湖畔の賢者

そらまめ

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十九話

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「立ちなさい。この程度で倒れ込むとか今まで何をしてきたの」

 やばい。掠りもしない。というより、剣をまともに振るわせてももらえない。

「凛、もう少し手加減してやれよ。彼、古関さんの弟子らしいしさ」
「……ああ、ヤンキーゾンビの。なんか似てるかなぁとは思ってたけど、そうなんだ」
「リーゼントゾンビな」

 先生、変なあだ名で呼ばれてますよ。

「まあ、どっちでもいいけど。はい、そこの君。ヤンキーゾンビの弟子ならさっさと立ちなさい。彼はこのくらいで根を上げなかったわよ」

 思い出した。彼と常に一緒にいた。天才女剣士の話を。

「……冷徹の黒薔薇」
「あ、それ冷笑の黒薔薇な。または漆黒のストーカー。俺がつけたんだよ。ピッタリだろ」
「誰が漆黒のストーカーなのよ!」

 凛子さんが悠太さんに斬りかかった。凛子さんの振るう剣は僕には全く見えないけれど、彼はそれを余裕でひらひらと躱している。

「いいかい透。せっかく人間離れ身体能力を授かったんだ。これくらいは余裕でやらないとな」
「そんなの佐藤くんだけよ!」

 なんであんなに大きく大袈裟に避けられるんだ。しかもほとんど相手を見ていない。予測して動いているようにしか思えない。

「相変わらずちょこまかと!」
「透。このように相手が熱くなって連続で刀を振るうと、どうしても動きは決まってくる。人は自然に、楽に剣を振るおうとしてしまうんだ。覚えておくといいよ」
「簡単に言わないの!」

 確かに簡単なことじゃないけど。こうして目の前で実践されると妙に説得力がある。

「ぐはっ!」

 そんなうめき声を聞いて、近くで美幼女相手に大人組プラスエルとエマたちの模擬戦に視線を移すと。アルトリアが派手に吹っ飛ばされていた。それに美幼女を取り囲む全員がボロボロな姿なのに対して美幼女の服や体に傷も汚れもない。

「まさか五歳のメイちゃん一人に対して集団で挑んでも勝てないのか。イタッ!」
「ほら、あんたもさっさと再開するわよ。それと、言ったでしょ。あの子はうちの最強なのよ」

 頭を柄頭で強打され一瞬目から火花が飛び散る。そのまま無様に地面に倒れた。

「あなたねぇ。ヤンキーゾンビの弟子ならすぐに立ち上がりなさいよ。彼はどんなに打ちのめされても、一切心が折れることなく、すぐに立ち上がったわ」
「見掛けに反してすごく真面目な人だったからね。武道に関しては本当に真摯で努力家だったけど弟子の君は甘ったれだね」
「佐藤くんも私も。倒されてどんな体勢だろうと、すぐに剣を構えて立ち上がらないと容赦なく気絶するまで追撃されたわ。そうやって私たちは無理やり心を鍛えられた。深手を追わないよう倒れ方にも注意したの。すぐに反撃出来るようにね」
「……あの、それって今なら捕まるんじゃありませんか」

 普通に暴行罪だよな。そんな苛烈な指導を行う道場が存在するのか。

「うちの流派の裏の顔は人殺しに特化したものだからね。それこそ戦場での戦いや暗殺など、何でもありのね」
「その流れを汲む私の流派も、佐藤くんのところほどではないにしろ。幼い子供の頃から厳しい稽古をつけられていたわ。私たちはどんなに泣いて、やめてって泣き叫ぼうと徹底的に打たれてきたの。でもね。今ならそれを感謝しているわ。こんな危険な世界で生き残る精神と力を与えてくれたんだから」

 生きてきた次元が違いすぎる。

「しかし古関さんも偶にとはいえ、ほんと諦めずに来てたよな。確か最初は凛の剣道の試合を観て、他流派なのに調べて習いに来たんだよな。しかもかなり遠くからさ」
「連休取れた時にしか来られなかったけど。今考えると武道に対しては真っ直ぐな人よね。それ以外はまるっきり駄目だったけどね」

 先生、悪口も混ざってはいますが概ね好印象ですよ。良かったですね。

「よく凛のお母さんに怒られてたしな」
「そりゃあ中学生の佐藤くんを夜夜中に連れだすんだもん。怒られるよ」
「先生何をしているんですか……」
「まあ、それくらい豪快な人だったんだよ」

 先生を思い出して懐かしそうに笑う悠太さんと凛子さん。あれだけ必ずあいつは生きていると信じていた先生にも会って欲しかったな。

「それよりも。透、君は例えるなら本で知った知識だけで知識を知恵に変えてない。古関さんから習ったと思うけど。型の稽古は無意識でも実践出来るようになって初めてスタートラインに立てる。でもね。そうなる前に何故こんなことを。何故そうするのか。では実際に相手と対峙した時にはどうなるのかをきちんと正確にイメージ出来なきゃ駄目なんだよ。一対一なら後だしジャンケンが有利になるケースが多いけど。戦場では一々相手が攻撃してくるまで待つなんてあほの極みだ。これはさっきの話とは矛盾してしまうけれど。結局のところ、相手より素早く動いて一刀で倒す。それを連続して効率よく倒し続けることが生き残る為に重要なんだよ。いかに状況判断を素早く正確に出来るか。そして瞬時に行動に移せるのかが大事だ。だから俺が異世界に来た時にまず始めたことは素早く行動に移すこと。どんなに足元が悪くても正確に動けることを徹底的に鍛えた。湖畔の物凄く柔らかくて足元がとられる砂浜で時間が許す限り剣を振るったんだ。そのおかげで魔法で地面を氷に変えられても、泥濘にされても意識することもなく自然に戦うことが出来るようになったからね」
「そうね。技術云々より、どんな状況にでも対応できる体幹を鍛えるのが良いかも。後は模擬戦とかで経験積むのが早いかもね」
「実際、俺らもそうだしな。毎日、基礎鍛錬後は模擬戦で扱かれてるし」

 砂浜で鍛錬か。それならすぐに僕にでも始められそうだな。けど……

「え、悠太さんでも未だに扱かれてるのですか」
「当然。俺なんかあの世界では弱い方だからね。普通に神様が人と一緒に暮らしてるし、魔物も半端なく強いぞ。それに人の言葉を話すゴブリンなんかも居るしさ。未だに油断してると普通に大怪我するからな。マジであの世界はやばい」

 弱い方って……どんなバイオレンスな世界なんだよ………

「普通に森を歩いていればドラゴンに襲われるしね。まあ、そのおかげでヒモ生活から一時は脱却できるんだけどさ」
「それ、佐藤くんだけだから。普通は森のクマさんみたいに出会わないからね」
「あのちなみにドラゴンってどれくらいの強さですか」
「そうねぇ。あそこに居るドラゴンくらいかしら」

 凛子さんがサクヤの傍にいるクランデールを指差しながら平然と答えたのだが、僕はその答えに絶句した。

「そんなので驚いていたら、ユキナを連れてきたらお漏らししちゃうかもな、透はさ」

 確実にその自信あるな。クランデールがそこら辺に普通にいる世界って危なすぎるだろ。そんな危ない世界ではなく、この世界に飛ばされたことを感謝した。

 ああ、サクヤのいる世界で本当に良かった。

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