そうとはしない。
しかし、スカーレットと二人きりのこの空間では、ほんの少しだけ、彼の纏う空気が和らぐのをスカーレットは感じていた。
以前よりも口数は増え、スカーレットの意見にも、頭ごなしに否定せず、静かに耳を傾けるようになった。
そして、ごく稀にだが、彼女の言葉に微かに口元を緩ませる瞬間があることを、スカーレットは見逃さなかった。
(アシュター様、少しずつ変わってきている……?)
スカーレットは、そんな彼の僅かな変化を見つけるたびに、胸が温かくなるのを感じていた。
同時に、彼女自身の心の中にも、大きな変化が訪れていた。
最初は「推し」である彼を破滅から救いたい、という庇護欲にも似た感情だったはずなのに。
彼の孤独に触れ、その不器用な優しさを知るにつれて、スカーレットの胸には、尊敬や同情だけではない、もっと甘くて切ない感情が芽生え始めていたのだ。
(まさか、わたくしが……あの悪役宰相と噂されるアシュター様に、恋……?)
気づいた瞬間、スカーレットは顔が熱くなるのを感じた。
八度目の人生にして、初めての、本気の恋かもしれない。
相手は、国中から恐れられ、いずれ破滅する運命にあるかもしれない男だというのに。
自分の迂闊さと、運命の皮肉に、スカーレットはため息をつきたくなった。
その日のティータイム、スカーレットはループ知識を元に、アシュターの密かな好物である、蜂蜜漬けのナッツを使ったタルトを持参していた。
「これは……?」
アシュターは、目の前に置かれたタルトを見て、わずかに目を見開いた。
「最近、わたくしの家の料理人が試作したものですの。もしよろしければ、味見をしていただけませんか?」
スカーレットは、何食わぬ顔で微笑む。
アシュターは、じっとタルトを見つめた後、ゆっくりとフォークを手に取った。
そして、一口、口に運ぶ。
その瞬間、彼の瑠璃色の瞳が、驚きと、そして微かな喜びの色に揺らめいたのを、スカーレットは見逃さなかった。
「……美味い」
ぽつりと、彼が呟いた。
普段の彼からは考えられない、素直な感想だった。
「それはようございましたわ」
スカーレットは、内心でガッツポーズをしながら、優雅に微笑んだ。
推しの喜ぶ顔が見られるのは、何物にも代えがたい喜びだ。
しかし、次の瞬間、アシュターが投げかけた言葉に、スカーレットは凍りついた。
「……なぜ、私がこれが好物だと知っていた?」
彼の視線が、再び鋭さを取り戻す。
(しまった……!)
スカーレットは、推しを喜ばせたい一心で、うっかりボロを出してしまったことに気づき、内心で悲鳴を上げた。
「え、えっと……それは……その、閣下のお好きなものは、当然把握しておりますので……」
しどろもどろになるスカーレット。
アシュターは、疑念に満ちた目で彼女を見つめた。
彼女の動揺は明らかだ。
やはり、何かを隠している。
自分について、異常なほど詳しい。
彼女は一体、どこまで知っているのか……?
アシュターは、スカーレットに惹かれ始めている自分自身に戸惑っていた。
彼女の聡明さ、度胸、そして時折見せる危うさ。
その全てが、彼の心をかき乱す。
彼女を信じたい気持ちと、宰相としての警戒心が、彼の内で激しくせめぎ合っていた。
気まずい沈黙が流れる。
スカーレットは、どうやってこの場を切り抜けようかと必死に頭を回転させた。
アシュターは、彼女の真意を探ろうと、言葉を選んでいるようだった。
束の間の平穏な時間。
しかし、それは水面下で渦巻く疑念と、芽生え始めた淡い想いが交錯する、危ういバランスの上に成り立っていた。
そして、スカーレットのループ知識は、次の大きな陰謀の影が、すぐそこまで迫っていることを告げていた。
この奇妙な関係は、これからどうなっていくのだろうか。
二人の運命は、そして国の未来は……。
穏やかなティータイムの裏で、物語は確実に、次の波乱へと向かって動き出していた。
しかし、水面下では、宰相アシュター・フォン・ナイトレイと公爵令嬢スカーレット・アリア・ヴァーミリオンの間で、奇妙な関係が続いていた。
表向きは、宰相と、彼に一目置かれるようになった聡明な公爵令嬢。
だが、その裏では、スカーレットが持つ「未来の知識」の断片が、アシュターの政治判断に僅かながら影響を与え始めていた。
スカーレットは、他国の動向や国内貴族の不穏な動きに関する情報を、あくまで「噂話」や「個人的な懸念」という形で、アシュターとの稀な会話の中でそれとなく伝えた。
アシュターは、その情報の正確さと、それがもたらされるタイミングの良さに、依然として強い疑念を抱きつつも、無視することはできなかった。
彼女の情報は、結果的にいくつかの小さな危機を未然に防ぎ、彼の政務を助ける形となっていたのだ。
そんな奇妙な協力関係を続けるうち、二人の間には「情報交換」という名目の、秘密のティータイムが定着しつつあった。
週に一度、宰相執務室の隣にある、人目につかない小さな応接室で、二人は向き合う。
テーブルの上には、上質な紅茶と、スカーレットが時折持参する手作りの菓子が並ぶ。
アシュターは、相変わらず冷徹な仮面を崩そうとはしない。
しかし、スカーレットと二人きりのこの空間では、ほんの少しだけ、彼の纏う空気が和らぐのをスカーレットは感じていた。
以前よりも口数は増え、スカーレットの意見にも、頭ごなしに否定せず、静かに耳を傾けるようになった。
そして、ごく稀にだが、彼女の言葉に微かに口元を緩ませる瞬間があることを、スカーレットは見逃さなかった。
(アシュター様、少しずつ変わってきている……?)
