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第九話 打ち明けられた秘密、交わされた誓い
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アシュターからの呼び出しの手紙は、前回とは明らかに違う、切迫した空気を纏っていた。
スカーレットは、その短い文面から、彼がいよいよ追い詰められていること、そして自分に対して、もはや単なる興味や疑念以上のものを抱いていることを感じ取った。
(……覚悟を、決めなければ)
スカーレットは、深呼吸一つして、侍女に準備を命じた。
おそらく、これが最後の機会になるだろう。
彼を救うための、そして自分自身の運命を変えるための。
三度目に訪れた宰相執務室は、窓の外の曇天を映してか、いつもより薄暗く、重苦しい空気に満ちていた。
アシュターは執務机の前に一人で立っており、その背中からは深い疲労と、しかしそれ以上に、嵐の前の静けさのような、張り詰めた緊張感が伝わってくる。
「……来たか」
スカーレットの入室に気づいたアシュターが、ゆっくりと振り返った。
その瑠璃色の瞳は、底なしの闇を覗き込むように深く、そして痛いほどの真剣さでスカーレットを見つめていた。
「お呼びにより、参上いたしました。宰相閣下」
スカーレットは、努めて平静を装い、淑女の礼を取る。
アシュターは、しばらくの間、何も言わずにスカーレットを見つめていた。
まるで、彼女の心の奥底まで見通そうとするかのように。
やがて、彼は重い口を開いた。
「状況は聞いているな? 隣国ガレリア帝国との関係は悪化の一途を辿り、国内では私への不信感が煽られている。……まさに、内憂外患だ」
その声には、珍しく弱音とも取れる響きが滲んでいた。
「……はい。憂慮すべき事態かと存じます」
スカーレットは、静かに頷いた。
「単刀直入に聞こう、スカーレット嬢」
アシュターは、一歩、彼女に近づいた。
その距離の近さに、スカーレットの心臓が跳ねる。
「君は、この状況を……いや、この先に起こるであろう未来を、知っているのではないか?」
彼の声は低く、真剣だった。
もはや、探り合いではない。確信を持った問いかけだ。
スカーレットは、息を呑んだ。
ついに、この時が来たのだ。
ここで嘘をついても、誤魔化しても、意味はないだろう。
彼を救うためには、彼に信じてもらうためには、真実の一部を話すしかない。
「……なぜ、そのように思われるのですか?」
それでも、スカーレットはわずかな抵抗を試みた。
「君のこれまでの言動だ。王太子殿下の件、食糧横流し事件の警告、そして私の……些細な好みまで知っていたこと。偶然にしては出来すぎている。君は、未来を知る何らかの力を持っている。そうだろう?」
アシュターの追求は、鋭く的確だった。
スカーレットは、観念したように目を伏せた。
そして、顔を上げると、決意を込めた瞳でアシュターを見つめ返した。
「……全てをお話しすることはできません。ですが、閣下のおっしゃる通り、わたくしは……この先に起こるであろう、いくつかの出来事を知っています」
アシュターの瞳が、驚きに見開かれた。
やはり、そうだったのか。
信じがたい話だが、目の前の令嬢の真剣な表情が、それが嘘ではないことを物語っていた。
「そして……わたくしは知っています。このままでは、宰相閣下、貴方が……そして、この国が、破滅の未来を迎えることを」
スカーレットの声は、震えていた。
しかし、その瞳には強い光が宿っている。
「なぜ……なぜ君がそのようなことを知っている? そして、なぜ私にそれを……?」
アシュターは、混乱しながら尋ねた。
「理由は……申し上げられません。ですが、信じてください。わたくしは、貴方を、そしてこの国を、その運命から救いたいのです。そのために、わたくしの知る未来の知識を使っていただきたいのです!」
スカーレットは、必死に訴えた。
ループのこと、彼への個人的な感情。
それらは話せない。
だが、彼を救いたいという気持ちは、紛れもない本心だった。
アシュターは、スカーレットの言葉を聞きながら、激しく葛藤していた。
未来を知る令嬢。
あまりにも荒唐無稽な話だ。
しかし、彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
そして何より、彼女の瞳の奥にある、自分に向けられた強い想い。
それは、これまでの人生で彼が一度も向けられたことのない、純粋で、献身的な光だった。
(この娘を……信じるべきなのか……?)
