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メルティア 一話
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夏の終わりを感じる今日この頃。僕等は海でのリゾート生活をやめて、湖畔の拠点に帰ってきた。
転移魔法陣を設置しているので、別にどちらに居ようと変わりないのだが、村里連絡会が戻ってこいと連名で書簡を送ってきたのがその理由だ。それで一度は戻ってきたのだけれど拠点の周辺に何か違和感を感じた。
「あれ。ここの砂浜って、こんなに広かったか」
広くなったように思えた砂浜まで行くと、あからさまに変化していた。
「砂が妙に細かいし柔らかい。しかもかなり足が沈む……」
「きっと悠太様の仕業ね」
僕とアルトリアが頭を悩ませている横でエルとエマが砂浜で飛んだり跳ねたり、走ったりして遊んでいる。
「すごくすべるねぇー」
「ふかふかなのに不思議だねぇー」
砂浜に足を取られて上手く走れずにいる二人は何故かそんな状態で跳ねては失敗して尻餅をついて笑い声をあげていた。子供とはなんと無邪気なのだろうか。僕もこんな事で楽しめたり、笑ったりしてみたいと、つい思ってしまう。
「これは難しいなあ。うまく剣が振れん」
「ですねぇ。足捌きも砂に足を取られて転びそうになってしまいます」
「こんな状況で模擬戦なんて信じられませんわ」
あらためて悠太さんの努力と向上心に感心してしまう。それに聞いた話によれば、悠太さんはこの状態でも最初からある程度、型の稽古が出来たという話だ。その技量と体幹の高さには感服する。
「これで鍛えろってことだよね」
「ええ。高みへの最初の一歩ってところよね。ここで挫ける訳にはいかないわ」
アルトリアはやる気に満ちていた。そんな彼女の向上心の源は、女神様への憧憬からなのだろう。
「まあ、明日からまた頑張ろう」
そして家の中に入ると、リビングのテーブルの上に僕等がそれぞれ使っている武器が並んでいた。その完璧に模造された武器全てに刃が潰してある。
「悠太さんて案外世話焼きなのかも」
「間違いないわ。だってこれ、重さから形、バランスまで全て同じだもの」
「これで基礎鍛錬から模擬戦までしろということだな」
「木剣では全然違いますからね」
そんな僕等を見て、サクヤは満足そうに微笑んでいた。
「悠太さんに依頼してくれたサクヤには感謝だな」
「まさか彼がここまで面倒を見てくれるとは思っていませんでしたけどね」
「悠太様がおモテになる理由がよく分かるのですわ」
「さすがは女神様の伴侶の御方よね」
何故そこでアルトリアが誇らしげに胸を張るんだい。君は全く関係ないよね。
「ところで透はダンジョンへ行かないの」
アルトリアが話題を変えた。それはメルティアの北部で初めて発見された摩訶不思議なダンジョンのことで。地下へ降りていくタイプのものだった。そこで現れる魔物も従来の地上にいる魔物よりも断然に強いらしく、しかも宝箱まであるという、まるでゲームのようなダンジョンだった。
「うーん。とりあえずは砂浜である程度動けるようになってからかな。それよりも先に天馬。北の険しい山々に棲むというペガサスを捕まえたい」
「ああ、悠太様がそんな事を話していたな」
「車では移動できない場所もあるし。何より移動は楽するものだとも言ってましたね」
「天馬といえばワルキューレだよね。私もダンジョンより天馬が先だって思ってたんだよぅ」
「私も天馬がいいですわ」
全員が天馬がいいと一致した。けれどここに居る誰一人として契約魔法を使えない。悠太さんは気に入った天馬を適当に捕まえれば大丈夫とか言っていたけど絶対にそんな事はないと思う。
「まあ、そんな事が出来るのはあの二人だけですね」
「やっぱりそうなんだ。誰か契約魔法を教えてくれないかな」
