人生8周目の悪役令嬢、今世は『推し(悪役宰相)』を救って死亡フラグごと燃やし尽くします!

白桃

文字の大きさ
9 / 13

第九話 打ち明けられた秘密、交わされた誓い

しおりを挟む
 アシュターからの呼び出しの手紙は、前回とは明らかに違う、切迫した空気を纏っていた。
 スカーレットは、その短い文面から、彼がいよいよ追い詰められていること、そして自分に対して、もはや単なる興味や疑念以上のものを抱いていることを感じ取った。

(……覚悟を、決めなければ)

 スカーレットは、深呼吸一つして、侍女に準備を命じた。
 おそらく、これが最後の機会になるだろう。
 彼を救うための、そして自分自身の運命を変えるための。

 三度目に訪れた宰相執務室は、窓の外の曇天を映してか、いつもより薄暗く、重苦しい空気に満ちていた。
 アシュターは執務机の前に一人で立っており、その背中からは深い疲労と、しかしそれ以上に、嵐の前の静けさのような、張り詰めた緊張感が伝わってくる。

「……来たか」

 スカーレットの入室に気づいたアシュターが、ゆっくりと振り返った。
 その瑠璃色の瞳は、底なしの闇を覗き込むように深く、そして痛いほどの真剣さでスカーレットを見つめていた。

「お呼びにより、参上いたしました。宰相閣下」

 スカーレットは、努めて平静を装い、淑女の礼を取る。

 アシュターは、しばらくの間、何も言わずにスカーレットを見つめていた。
 まるで、彼女の心の奥底まで見通そうとするかのように。
 やがて、彼は重い口を開いた。

「状況は聞いているな? 隣国ガレリア帝国との関係は悪化の一途を辿り、国内では私への不信感が煽られている。……まさに、内憂外患だ」

 その声には、珍しく弱音とも取れる響きが滲んでいた。

「……はい。憂慮すべき事態かと存じます」

 スカーレットは、静かに頷いた。

「単刀直入に聞こう、スカーレット嬢」

 アシュターは、一歩、彼女に近づいた。
 その距離の近さに、スカーレットの心臓が跳ねる。

「君は、この状況を……いや、この先に起こるであろう未来を、知っているのではないか?」

 彼の声は低く、真剣だった。
 もはや、探り合いではない。確信を持った問いかけだ。

 スカーレットは、息を呑んだ。
 ついに、この時が来たのだ。
 ここで嘘をついても、誤魔化しても、意味はないだろう。
 彼を救うためには、彼に信じてもらうためには、真実の一部を話すしかない。

「……なぜ、そのように思われるのですか?」

 それでも、スカーレットはわずかな抵抗を試みた。

「君のこれまでの言動だ。王太子殿下の件、食糧横流し事件の警告、そして私の……些細な好みまで知っていたこと。偶然にしては出来すぎている。君は、未来を知る何らかの力を持っている。そうだろう?」

 アシュターの追求は、鋭く的確だった。

 スカーレットは、観念したように目を伏せた。
 そして、顔を上げると、決意を込めた瞳でアシュターを見つめ返した。

「……全てをお話しすることはできません。ですが、閣下のおっしゃる通り、わたくしは……この先に起こるであろう、いくつかの出来事を知っています」

 アシュターの瞳が、驚きに見開かれた。
 やはり、そうだったのか。
 信じがたい話だが、目の前の令嬢の真剣な表情が、それが嘘ではないことを物語っていた。

「そして……わたくしは知っています。このままでは、宰相閣下、貴方が……そして、この国が、破滅の未来を迎えることを」

 スカーレットの声は、震えていた。
 しかし、その瞳には強い光が宿っている。

「なぜ……なぜ君がそのようなことを知っている? そして、なぜ私にそれを……?」

 アシュターは、混乱しながら尋ねた。

「理由は……申し上げられません。ですが、信じてください。わたくしは、貴方を、そしてこの国を、その運命から救いたいのです。そのために、わたくしの知る未来の知識を使っていただきたいのです!」

 スカーレットは、必死に訴えた。
 ループのこと、彼への個人的な感情。
 それらは話せない。
 だが、彼を救いたいという気持ちは、紛れもない本心だった。

 アシュターは、スカーレットの言葉を聞きながら、激しく葛藤していた。
 未来を知る令嬢。
 あまりにも荒唐無稽な話だ。
 しかし、彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
 そして何より、彼女の瞳の奥にある、自分に向けられた強い想い。
 それは、これまでの人生で彼が一度も向けられたことのない、純粋で、献身的な光だった。

(この娘を……信じるべきなのか……?)

