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第七話 秘密のティータイムと、芽生える想い
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食糧横流し事件が解決し、宮廷には束の間の平穏が訪れていた。
しかし、水面下では、宰相アシュター・フォン・ナイトレイと公爵令嬢スカーレット・アリア・ヴァーミリオンの間で、奇妙な関係が続いていた。
表向きは、宰相と、彼に一目置かれるようになった聡明な公爵令嬢。
だが、その裏では、スカーレットが持つ「未来の知識」の断片が、アシュターの政治判断に僅かながら影響を与え始めていた。
スカーレットは、他国の動向や国内貴族の不穏な動きに関する情報を、あくまで「噂話」や「個人的な懸念」という形で、アシュターとの稀な会話の中でそれとなく伝えた。
アシュターは、その情報の正確さと、それがもたらされるタイミングの良さに、依然として強い疑念を抱きつつも、無視することはできなかった。
彼女の情報は、結果的にいくつかの小さな危機を未然に防ぎ、彼の政務を助ける形となっていたのだ。
そんな奇妙な協力関係を続けるうち、二人の間には「情報交換」という名目の、秘密のティータイムが定着しつつあった。
週に一度、宰相執務室の隣にある、人目につかない小さな応接室で、二人は向き合う。
テーブルの上には、上質な紅茶と、スカーレットが時折持参する手作りの菓子が並ぶ。
アシュターは、相変わらず冷徹な仮面を崩そうとはしない。
しかし、スカーレットと二人きりのこの空間では、ほんの少しだけ、彼の纏う空気が和らぐのをスカーレットは感じていた。
以前よりも口数は増え、スカーレットの意見にも、頭ごなしに否定せず、静かに耳を傾けるようになった。
そして、ごく稀にだが、彼女の言葉に微かに口元を緩ませる瞬間があることを、スカーレットは見逃さなかった。
(アシュター様、少しずつ変わってきている……?)
スカーレットは、そんな彼の僅かな変化を見つけるたびに、胸が温かくなるのを感じていた。
同時に、彼女自身の心の中にも、大きな変化が訪れていた。
最初は「推し」である彼を破滅から救いたい、という庇護欲にも似た感情だったはずなのに。
彼の孤独に触れ、その不器用な優しさを知るにつれて、スカーレットの胸には、尊敬や同情だけではない、もっと甘くて切ない感情が芽生え始めていたのだ。
(まさか、わたくしが……あの悪役宰相と噂されるアシュター様に、恋……?)
気づいた瞬間、スカーレットは顔が熱くなるのを感じた。
八度目の人生にして、初めての、本気の恋かもしれない。
相手は、国中から恐れられ、いずれ破滅する運命にあるかもしれない男だというのに。
自分の迂闊さと、運命の皮肉に、スカーレットはため息をつきたくなった。
その日のティータイム、スカーレットはループ知識を元に、アシュターの密かな好物である、蜂蜜漬けのナッツを使ったタルトを持参していた。
「これは……?」
アシュターは、目の前に置かれたタルトを見て、わずかに目を見開いた。
「最近、わたくしの家の料理人が試作したものですの。もしよろしければ、味見をしていただけませんか?」
スカーレットは、何食わぬ顔で微笑む。
アシュターは、じっとタルトを見つめた後、ゆっくりとフォークを手に取った。
そして、一口、口に運ぶ。
その瞬間、彼の瑠璃色の瞳が、驚きと、そして微かな喜びの色に揺らめいたのを、スカーレットは見逃さなかった。
「……美味い」
ぽつりと、彼が呟いた。
普段の彼からは考えられない、素直な感想だった。
「それはようございましたわ」
スカーレットは、内心でガッツポーズをしながら、優雅に微笑んだ。
推しの喜ぶ顔が見られるのは、何物にも代えがたい喜びだ。
しかし、次の瞬間、アシュターが投げかけた言葉に、スカーレットは凍りついた。
「……なぜ、私がこれが好物だと知っていた?」
彼の視線が、再び鋭さを取り戻す。
(しまった……!)
スカーレットは、推しを喜ばせたい一心で、うっかりボロを出してしまったことに気づき、内心で悲鳴を上げた。
「え、えっと……それは……その、閣下のお好きなものは、当然把握しておりますので……」
しどろもどろになるスカーレット。
アシュターは、疑念に満ちた目で彼女を見つめた。
彼女の動揺は明らかだ。
やはり、何かを隠している。
自分について、異常なほど詳しい。
彼女は一体、どこまで知っているのか……?