「ペガサスのテイムが出来る者など聞いたことがないぞ」
サクヤに視線を向けるが反応がない。やはりサクヤは僕等に教える気はないようだ。
「となると。ロータさんに聞くしかないか。スクルドさんには怖くて聞けないし」
そう。割とロータさんは気さくで聞けば答えてくれるが。スクルドさんは自分たちで考えてから訊いてきなさいと冷たい目を向けられるのだ。
「それか凛子様よね」
「でも最近来てないのですわ」
「だよなぁ。最近は悠太さんとロータさん、スクルドさんにクオンちゃんしか来てないよな。しかも現れるのは不定期だしさ」
「別に急ぐ話でもないから、ゆっくりやりましょう」
アルトリアがそう話を締めて、僕等はその場を解散した。
僕は自室に戻り、色々と溜まっている案件に目を通す。けれど大抵のことは既に終わっているものばかりで特に急ぎのものはなかった。
「まめにルド村に行っていたしな。しかし女神様降臨の地ルド村ってなんだよ。世界樹様から祝福された聖地と併せれば凄い肩書きになってきたよな。初めて訪れた頃と比べたら天と地だよ」
あの皆が痩せ細って活気のなかった村が数年で良い方に様変わりした。今では皆が笑って安心して過ごせる環境になっている。それは本当に良いことだと思う。それにウーサの里もメェーメの里も移住が上手くいってほんと良かった。
「そういえば猫人族もここからは離れているけどエルフィアの仲間になったんだよな。既に転移魔法陣も設置済みということだし。なんかどんどん僕がいなくて出来るようになって少し寂しい気もするけど。これが当たり前の姿だよな」
今では新しい魔道具も工房で色々と生み出されている。便利な世の中になってきたことは好ましい。けれど、娯楽がイマイチなんだよなぁ。来年の夏は水上ジェットの大会があるとはいえ。それだけじゃ寂しい。それに冬場はどうしても家に籠り気味になるから何か考えないといけないよなぁ。
僕はとりあえず出来そうな娯楽を書き出していった。
こんな風に過ごすのは久しぶりだなと思いながら。みんなが楽しんでいる姿を想像して一人笑みを浮かべていた。
転移魔法陣を設置しているので、別にどちらに居ようと変わりないのだが、村里連絡会が戻ってこいと連名で書簡を送ってきたのがその理由だ。それで一度は戻ってきたのだけれど拠点の周辺に何か違和感を感じた。
「あれ。ここの砂浜って、こんなに広かったか」
広くなったように思えた砂浜まで行くと、あからさまに変化していた。
「砂が妙に細かいし柔らかい。しかもかなり足が沈む……」
「きっと悠太様の仕業ね」
僕とアルトリアが頭を悩ませている横でエルとエマが砂浜で飛んだり跳ねたり、走ったりして遊んでいる。
「すごくすべるねぇー」
「ふかふかなのに不思議だねぇー」
砂浜に足を取られて上手く走れずにいる二人は何故かそんな状態で跳ねては失敗して尻餅をついて笑い声をあげていた。子供とはなんと無邪気なのだろうか。僕もこんな事で楽しめたり、笑ったりしてみたいと、つい思ってしまう。
「これは難しいなあ。うまく剣が振れん」
「ですねぇ。足捌きも砂に足を取られて転びそうになってしまいます」
「こんな状況で模擬戦なんて信じられませんわ」
あらためて悠太さんの努力と向上心に感心してしまう。それに聞いた話によれば、悠太さんはこの状態でも最初からある程度、型の稽古が出来たという話だ。その技量と体幹の高さには感服する。
「これで鍛えろってことだよね」
「ええ。高みへの最初の一歩ってところよね。ここで挫ける訳にはいかないわ」
アルトリアはやる気に満ちていた。そんな彼女の向上心の源は、女神様への憧憬からなのだろう。
「まあ、明日からまた頑張ろう」
そして家の中に入ると、リビングのテーブルの上に僕等がそれぞれ使っている武器が並んでいた。その完璧に模造された武器全てに刃が潰してある。
「悠太さんて案外世話焼きなのかも」
「間違いないわ。だってこれ、重さから形、バランスまで全て同じだもの」
