人生8周目の悪役令嬢、今世は『推し(悪役宰相)』を救って死亡フラグごと燃やし尽くします!

白桃

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第八話 動き出す陰謀、迫りくる闇

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 秘密のティータイムで、アシュターの好物のタルトを巡るぎこちないやり取りがあった日から、数週間。
 二人の間には、以前とは違う、微妙な空気が流れていた。
 アシュターはスカーレットの謎めいた知識と行動への疑念を解いたわけではない。
 スカーレットもまた、アシュターへの募る想いを自覚しながらも、ループの秘密を抱えたまま彼にどう接するべきか迷っていた。
 それでも、二人の間には、言葉にはならない、一種の信頼のようなものが芽生え始めていたのかもしれない。

 しかし、そんな束の間の穏やかな時間は、長くは続かなかった。
 宮廷内に、再び不穏な空気が色濃く漂い始めたのだ。
 保守派貴族たちが、夜な夜な密談を重ねているという噂。
 そして、隣国であるガレリア帝国との国境付近で、小規模な軍事衝突が頻発し始めたという報告。
 一つ一つは小さな出来事かもしれない。
 だが、スカーレットには、それらが全て繋がっており、アシュターを破滅へと導く巨大な陰謀の序章であることを、ループの経験が告げていた。

(始まったわ……。今度こそ、本格的に……)

 スカーレットの予感は的中した。
 ガレリア帝国は、国境付近での衝突を口実に、エルドラド王国に対して強硬な姿勢を見せ始めた。
 賠償金の要求、国境線の変更要求。
 明らかに、裏で保守派貴族と繋がっているのだろう。
 彼らは、この外交危機を利用してアシュターを追い詰め、失脚させようと企んでいるのだ。

 さらに悪いことに、王都ではアシュターに関する悪質なデマが流され始めていた。

「ナイトレイ宰相は、隣国と内通しているのではないか」
「宰相の強硬な外交姿勢が、今回の危機を招いたのだ」
「宰相は、国を私物化しようとしている」

 根も葉もない噂が、まるで真実であるかのように囁かれ、民衆の不安を煽り、アシュターへの不信感を増大させていく。
 これも、保守派貴族たちの仕業に違いない。

 アシュターは、内外からの圧力に晒され、苦境に立たされていた。
 昼夜を問わず執務に追われ、隣国との緊迫した外交交渉と、国内の不穏分子への対処に忙殺される。
 その心労は計り知れず、彼の顔には隠しきれない疲労の色が濃くなっていた。
 氷の仮面の下で、彼がどれほどの重圧と孤独に耐えているのか、スカーレットには痛いほど分かった。

(アシュター様……!)

 スカーレットは、彼の苦境を知り、いてもたってもいられなかった。
 今回の陰謀は、前回の食糧横流し事件とは比べ物にならないほど大規模で、巧妙だ。
 匿名の手紙や、遠回しな警告だけでは、到底太刀打ちできないだろう。
 もっと直接的に、彼を助けなければ。
 彼が破滅する未来を、今度こそ変えなければ。
 でも、どうすれば……?
 ループの知識を持っているとはいえ、自分はただの公爵令嬢。
 政治や軍事の表舞台に出る力はない。
 下手に動けば、逆に彼や自分自身の首を絞めることになりかねない。

 焦りと無力感に苛まれながら、スカーレットはアシュターの身を案じることしかできなかった。
 彼に届けられる差し入れのスープや焼き菓子に、少しでも滋養のあるものを、と心を込めて作る。
 それくらいしか、今の自分にできることはない。

 一方、アシュターもまた、自身の執務室で深い苦悩の中にいた。
 次々と襲いかかる困難。
 信頼できる部下はいるが、この巨大な陰謀の全貌を共有できる者はいない。
 孤独な戦いだ。
 そんな彼の脳裏に、ふと、あの公爵令嬢の姿が浮かんだ。
 スカーレット・アリア・ヴァーミリオン。
 全てを見透かすような、真っ直ぐな瞳。
 妙に的確な警告。
 そして、自分に向けられる、あの不可解なほどの心配と……好意。

(彼女なら……何かを知っているのかもしれない。いや、知っているに違いない)

 だが、彼女をこれ以上危険なことに巻き込むわけにはいかない。
 彼女は、この国の闇とは無縁の世界で、穏やかに生きるべきだ。
 そう思う一方で、彼女の聡明さと、あの不思議な先見性を頼りたいという気持ちも、アシュターの中で確実に大きくなっていた。
 彼女と話したい。
 彼女の意見を聞きたい。
 そして、できることなら……彼女のそばで、ほんの少しでも安らぎを得たい。
 そんな、宰相としてあるまじき感情が、アシュターの心を揺さぶっていた。

 国を揺るがす陰謀が、着実に進行していく。
 アシュターは疲弊し、追い詰められつつあった。
 スカーレットは、迫りくる破滅の未来を前に、焦りと無力感に苛まれていた。

(このままでは、また同じ結末を迎えてしまう……!)

 スカーレットは、唇を噛み締めた。
 もう、迷っている時間はない。
 リスクを冒してでも、行動しなければ。
 たとえ、それがどんな結果を招くとしても。
 彼女は、アシュターを救うため、そして自分自身の運命を変えるため、ある大胆な決意を固めようとしていた。

 時を同じくして、アシュターもまた、執務室で一人、静かに決断を下していた。
 この状況を打破するためには、もはや手段を選んではいられない。
 そして、そのための鍵を握っているのは、おそらく……。
 彼は、ペンを取り、一枚の便箋に向かった。
 宛名は、スカーレット・アリア・ヴァーミリオン。

 二人の運命が、再び交差しようとしていた。
 それは、破滅への道を加速させるのか、それとも、新たな希望の光となるのか。
 国の未来を賭けた、静かで激しい戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。
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