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第二章
ユリウスが一緒なら怖くない
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「ルカ、話があるんだ」
いつもならルカを膝に乗せて冷えた体を温めると食堂に向かうユリウスが、今朝はルカの体がぽかぽかしてもなかなか立ち上がろうとしない。
「なに?」
いつになくユリウスは真剣な面持ちだ。先を促したものの、嫌な話なら聞きたくないな。ルカは耳を塞ぎたくなる手をぎゅっと握った。
「実はな―――」
ユリウスはもうすぐ王都へ赴かねばならないこと、一緒にルカについてきてほしいことを一気に話した。
もっとすごく嫌な話でもされるのかと身構えていたルカはきょとんとした。なんだ、そんなことか。
「いいよ。わたしも行く。ユリウスが一緒なら怖くない」
「本当にいいのか? 王都だぞ?」
言われた意味がわかっているのか。ユリウスはそう言いたげにルカの顔を覗き込む。
ルカはうんと頷く。
「王都でしょ? 行くよ。わたしを王宮に返しにいくわけじゃないんでしょ?」
念のため聞いてみる。
ユリウスは嫌なことを聞いたとばかりに顔をしかめた。
「何度も言わせるな。まだ俺のことが信じられないのか?」
そう言ってルカの顔を見る。ルカの表情には恐れや怯えがない。試されたのだとわかったユリウスは次は苦い顔をした。
「人をからかうのはよせ。たちが悪いぞ。まぁそうやって俺を試せるだけ、余裕があるということなんだろうがな」
頬をむにっと軽くつままれる。
全然痛くない。ユリウスの大きくて厚い腕は、ルカを甘やかしてくれる。この腕の中にいれば、自分は安全なんだ。最近はそう思えてきている。
ルカは背伸びをしてユリウスの首に抱きついた。
「ユリウス、大好き……」
金糸の髪に顔を埋めて、ルカは絶対に離すまいと両手に力を込めた。
***
「……はぁ」
モント領館の執務室の椅子に腰掛けたユリウスは、それはそれは大きなため息をついた。側で執務の補佐をしていたモント騎士団団長のコーバスが、ぎょっとしたように書類をくる手を止めた。
「おいおい。なんてため息だ。ルカの問題は解決したんじゃなかったのか?」
王都行きへルカを伴うことに決めたと、今朝一番にコーバスに話した。それが最善だとコーバスも同意し、ここ最近ずっとユリウスを悩ませていた問題は解決したはずだった。
「なんだよ、一体。ああ、あれか? クライドに指揮を任せたのが心配か?」
昨日、国境線の見張りに向けてクライドの第三師団を派兵した。クライドが師団長になって初めての国境線の見張りだ。心配がないといえばうそになるが、側には目端のきく者を数人つけた。
クライド絡みで気になるといえば、王宮騎士団が領内を去る前にクライドに下した直々のご下命のことはある。すっかり王宮騎士団のファンと成り果てたクライドは、その命を忠実に守り、モント騎士団の任務の合間に、今もルカの捜索を続けている。
心配といえば心配だが、今のユリウスのため息の原因はそれではない。
「あいつのことは心配なぞしておらん」
ユリウスが否定すると、コーバスは「あ、わかったぞ」とにやにやしだした。手にしていた書類を完全に放り出す。
「女だな? 誰かかわいい子でもいたか? あ、俺の妹のエミーはだめだぞ。あいつにはとっておきの相手を俺が見つけてやるんだ。おまえみたいな堅物にはやらんぞ」
「わかってるさ。俺だっておまえの義弟になるのだけは勘弁願いたい」
「てことは誰だ? 街で誰かかわいい子でもいたか? 春だからな。そういう気分になるのはわかるよ」
「街娘が相手の方が、まだよかったのかもな……」
その答えに、コーバスはえ?と眉をしかめてユリウスを見返した。何か思い当たったのだろう。まさかなと言いながら聞いてくる。
「……おまえの家の希少種じゃないだろうな」
ユリウスの口から、肯定ともとれる大きなため息が漏れた。続いて頷くユリウスに、コーバスは「まじかよ…」と絶句した。
「なんだってよりによって希少種なんだ? 悪いことは言わない。やめておけ。屋敷で一緒に暮らしているから、妙な気を起こしただけだろう?」
「俺は希少種に対して偏見はないぞ」