「これで基礎鍛錬から模擬戦までしろということだな」
「木剣では全然違いますからね」
そんな僕等を見て、サクヤは満足そうに微笑んでいた。
「悠太さんに依頼してくれたサクヤには感謝だな」
「まさか彼がここまで面倒を見てくれるとは思っていませんでしたけどね」
「悠太様がおモテになる理由がよく分かるのですわ」
「さすがは女神様の伴侶の御方よね」
何故そこでアルトリアが誇らしげに胸を張るんだい。君は全く関係ないよね。
「ところで透はダンジョンへ行かないの」
アルトリアが話題を変えた。それはメルティアの北部で初めて発見された摩訶不思議なダンジョンのことで。地下へ降りていくタイプのものだった。そこで現れる魔物も従来の地上にいる魔物よりも断然に強いらしく、しかも宝箱まであるという、まるでゲームのようなダンジョンだった。
「うーん。とりあえずは砂浜である程度動けるようになってからかな。それよりも先に天馬。北の険しい山々に棲むというペガサスを捕まえたい」
「ああ、悠太様がそんな事を話していたな」
「車では移動できない場所もあるし。何より移動は楽するものだとも言ってましたね」
「天馬といえばワルキューレだよね。私もダンジョンより天馬が先だって思ってたんだよぅ」
「私も天馬がいいですわ」
全員が天馬がいいと一致した。けれどここに居る誰一人として契約魔法を使えない。悠太さんは気に入った天馬を適当に捕まえれば大丈夫とか言っていたけど絶対にそんな事はないと思う。
「まあ、そんな事が出来るのはあの二人だけですね」
「やっぱりそうなんだ。誰か契約魔法を教えてくれないかな」
「ペガサスのテイムが出来る者など聞いたことがないぞ」
サクヤに視線を向けるが反応がない。やはりサクヤは僕等に教える気はないようだ。
「となると。ロータさんに聞くしかないか。スクルドさんには怖くて聞けないし」
そう。割とロータさんは気さくで聞けば答えてくれるが。スクルドさんは自分たちで考えてから訊いてきなさいと冷たい目を向けられるのだ。
「それか凛子様よね」
「でも最近来てないのですわ」
「だよなぁ。最近は悠太さんとロータさん、スクルドさんにクオンちゃんしか来てないよな。しかも現れるのは不定期だしさ」
「別に急ぐ話でもないから、ゆっくりやりましょう」
アルトリアがそう話を締めて、僕等はその場を解散した。
僕は自室に戻り、色々と溜まっている案件に目を通す。けれど大抵のことは既に終わっているものばかりで特に急ぎのものはなかった。
「まめにルド村に行っていたしな。しかし女神様降臨の地ルド村ってなんだよ。世界樹様から祝福された聖地と併せれば凄い肩書きになってきたよな。初めて訪れた頃と比べたら天と地だよ」
あの皆が痩せ細って活気のなかった村が数年で良い方に様変わりした。今では皆が笑って安心して過ごせる環境になっている。それは本当に良いことだと思う。それにウーサの里もメェーメの里も移住が上手くいってほんと良かった。
「そういえば猫人族もここからは離れているけどエルフィアの仲間になったんだよな。既に転移魔法陣も設置済みということだし。なんかどんどん僕がいなくて出来るようになって少し寂しい気もするけど。これが当たり前の姿だよな」
今では新しい魔道具も工房で色々と生み出されている。便利な世の中になってきたことは好ましい。けれど、娯楽がイマイチなんだよなぁ。来年の夏は水上ジェットの大会があるとはいえ。それだけじゃ寂しい。それに冬場はどうしても家に籠り気味になるから何か考えないといけないよなぁ。
僕はとりあえず出来そうな娯楽を書き出していった。
こんな風に過ごすのは久しぶりだなと思いながら。みんなが楽しんでいる姿を想像して一人笑みを浮かべていた。
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