堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

文字の大きさ
16 / 91
第二章

年に一度の王都への参内

しおりを挟む
 聖バッケル王国の領主には、年に一度王宮への参内が義務付けられている。国王への拝謁と、地方領主の取りまとめ役である地方官への報告のためだ。毎年春が過ぎ、夏の盛りが始まる前に、地方領主たちは一斉に王都に入る。
 またそれに合わせて王宮では国王主催の晩餐会が開かれる。

 各地の領主は、参内とともにその晩餐会への出席も義務付けられており、毎年この時期になるとユリウスは憂鬱になる。

 加えて今年は一つ大きな問題があった。

「ルカをどうしたものか」

 モント領館での執務を終え、ルカとの夕食を終えたユリウスは、執事カレルと二人、毎日のようにこの問題について話し合っていた。
 ユリウスは毎年王都へ、カレル、リサ、アントン、ノルデンを伴って上京する。王都での滞在は一週間近くにのぼり、往路復路もあわせれば三週間ほど。その間には晩餐会もある。身の回りの世話役である彼らを伴うことは毎年の恒例だった。留守はボブが預かる。

 けれど今回はルカがいる。屋敷に三週間もボブと二人で置いておくのは心許ない。かといって王宮騎士団のお膝元である王都へ、ルカを連れて行くのもまた心配だ。

 ルカの背中と大腿の傷は、ノルデンによるとほぼ完治した。まだ傷痕が残っているが、徐々に薄くなってきているので、このまま治療を続ければ完全にきれいに治るだろうとノルデンは言う。

 最近のルカはリサの手伝いをして過ごしている。屋敷の掃除が主だが、毎日の仕事は楽しいようで、ルカは少し笑うようになった。
 仕事の合間にはボブの拾ってきたシマリスの世話に夢中だ。あんまり世話を焼きたがるので、ボブはとうとうシマリスの世話をルカに任せた。今では部屋にゲージを持ち込み、ポポと名前をつけ、暇があれば遊んでいる。
 「どうしてポポなんだ?」とユリウスが訊くと、「なんとなく、ポポって感じだから」とルカ。ユリウスには分からなかったが、リサには何か通じるものがあったのか。「わかるわ、それ」と頷いていた。

 ルカを探しに来ていた王宮騎士団は、あれから三週間ほど領内を引っ掻き回していった。
 やはり川越えの渡しにも手は回っており、袖の下を受け取ったと思われる渡守が、今も目を光らせている。

 おそらく領内の至るところに、王宮騎士団の犬と化した者たちがいるとみていいだろう。
 リサは、ルカの服を新調したい。ルカを連れて街に出たいと言っているが、ユリウスはまだ許可を出していない。
 どこに王宮騎士団の手の者がいるかわからない。危険は犯すべきではない。
 屋敷の庭も、開放的な地方領主の館とあって、誰の目があるかわからない。結果、ルカはずっと屋敷内で過ごしている。今のところ、本人は外に出られないことを気に病んでいる様子はない。

 けれどな。とユリウスは思う。ずっとこのままルカを屋敷から一歩も出さないというのも、ルカにとって窮屈だ。できれば自由に外に出してやりたいし、リサの言うように街に行かせて、好きな物を買ってやりたい。
 モント領は、王都からは離れているが、国境線が近いこともあり、王都にはない異国の物産が集まる。関税も安くしているので、モント領内の市場は王都に引けを取らないほど賑わっている、とユリウスは自負している。

 約三週間の王都行き。モント騎士団団長のコーバスが、ルカを預かろうかと申し出てくれたが、コーバスの屋敷には妹のエミーがいる。執事を始め屋敷の使用人たちも多い。
 なるべくルカの存在は秘しておきたい。一人でもルカのことを知る人物を減らしておきたいユリウスとしては、コーバスの申し出もまた、最善の策とは思えなかった。

「やはりご一緒にお連れするのがよろしいかと思います」

 カレルと毎日堂々巡りの議論を続けていた。結論は出ず、今日も話し合いだけで終わるかと思ったが、王都行きまであと一週間をきった今日。二人きりになるとカレルが唐突に言い出した。

「どうした、突然だな」

「いえ、結論を申したのは今ですが、私の中ではすでに結論は出ておりました。ユリウス様もそうなのではありませんか?」

「まあ、そう言われればそうなんたがな。連れていくしかあるまい、とは思っていたが……」

 自分の目の届かないところに、ルカを置いておきたくない。あれこれ考えていたが、結局ユリウスの中ではそれ以上の答えはなかった。
 カレルの言うとおり、結論は出ていたのだろう。