「そういう話をしているんじゃない。世間一般の話をしてるんだ。希少種はきれいな者が多いからな。性奴隷として買って、溺れる奴も珍しくない。でも希少種は希少種だ。孕ませて産まれた子が黒髪黒目や両性なら、いくらおまえの子でも奴隷だ。領主の子が奴隷なんて、いい笑いの種だぞ」
「おまえの口からそんな話が出るとは思わなかったな」
「他の誰も言わないだろう。俺だからこそ言ってやっているんだ」
「そうむきになるな。大丈夫だよ……。俺の一方的な感情だからな」
今朝のルカの様子を思い出す。
ユリウスが一緒なら王都へ行くのも怖くない。ルカはそう言った。首に抱きついて大好きとも言った。
ルカの大好きは、親愛の情で愛しているの好きではない。庇護者としてのユリウスを頼って、甘えているだけだ。
それがわかるからこそ、いくらルカがユリウスにくっついて大好きと言おうとも、ユリウスはルカへ自分の欲情を向けてはいけないと自制する。それにルカはまだ幼い。本人は十八だと言っていたが、希少種ゆえの特徴なのか、まだまだ未発達な体だ。
侍医のノルデンによると、希少種でも十八ならばもっと成熟しているものだ。ルカがなぜあれほど未発達なのか。はっきりとした理由はわからないと言っていた。おそらく栄養状態の問題だろうが、他にも要因があるのかもしれない、とも。
いつからだろう。
いつからユリウスはルカを―――。
この思いは勘違いなのだろうか。と特にこの数週間何度も考えた。
あまりにルカが自分に懐いて頼ってくれるから、親愛の情を向けられて、うっかり深みにはまったのだろうかと。
ルカははじめユリウスに噛み付いて爪で顔を引っ掻いて牙を向けてきた。それが一転、一度心を許すと無防備なほどに体を預けてくる。
それがかわいくてたまらない。細い体で一生懸命ユリウスに縋り付いてくる様が愛しくて心をかき乱される。
ともすれば夜も一緒に過ごしたがるルカだが、ユリウスはそれだけはと自制してそれぞれ自室で眠るようにしている。ルカはいつも寂しそうだが、これ以上はユリウスの身が持たない。間違いを起こして、ルカを怖がらせれば、ルカは二度とユリウスの側には居てくれないだろう。
欲を向けるにはルカは稚すぎる。
ユリウスは近頃忍耐を強いられる場面が多くなった。
いつもならルカを膝に乗せて冷えた体を温めると食堂に向かうユリウスが、今朝はルカの体がぽかぽかしてもなかなか立ち上がろうとしない。
「なに?」
いつになくユリウスは真剣な面持ちだ。先を促したものの、嫌な話なら聞きたくないな。ルカは耳を塞ぎたくなる手をぎゅっと握った。
「実はな―――」
ユリウスはもうすぐ王都へ赴かねばならないこと、一緒にルカについてきてほしいことを一気に話した。
もっとすごく嫌な話でもされるのかと身構えていたルカはきょとんとした。なんだ、そんなことか。
「いいよ。わたしも行く。ユリウスが一緒なら怖くない」
「本当にいいのか? 王都だぞ?」
言われた意味がわかっているのか。ユリウスはそう言いたげにルカの顔を覗き込む。
ルカはうんと頷く。
「王都でしょ? 行くよ。わたしを王宮に返しにいくわけじゃないんでしょ?」
念のため聞いてみる。
ユリウスは嫌なことを聞いたとばかりに顔をしかめた。
「何度も言わせるな。まだ俺のことが信じられないのか?」
そう言ってルカの顔を見る。ルカの表情には恐れや怯えがない。試されたのだとわかったユリウスは次は苦い顔をした。
「人をからかうのはよせ。たちが悪いぞ。まぁそうやって俺を試せるだけ、余裕があるということなんだろうがな」
頬をむにっと軽くつままれる。
全然痛くない。ユリウスの大きくて厚い腕は、ルカを甘やかしてくれる。この腕の中にいれば、自分は安全なんだ。最近はそう思えてきている。
ルカは背伸びをしてユリウスの首に抱きついた。
「ユリウス、大好き……」
金糸の髪に顔を埋めて、ルカは絶対に離すまいと両手に力を込めた。
***
「……はぁ」
モント領館の執務室の椅子に腰掛けたユリウスは、それはそれは大きなため息をついた。側で執務の補佐をしていたモント騎士団団長のコーバスが、ぎょっとしたように書類をくる手を止めた。
「おいおい。なんてため息だ。ルカの問題は解決したんじゃなかったのか?」