アシュターは、スカーレットに惹かれ始めている自分自身に戸惑っていた。
彼女の聡明さ、度胸、そして時折見せる危うさ。
その全てが、彼の心をかき乱す。
彼女を信じたい気持ちと、宰相としての警戒心が、彼の内で激しくせめぎ合っていた。
気まずい沈黙が流れる。
スカーレットは、どうやってこの場を切り抜けようかと必死に頭を回転させた。
アシュターは、彼女の真意を探ろうと、言葉を選んでいるようだった。
束の間の平穏な時間。
しかし、それは水面下で渦巻く疑念と、芽生え始めた淡い想いが交錯する、危ういバランスの上に成り立っていた。
そして、スカーレットのループ知識は、次の大きな陰謀の影が、すぐそこまで迫っていることを告げていた。
この奇妙な関係は、これからどうなっていくのだろうか。
二人の運命は、そして国の未来は……。
穏やかなティータイムの裏で、物語は確実に、次の波乱へと向かって動き出していた。
しかし、水面下では、宰相アシュター・フォン・ナイトレイと公爵令嬢スカーレット・アリア・ヴァーミリオンの間で、奇妙な関係が続いていた。
表向きは、宰相と、彼に一目置かれるようになった聡明な公爵令嬢。
だが、その裏では、スカーレットが持つ「未来の知識」の断片が、アシュターの政治判断に僅かながら影響を与え始めていた。
スカーレットは、他国の動向や国内貴族の不穏な動きに関する情報を、あくまで「噂話」や「個人的な懸念」という形で、アシュターとの稀な会話の中でそれとなく伝えた。
アシュターは、その情報の正確さと、それがもたらされるタイミングの良さに、依然として強い疑念を抱きつつも、無視することはできなかった。
彼女の情報は、結果的にいくつかの小さな危機を未然に防ぎ、彼の政務を助ける形となっていたのだ。
そんな奇妙な協力関係を続けるうち、二人の間には「情報交換」という名目の、秘密のティータイムが定着しつつあった。
週に一度、宰相執務室の隣にある、人目につかない小さな応接室で、二人は向き合う。
テーブルの上には、上質な紅茶と、スカーレットが時折持参する手作りの菓子が並ぶ。
アシュターは、相変わらず冷徹な仮面を崩そうとはしない。
しかし、スカーレットと二人きりのこの空間では、ほんの少しだけ、彼の纏う空気が和らぐのをスカーレットは感じていた。
以前よりも口数は増え、スカーレットの意見にも、頭ごなしに否定せず、静かに耳を傾けるようになった。
そして、ごく稀にだが、彼女の言葉に微かに口元を緩ませる瞬間があることを、スカーレットは見逃さなかった。
(アシュター様、少しずつ変わってきている……?)
スカーレットは、そんな彼の僅かな変化を見つけるたびに、胸が温かくなるのを感じていた。
同時に、彼女自身の心の中にも、大きな変化が訪れていた。
最初は「推し」である彼を破滅から救いたい、という庇護欲にも似た感情だったはずなのに。
彼の孤独に触れ、その不器用な優しさを知るにつれて、スカーレットの胸には、尊敬や同情だけではない、もっと甘くて切ない感情が芽生え始めていたのだ。
(まさか、わたくしが……あの悪役宰相と噂されるアシュター様に、恋……?)
気づいた瞬間、スカーレットは顔が熱くなるのを感じた。
八度目の人生にして、初めての、本気の恋かもしれない。
相手は、国中から恐れられ、いずれ破滅する運命にあるかもしれない男だというのに。
自分の迂闊さと、運命の皮肉に、スカーレットはため息をつきたくなった。
その日のティータイム、スカーレットはループ知識を元に、アシュターの密かな好物である、蜂蜜漬けのナッツを使ったタルトを持参していた。
「これは……?」
アシュターは、目の前に置かれたタルトを見て、わずかに目を見開いた。
「最近、わたくしの家の料理人が試作したものですの。もしよろしければ、味見をしていただけませんか?」
スカーレットは、何食わぬ顔で微笑む。
アシュターは、じっとタルトを見つめた後、ゆっくりとフォークを手に取った。
そして、一口、口に運ぶ。
その瞬間、彼の瑠璃色の瞳が、驚きと、そして微かな喜びの色に揺らめいたのを、スカーレットは見逃さなかった。
「……美味い」
ぽつりと、彼が呟いた。
普段の彼からは考えられない、素直な感想だった。
「それはようございましたわ」
スカーレットは、内心でガッツポーズをしながら、優雅に微笑んだ。
推しの喜ぶ顔が見られるのは、何物にも代えがたい喜びだ。
しかし、次の瞬間、アシュターが投げかけた言葉に、スカーレットは凍りついた。
「……なぜ、私がこれが好物だと知っていた?」
彼の視線が、再び鋭さを取り戻す。
(しまった……!)
スカーレットは、推しを喜ばせたい一心で、うっかりボロを出してしまったことに気づき、内心で悲鳴を上げた。
「え、えっと……それは……その、閣下のお好きなものは、当然把握しておりますので……」
しどろもどろになるスカーレット。
アシュターは、疑念に満ちた目で彼女を見つめた。
彼女の動揺は明らかだ。
やはり、何かを隠している。
自分について、異常なほど詳しい。
彼女は一体、どこまで知っているのか……?
アシュターは、スカーレットに惹かれ始めている自分自身に戸惑っていた。
彼女の聡明さ、度胸、そして時折見せる危うさ。
その全てが、彼の心をかき乱す。
彼女を信じたい気持ちと、宰相としての警戒心が、彼の内で激しくせめぎ合っていた。
気まずい沈黙が流れる。
スカーレットは、どうやってこの場を切り抜けようかと必死に頭を回転させた。
アシュターは、彼女の真意を探ろうと、言葉を選んでいるようだった。
束の間の平穏な時間。
しかし、それは水面下で渦巻く疑念と、芽生え始めた淡い想いが交錯する、危ういバランスの上に成り立っていた。
そして、スカーレットのループ知識は、次の大きな陰謀の影が、すぐそこまで迫っていることを告げていた。
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