湖畔の賢者

そらまめ

文字の大きさ
59 / 101

十八話

しおりを挟む
 明けの明星の御方と手合わせをした翌日の朝には、妙にすっきりした気分で快調に目が覚めた。
 ふと体を起こして気付く。アルトリアがベッドの横で椅子に座りながらベッドにうつ伏して寝ていることに。きっと僕を心配して傍に居てくれたのだと思った。そんな彼女を起こさないようにベッドに寝かせて僕は朝稽古の為に部屋を静かに出た。すると庭には既にエルとエマの姿があり、二人は基礎鍛錬を真面目に行っていた。

「おはようございますなのー!」

 二人は僕が来たことを知ると声を合わせて朝の挨拶をした。その挨拶は言葉と口調はともかく、二人揃ってきちんとした礼儀作法だった。

「ん、おはよう。ところでその挨拶の仕方は誰に習ったのかな」
「ゆうた様からー!」
「せんせーのあいさつなんでしょー!」

 僕はそのことであらためて気付かされる。礼から始まり、礼で終わることを。そんな当たり前で大切なことを忘れていたことを恥じた。だから僕も道場で学んでいた頃のように、きちんと正しく二人に返礼した。

「おはよう。それでは今日からは今二人が行っていたように基礎鍛錬を増やして朝の稽古を行なっていくぞ。そして三人で剣の高みを目指そう」
「私を忘れているのですわ」

 振り返るとアリアがやや拗ねた表情で立っていた。

「……そうだね。四人で、だね」
「それにズルいのですわ。私だけ、女神様の伴侶の御方と会えませんでしたわ」

 彼女は頬を膨らまして拗ねていた。けれど、家族と偶にはゆっくり話したいとルド村に家族と一緒に宿泊したのは彼女が言ってきたことだ。文句を言われる筋合いはないと思うけど、そんな彼女の気持ちも理解できる。

「まあ、いつか会えるよ」
「だね」

 忘れもしない、その声に僕は驚き振り返る。するとそこには女の子を抱いた彼と。その隣には黒髪の女性が彼に寄り添っていた。

「え、ええぇー!」
「ま、まさか彼が、なのですわ!」

 それはまさしく絶叫だった。島中に響き渡ると思えるくらいの魂からの叫びだった。そんな叫び声を耳にして家からエルザたちが玄関から飛び出し、アルトリアは二階の窓から飛び降りてくる。

「透一体なにが! げっ、フレイズ!」

 最後に飛び出してきたクランデールが、たたらを踏むように止まると一瞬で顔が青ざめていく。

「え、俺は悠太ですけど。それに俺にこんな知り合いいたか」
「パパ。あれはドラゴンだよ」

 彼が腕に抱いている女神様そっくりの美幼女がクランデールを指差す。

「ほう。ドラゴンとは。あいつらは邪に連なるもの。世のため、人のために一刻も早く成敗しないとな。ふふふ、あっはははは! 邪悪なドラゴンよ、俺様の糧となるがいい!」

 なんか彼がとても痛い人に思えた。まるで僕自身の黒歴史を目にしているようで心がとても痛くなる。

「待ちなさい! 彼女は私の眷属です」

 突如現れたサクヤがクランデールを守るように立ちはだかった。

「……はい………あの、冗談ですから」
「パパ。残念だったね」
「佐藤くんはほんと早とちりなんだから」

 彼等三人から微妙に気まずい雰囲気が漂ってくるも、彼以外はサクヤに止められたのにも関わらずに大して気にもしていなかった。

「……まあ、思い込みや短慮でこうしてはいけないという実演をしてみせただけだし」

 明後日の方向を向きながら彼は下手くそな口笛を吹いていた。しかしそんな彼のもとにサクヤが歩み寄ると顔をおもいっきり近づけた。

「いいですか。この世界の火、風、水、土のエンシェントドラゴンは、私の眷属ですからね。あの頃のように気軽に叩きのめさないように。わかりましたか」

 サクヤはそう言って彼の耳をおもいっきり引っ張った。

「あ、いててて! わ、かりましたっ、ちゃんと聞いてますから許してください! 耳が取れちゃいますよ!」
「ふん、まったくあなたは成長しませんね」

 最後にサクヤは強く耳を引っ張ってから指を離した。あらためて思う。サクヤの手に掛かれば彼も子供みたいなものなのだと。

「パパ、大丈夫。私が仇を取ってあげようか」
「メイ、それはダメだよ。世界樹様は俺たちの恩人だからね。例え、メイがとても強くなっても世界樹様だけには感謝して大切に敬わないといけないよ」
「うん、わかった。メイもそうするね」

 そんな親子の会話らしきものを傍で聞いている黒髪の女性の頬が軽く引き攣っていた。

「ほら、佐藤くん。世界樹様に頼まれた彼等の稽古をしないと」

 話をごまかすように黒髪の女性が話を変えて、彼の腕を軽く何度か引いた。
 しかし、サクヤはそんなものには誤魔化されない。美幼女を素早く彼から奪い取ると、流れるように正座をして美幼女を横に寝かせると、そのまま勢いよくお尻を何度か連続して叩いた。

「目上に対して敬意を払えないものはお仕置きです。あなたがいくら強くても他人に敬意を払えないのならば、それは神として。いいえ、あなたの両親の顔に泥を塗る最低の行いなのですよ!」
「いたっ、いたいよ!」
「お黙りなさい! お仕置きしてるのですから痛いのは当然です。心から反省なさい!」

 サクヤは思っていたよりも過激にスパルタだった。

「なんか思い出すなぁ。俺もマルデルも幼い頃、こうしてよく叱られていたよなぁ」

 彼は懐かしそうに遠くの空を眺めながら過去の思い出に耽っていた。

「佐藤くん。温厚な世界樹様にそんなに叱られるほど悪さしていたの」
「神になる前の遠い話さ」
「ヒルデたちの話の通り、お馬鹿な二人だったのね」
「多感な時期だったんだよ」

 良い風に話してはいるが、そんなことは全くなかった。けれど何故かアルトリアだけが嬉しそうに顔を何度も縦に振っていた。

「メイちゃん、わかりましたか!」
「はい! もう二度としません!」

 サクヤはお尻を叩く手を止めると、美幼女のお尻に優しく手を当てて回復魔法を施した。

「うちの最強も世界樹様には敵わないよな」
「当たり前じゃない」

 彼と黒髪の女性はサクヤの胸の中で抱かれながら泣いている美幼女に穏やかな目を向けながら、そう話していた。

 けれど僕は聞き逃さなかった。美幼女が最強というフレーズを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

処理中です...