 長い、長い沈黙の後、アシュターはついに決断した。
 彼は、深く息を吐き出すと、スカーレットの目を真っ直ぐに見据えた。

「……分かった。君の言葉を信じよう」

 その声は、静かだが、確かな覚悟に満ちていた。

「君の持つ知識を借りる。だが、これは危険な賭けだ。もし失敗すれば、我々だけでなく、国そのものが滅びるかもしれん。……その覚悟は、君にあるか?」
「はい」

 スカーレットは、迷いなく頷いた。

「わたくしの全てを懸けて、閣下と共に戦います」

 その瞬間、二人の間に、これまでにない強い繋がりが生まれた。
 それは、主従でも、協力者でもない、運命を共にする共犯者としての、固い誓いだった。

「よろしい。ならば、まずは現状を打破するための策を練るとしよう」

 アシュターの瞳に、再び宰相としての鋭い光が戻った。

「君の知る『未来』を、詳しく聞かせてもらおうか」

 スカーレットは頷き、記憶の糸を辿り始めた。
 隣国と保守派貴族が仕掛けてくる、次なる罠。
 それを打ち破るための、鍵となる情報。
 八度目の人生で得た知識の全てを、今、この孤高の宰相と共に、未来を変える力へと変えるのだ。

 反撃の時は来た。
 悪役令嬢と悪役宰相の、異色にして最強のタッグが、今、ここに誕生した。
 国の運命を賭けた戦いが、静かに始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

転生賢妻は最高のスパダリ辺境伯の愛を独占し、やがて王国を救う〜現代知識で悪女と王都の陰謀を打ち砕く溺愛新婚記〜

紅葉山参
恋愛
ブラック企業から辺境伯夫人アナスタシアとして転生した私は、愛する完璧な夫マクナル様と溺愛の新婚生活を送っていた。私は前世の「合理的常識」と「科学知識」を駆使し、元公爵令嬢ローナのあらゆる悪意を打ち破り、彼女を辺境の落ちぶれた貴族の元へ追放した。 第一の試練を乗り越えた辺境伯領は、私の導入した投資戦略とシンプルな経営手法により、瞬く間に王国一の経済力を確立する。この成功は、王都の中央貴族、特に王弟公爵とその腹心である奸猾な財務大臣の強烈な嫉妬と警戒を引き寄せる。彼らは、辺境伯領の富を「危険な独立勢力」と見なし、マクナル様を王都へ召喚し、アナスタシアを孤立させる第二の試練を仕掛けてきた。 夫が不在となる中、アナスタシアは辺境領の全ての重責を一人で背負うことになる。王都からの横暴な監査団の干渉、領地の資源を狙う裏切り者、そして辺境ならではの飢饉と疫病の発生。アナスタシアは「現代のインフラ技術」と「危機管理広報」を駆使し、夫の留守を完璧に守り抜くだけでなく、王都の監査団を論破し、辺境領の半独立的な経済圏を確立する。 第三の試練として、隣国との緊張が高まり、王国全体が未曽有の財政危機に瀕する。マクナル様は王国の窮地を救うため王都へ戻るが、保守派の貴族に阻まれ無力化される。この時、アナスタシアは辺境伯夫人として王都へ乗り込むことを決意する。彼女は前世の「国家予算の再建理論」や「国際金融の知識」を武器に、王国の経済再建計画を提案する。 最終的に、アナスタシアとマクナル様は、王国の腐敗した権力構造と対峙し、愛と知恵、そして辺境の強大な経済力を背景に、全ての敵対勢力を打ち砕く。王国の危機を救った二人は、辺境伯としての地位を王国の基盤として確立し、二人の愛の結晶と共に、永遠に続く溺愛と繁栄の歴史を築き上げる。 予定です……

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

処理中です...