王都行きへルカを伴うことに決めたと、今朝一番にコーバスに話した。それが最善だとコーバスも同意し、ここ最近ずっとユリウスを悩ませていた問題は解決したはずだった。
「なんだよ、一体。ああ、あれか? クライドに指揮を任せたのが心配か?」
昨日、国境線の見張りに向けてクライドの第三師団を派兵した。クライドが師団長になって初めての国境線の見張りだ。心配がないといえばうそになるが、側には目端のきく者を数人つけた。
クライド絡みで気になるといえば、王宮騎士団が領内を去る前にクライドに下した直々のご下命のことはある。すっかり王宮騎士団のファンと成り果てたクライドは、その命を忠実に守り、モント騎士団の任務の合間に、今もルカの捜索を続けている。
心配といえば心配だが、今のユリウスのため息の原因はそれではない。
「あいつのことは心配なぞしておらん」
ユリウスが否定すると、コーバスは「あ、わかったぞ」とにやにやしだした。手にしていた書類を完全に放り出す。
「女だな? 誰かかわいい子でもいたか? あ、俺の妹のエミーはだめだぞ。あいつにはとっておきの相手を俺が見つけてやるんだ。おまえみたいな堅物にはやらんぞ」
「わかってるさ。俺だっておまえの義弟になるのだけは勘弁願いたい」
「てことは誰だ? 街で誰かかわいい子でもいたか? 春だからな。そういう気分になるのはわかるよ」
「街娘が相手の方が、まだよかったのかもな……」
その答えに、コーバスはえ?と眉をしかめてユリウスを見返した。何か思い当たったのだろう。まさかなと言いながら聞いてくる。
「……おまえの家の希少種じゃないだろうな」
ユリウスの口から、肯定ともとれる大きなため息が漏れた。続いて頷くユリウスに、コーバスは「まじかよ…」と絶句した。
「なんだってよりによって希少種なんだ? 悪いことは言わない。やめておけ。屋敷で一緒に暮らしているから、妙な気を起こしただけだろう?」
「俺は希少種に対して偏見はないぞ」
「そういう話をしているんじゃない。世間一般の話をしてるんだ。希少種はきれいな者が多いからな。性奴隷として買って、溺れる奴も珍しくない。でも希少種は希少種だ。孕ませて産まれた子が黒髪黒目や両性なら、いくらおまえの子でも奴隷だ。領主の子が奴隷なんて、いい笑いの種だぞ」
「おまえの口からそんな話が出るとは思わなかったな」
「他の誰も言わないだろう。俺だからこそ言ってやっているんだ」
「そうむきになるな。大丈夫だよ……。俺の一方的な感情だからな」
今朝のルカの様子を思い出す。
ユリウスが一緒なら王都へ行くのも怖くない。ルカはそう言った。首に抱きついて大好きとも言った。
ルカの大好きは、親愛の情で愛しているの好きではない。庇護者としてのユリウスを頼って、甘えているだけだ。
それがわかるからこそ、いくらルカがユリウスにくっついて大好きと言おうとも、ユリウスはルカへ自分の欲情を向けてはいけないと自制する。それにルカはまだ幼い。本人は十八だと言っていたが、希少種ゆえの特徴なのか、まだまだ未発達な体だ。
侍医のノルデンによると、希少種でも十八ならばもっと成熟しているものだ。ルカがなぜあれほど未発達なのか。はっきりとした理由はわからないと言っていた。おそらく栄養状態の問題だろうが、他にも要因があるのかもしれない、とも。
いつからだろう。
いつからユリウスはルカを―――。
この思いは勘違いなのだろうか。と特にこの数週間何度も考えた。
あまりにルカが自分に懐いて頼ってくれるから、親愛の情を向けられて、うっかり深みにはまったのだろうかと。
ルカははじめユリウスに噛み付いて爪で顔を引っ掻いて牙を向けてきた。それが一転、一度心を許すと無防備なほどに体を預けてくる。
それがかわいくてたまらない。細い体で一生懸命ユリウスに縋り付いてくる様が愛しくて心をかき乱される。
ともすれば夜も一緒に過ごしたがるルカだが、ユリウスはそれだけはと自制してそれぞれ自室で眠るようにしている。ルカはいつも寂しそうだが、これ以上はユリウスの身が持たない。間違いを起こして、ルカを怖がらせれば、ルカは二度とユリウスの側には居てくれないだろう。
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