「王都行きまでもう間がありません。すぐにでもルカを連れていくための算段をいたしませんと、準備不足は何よりも危険です」

「おまえの言うとおりだな。ルカには明日、俺から話す」

 ルカはどんな反応を示すだろうか。おそらく素直にうんとは言うまい。ルカは何よりも王宮に戻ることを恐れている。王都へ連れていくと言ったら、また怖がるかもしれない。

 最近やっと落ち着いてきているルカにとっては、酷な話だ。

「あとな、カレル。王都でひとつやりたいことがある」

 ユリウスがその考えを話すと、カレルの顔色が変わった。

「それは……。もちろん、実現できればこれ以上のことはございませんが……。可能でしょうか?」

「わからん。わからんが、やってみる価値はある」

「その件については私では如何とも致しかねます。ユリウス様にお任せするしかありませんが……」

「無論だ。心づもりだけしておいてもらおうと話しただけだ」

「承知いたしました」







***









 床で眠る癖だけは、どうしても抜けない。

 ユリウスの屋敷で暮らすようになってからもうずいぶん経つ。いつも一旦はベッドに入るのだけれど、広いベッドは落ち着かない。背中と大腿の傷が痛かった時は、ベッドで眠っていたけれど、体が良くなった今、ベッドで眠ると無防備に自分をさらけだしているようでもあり、寝つけない。それで結局掛布を巻き付けて床で眠る。

 床で、大きなベッドの影に隠れて小さくなっていると安心感がある。もし今部屋に王宮騎士団が入ってきても、きっとルカの姿に気が付かない。そんな安心感。
 
 ここでの毎日は、驚くほど苦痛がなくて、もう二度と王宮には帰りたくないと思う気持ちが日増しに強くなっている。
 やたらと世話を焼きたがるリサ。優しい言葉はかけてこないけれど、ポポのゲージをさりげなく用意してくれたり、新しい服を棚に並べてくれていたり。いつも渋面の、実は気遣いの達人である執事のカレル。
 明け方にひょっこり現れるルカに、おいしいパンやクッキーを焼いてくれる、ぶっきらぼうなアントン。
 あれから白衣を着ることをやめた侍医のノルデン。それに動物にとても優しいボブ。
 
 逃げ出した当初も二度と戻らない、そう思っていた。あの頃思っていた戻りたくないという気持ちは、恐怖ゆえのものだった。今、ルカが戻りたくないと思うのは、この屋敷の人たちと離れたくない。そんな思いだ。
 
 もちろん、恐怖心が消えたわけではない。でもそれ以上に、優しいこの屋敷の人たちの側にいたい。そう思う。
 それに―――。

 ふわりと体が浮き上がった。
 太く頑健な腕が掛布ごとルカを抱き上げた。

「おはよう、ルカ」

 ユリウスだ。ユリウスは床で眠っているルカを、毎朝ベッドに抱き上げてくれる。ユリウスの体はいつも温かくて、ルカの床で冷えた体に心地いい。
 ベッドに腰掛けたユリウスの膝に乗せられ、腕に囲われる。厚い胸に頬を寄せると、ユリウスの鼓動が聞こえる。毎朝のこの時間が、ルカは何より好きだ。

 ユリウスの腕の中以上に安心できる場所はない。この腕の中にいる限り、ルカは穏やかでいられるような気がする。
 でも残念なことに、朝こうやってユリウスと過ごせる時間は短い。ユリウスはモント領主として、日々領館に赴き、執務に忙しい。春が巡ってきたこの時期は、とくに隣国への警戒を強める必要があり、騎士団の再編などやることがたくさんあるそうだ。

 朝食の席を共にすると、ユリウスはすぐに出掛けていき夕方まで戻らない。どんなに遅くなっても、ルカはユリウスの夕飯を待って一緒にテーブルにつく。

 ここに来たはじめの頃は、出されるままにユリウスとテーブルを囲っていた。でもある時ふと、リサやカレル、それにアントンもノルデンもボブも、ユリウスと食卓を囲うことはないことに気がついた。

 不思議に思ってリサに聞くと、「使用人は主人と食卓を囲うことはありませんわね」と言われた。

 リサたちは、ユリウスとは別の時間に、各々都合のいいときに食べている。使用人というのなら、ルカも同じだ。「じゃあわたしもリサと食べる」と言うと、「いけません」とリサは断固として譲らない。

「でも、わたしも使用人でしょ?」
「ルカはユリウス様の大事な拾い物ですから。いいんですよ。ユリウス様もルカと一緒に食べるのを喜んでおられます」と言う。

 拾い物なら主と食卓を共にするのだろうか。
 リサの言うことはわからなかったけれど、ユリウスが嫌じゃないならいい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...