長い、長い沈黙の後、アシュターはついに決断した。
彼は、深く息を吐き出すと、スカーレットの目を真っ直ぐに見据えた。
「……分かった。君の言葉を信じよう」
その声は、静かだが、確かな覚悟に満ちていた。
「君の持つ知識を借りる。だが、これは危険な賭けだ。もし失敗すれば、我々だけでなく、国そのものが滅びるかもしれん。……その覚悟は、君にあるか?」
「はい」
スカーレットは、迷いなく頷いた。
「わたくしの全てを懸けて、閣下と共に戦います」
その瞬間、二人の間に、これまでにない強い繋がりが生まれた。
それは、主従でも、協力者でもない、運命を共にする共犯者としての、固い誓いだった。
「よろしい。ならば、まずは現状を打破するための策を練るとしよう」
アシュターの瞳に、再び宰相としての鋭い光が戻った。
「君の知る『未来』を、詳しく聞かせてもらおうか」
スカーレットは頷き、記憶の糸を辿り始めた。
隣国と保守派貴族が仕掛けてくる、次なる罠。
それを打ち破るための、鍵となる情報。
八度目の人生で得た知識の全てを、今、この孤高の宰相と共に、未来を変える力へと変えるのだ。
反撃の時は来た。
悪役令嬢と悪役宰相の、異色にして最強のタッグが、今、ここに誕生した。
国の運命を賭けた戦いが、静かに始まろうとしていた。
スカーレットは、その短い文面から、彼がいよいよ追い詰められていること、そして自分に対して、もはや単なる興味や疑念以上のものを抱いていることを感じ取った。
(……覚悟を、決めなければ)
スカーレットは、深呼吸一つして、侍女に準備を命じた。
おそらく、これが最後の機会になるだろう。
彼を救うための、そして自分自身の運命を変えるための。
三度目に訪れた宰相執務室は、窓の外の曇天を映してか、いつもより薄暗く、重苦しい空気に満ちていた。
アシュターは執務机の前に一人で立っており、その背中からは深い疲労と、しかしそれ以上に、嵐の前の静けさのような、張り詰めた緊張感が伝わってくる。
「……来たか」
スカーレットの入室に気づいたアシュターが、ゆっくりと振り返った。
その瑠璃色の瞳は、底なしの闇を覗き込むように深く、そして痛いほどの真剣さでスカーレットを見つめていた。
「お呼びにより、参上いたしました。宰相閣下」
スカーレットは、努めて平静を装い、淑女の礼を取る。
アシュターは、しばらくの間、何も言わずにスカーレットを見つめていた。
まるで、彼女の心の奥底まで見通そうとするかのように。
やがて、彼は重い口を開いた。
「状況は聞いているな? 隣国ガレリア帝国との関係は悪化の一途を辿り、国内では私への不信感が煽られている。……まさに、内憂外患だ」
その声には、珍しく弱音とも取れる響きが滲んでいた。
「……はい。憂慮すべき事態かと存じます」
スカーレットは、静かに頷いた。
「単刀直入に聞こう、スカーレット嬢」
アシュターは、一歩、彼女に近づいた。
その距離の近さに、スカーレットの心臓が跳ねる。
「君は、この状況を……いや、この先に起こるであろう未来を、知っているのではないか?」
彼の声は低く、真剣だった。
もはや、探り合いではない。確信を持った問いかけだ。
スカーレットは、息を呑んだ。
ついに、この時が来たのだ。
ここで嘘をついても、誤魔化しても、意味はないだろう。
彼を救うためには、彼に信じてもらうためには、真実の一部を話すしかない。
「……なぜ、そのように思われるのですか?」
それでも、スカーレットはわずかな抵抗を試みた。
「君のこれまでの言動だ。王太子殿下の件、食糧横流し事件の警告、そして私の……些細な好みまで知っていたこと。偶然にしては出来すぎている。君は、未来を知る何らかの力を持っている。そうだろう?」
アシュターの追求は、鋭く的確だった。
スカーレットは、観念したように目を伏せた。
そして、顔を上げると、決意を込めた瞳でアシュターを見つめ返した。
「……全てをお話しすることはできません。ですが、閣下のおっしゃる通り、わたくしは……この先に起こるであろう、いくつかの出来事を知っています」
アシュターの瞳が、驚きに見開かれた。
やはり、そうだったのか。
信じがたい話だが、目の前の令嬢の真剣な表情が、それが嘘ではないことを物語っていた。
「そして……わたくしは知っています。このままでは、宰相閣下、貴方が……そして、この国が、破滅の未来を迎えることを」
スカーレットの声は、震えていた。
しかし、その瞳には強い光が宿っている。
「なぜ……なぜ君がそのようなことを知っている? そして、なぜ私にそれを……?」
アシュターは、混乱しながら尋ねた。
「理由は……申し上げられません。ですが、信じてください。わたくしは、貴方を、そしてこの国を、その運命から救いたいのです。そのために、わたくしの知る未来の知識を使っていただきたいのです!」
スカーレットは、必死に訴えた。
ループのこと、彼への個人的な感情。
それらは話せない。
だが、彼を救いたいという気持ちは、紛れもない本心だった。
アシュターは、スカーレットの言葉を聞きながら、激しく葛藤していた。
未来を知る令嬢。
あまりにも荒唐無稽な話だ。
しかし、彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
そして何より、彼女の瞳の奥にある、自分に向けられた強い想い。
それは、これまでの人生で彼が一度も向けられたことのない、純粋で、献身的な光だった。
(この娘を……信じるべきなのか……?)
長い、長い沈黙の後、アシュターはついに決断した。
彼は、深く息を吐き出すと、スカーレットの目を真っ直ぐに見据えた。
「……分かった。君の言葉を信じよう」
その声は、静かだが、確かな覚悟に満ちていた。
「君の持つ知識を借りる。だが、これは危険な賭けだ。もし失敗すれば、我々だけでなく、国そのものが滅びるかもしれん。……その覚悟は、君にあるか?」
「はい」
スカーレットは、迷いなく頷いた。
「わたくしの全てを懸けて、閣下と共に戦います」
その瞬間、二人の間に、これまでにない強い繋がりが生まれた。
それは、主従でも、協力者でもない、運命を共にする共犯者としての、固い誓いだった。
「よろしい。ならば、まずは現状を打破するための策を練るとしよう」
アシュターの瞳に、再び宰相としての鋭い光が戻った。
「君の知る『未来』を、詳しく聞かせてもらおうか」
スカーレットは頷き、記憶の糸を辿り始めた。
隣国と保守派貴族が仕掛けてくる、次なる罠。
それを打ち破るための、鍵となる情報。
八度目の人生で得た知識の全てを、今、この孤高の宰相と共に、未来を変える力へと変えるのだ。
反撃の時は来た。
悪役令嬢と悪役宰相の、異色にして最強のタッグが、今、ここに誕生した。
国の運命を賭けた戦いが、静かに始まろうとしていた。
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