スカーレットは、そんな彼の僅かな変化を見つけるたびに、胸が温かくなるのを感じていた。
同時に、彼女自身の心の中にも、大きな変化が訪れていた。
最初は「推し」である彼を破滅から救いたい、という庇護欲にも似た感情だったはずなのに。
彼の孤独に触れ、その不器用な優しさを知るにつれて、スカーレットの胸には、尊敬や同情だけではない、もっと甘くて切ない感情が芽生え始めていたのだ。
(まさか、わたくしが……あの悪役宰相と噂されるアシュター様に、恋……?)
気づいた瞬間、スカーレットは顔が熱くなるのを感じた。
八度目の人生にして、初めての、本気の恋かもしれない。
相手は、国中から恐れられ、いずれ破滅する運命にあるかもしれない男だというのに。
自分の迂闊さと、運命の皮肉に、スカーレットはため息をつきたくなった。
その日のティータイム、スカーレットはループ知識を元に、アシュターの密かな好物である、蜂蜜漬けのナッツを使ったタルトを持参していた。
「これは……?」
アシュターは、目の前に置かれたタルトを見て、わずかに目を見開いた。
「最近、わたくしの家の料理人が試作したものですの。もしよろしければ、味見をしていただけませんか?」
スカーレットは、何食わぬ顔で微笑む。
アシュターは、じっとタルトを見つめた後、ゆっくりとフォークを手に取った。
そして、一口、口に運ぶ。
その瞬間、彼の瑠璃色の瞳が、驚きと、そして微かな喜びの色に揺らめいたのを、スカーレットは見逃さなかった。
「……美味い」
ぽつりと、彼が呟いた。
普段の彼からは考えられない、素直な感想だった。
「それはようございましたわ」
スカーレットは、内心でガッツポーズをしながら、優雅に微笑んだ。
推しの喜ぶ顔が見られるのは、何物にも代えがたい喜びだ。
しかし、次の瞬間、アシュターが投げかけた言葉に、スカーレットは凍りついた。
「……なぜ、私がこれが好物だと知っていた?」
彼の視線が、再び鋭さを取り戻す。
(しまった……!)
スカーレットは、推しを喜ばせたい一心で、うっかりボロを出してしまったことに気づき、内心で悲鳴を上げた。
「え、えっと……それは……その、閣下のお好きなものは、当然把握しておりますので……」
しどろもどろになるスカーレット。
アシュターは、疑念に満ちた目で彼女を見つめた。
彼女の動揺は明らかだ。
やはり、何かを隠している。
自分について、異常なほど詳しい。
彼女は一体、どこまで知っているのか……?
アシュターは、スカーレットに惹かれ始めている自分自身に戸惑っていた。
彼女の聡明さ、度胸、そして時折見せる危うさ。
その全てが、彼の心をかき乱す。
彼女を信じたい気持ちと、宰相としての警戒心が、彼の内で激しくせめぎ合っていた。
気まずい沈黙が流れる。
スカーレットは、どうやってこの場を切り抜けようかと必死に頭を回転させた。
アシュターは、彼女の真意を探ろうと、言葉を選んでいるようだった。
束の間の平穏な時間。
しかし、それは水面下で渦巻く疑念と、芽生え始めた淡い想いが交錯する、危ういバランスの上に成り立っていた。
そして、スカーレットのループ知識は、次の大きな陰謀の影が、すぐそこまで迫っていることを告げていた。
この奇妙な関係は、これからどうなっていくのだろうか。
二人の運命は、そして国の未来は……。
穏やかなティータイムの裏で、物語は確実に、次の波乱へと向かって動き出していた。
75
あなたにおすすめの小説
地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
藤 ゆみ子
恋愛
グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。
それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。
二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。
けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。
親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。
だが、それはティアの大きな勘違いだった。
シオンは、ティアを溺愛していた。
溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。
そしてシオンもまた、勘違いをしていた。
ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。
絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。
紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。
そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。
婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~
甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。
その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。
そんな折、気がついた。
「悪役令嬢になればいいじゃない?」
悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。
貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。
よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。
これで万事解決。
……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの?
※全12話で完結です。
【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。
これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは?
命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。
【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない
As-me.com
恋愛
完結しました。
自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。
そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。
ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。
そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。
周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。
※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。
こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。
ゆっくり亀更新です。
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる