15 / 91
挿話
ルカのいる毎日は
しおりを挟む
ルカの年齢を聞いて、その後のリサがどうなったかといえば。
「急に変えられるものでもないわよね。私にとっては十八でも子供よ」
リサはそう開き直った。リサはルカを十二三才だと思っていたらしい。ユリウスはそこまで幼いとは思っていなかったが、しかしリサの言うように、何歳であろうとあまり変わりはないのも確かだ。カレルやアントン、それにボブに至っても、(当人達がルカを何歳だと思っていたのかは知らないが)、十八であろうとさほど変わりはないという認識だ。
ただ、ノルデンだけは医師の見地から十八と聞いて、ますますルカの体が未発達であることが気になったらしい。最近はよく医術書とにらめっこをしている。
リサは、仕事の合間をぬってはルカの部屋を訪れ、色々なことを教えているようだ。
食事の所作がきれいになった。常識的なことを知らないことが多かったルカだが、ここへ来てひと月あまり。まだまだ細いが、体つきもだいぶふっくらとし、落ち着いた。何事にも警戒心があり、物音一つにも敏感だったが、あまりものに動じなくなった。今なら十八と聞いても、何ら違和感はない。
屋敷にルカが一人加わっただけで、屋敷内は華やかになった。リサはルカの為に淡い色のワンピースを繕っているし、ノルデンは白衣を脱いだ代わりに衣服に気を遣うようになった。
カレルの蝶ネクタイも黒ばかりだったが、たまたまシルバーのものをしている時にルカがかわいいと言ったとか言わないとか。黒以外のものを付けることが多くなった。
ボブは相変わらずだが、アントンは明らかに甘い菓子をよく作るようになった。最近は厨房から甘い香りがよくしている。
それにユリウスは―――。
「おかえりなさい、ユリウス」
屋敷の玄関を入ると、ルカが駆けてくる。傷がよくなったルカは、こうしていつもユリウスの帰りを玄関で待つようになった。何もなかった玄関ホールには、ルカのためにベンチが置かれるようになった。
玄関ホールでユリウスの帰りを待つルカのために、カレルが用意したものだ。ここでルカは屋敷に所蔵してある書物を読みながらユリウスの帰りを待っている。
あまりものを知らないルカが、字を読めるというのは驚きだった。ルカによると、先生が教えてくれたらしい。教師がついていたというのも驚きだ。希少種の多くは文字の読み書きができない。そうすることで希少種が知識を蓄えることを遮り、知恵をつけないように操作しているのだ。
それにしても。
「出迎えてくれる者がいるというのも、いいものだな」
ユリウスは鮮やかな水色のワンピースを着たルカの姿に目を細めた。襟元にレースをあしらったもので、殺風景な屋敷内が華やいで見える。
横でカレルがこほんと咳払いした。
「私も毎日ユリウス様をお出迎えいたしておりまするが」
苦言を呈され、ユリウスは苦笑した。確かにカレルは毎日ユリウスが屋敷を出るのを見送り、出迎えてくれる。
しかしカレルとルカでは華やぎが違う。
そうは思ったが、口が裂けても言うまい。
「そうだったな」
カレルの言う通りだと頷くと、カレルは「わかっていただけているようで安心いたしました」と一礼し、お食事にいたしましょうとユリウスとルカを食堂へ誘った。
食堂ではアントンが待ち構えており、ユリウスとルカが入っていくとすぐに皿の上に料理が盛られた。ルカは「いただきます」と言うとフォークとナイフを手に取り、上手く料理を切り分けて口に運ぶ。短期間でずいぶん上手くなったものだ。リサがルカのすぐ後ろに控えて、毎日少しずつ教えているおかげだ。
ルカも素直にリサの言うことを聞くので上達も早い。わからないことがあれば、すぐに問いかけるその素直さも一役買っているのだろう。
ここに来た頃のように食事が終わってもルカが居眠ることはなくなった。まだ少しやり残した仕事があったユリウスが執務室へ移動すると、ルカが後をついてくる。
ユリウスが机に向かうのを見て、ルカはその前に置かれた椅子に腰掛けると本を開いた。別段、何か話すわけでもないが、ルカはユリウスが屋敷にいる間は同じ空間に居たがる。
そんなルカのため、カレルはユリウスの過ごす場所のあちこちに椅子を用意した。ぱらりとルカが本のページをくる。書類から目を上げれば、真剣な様子で文字を追うルカのつむじが目に入る。ルカの髪はこのひと月でだいぶ伸びた。明かりを受けて艶々と黒髪が輝いている。思わず手を伸ばしてその髪に触れると、ルカがゆっくりとこちらを見上げた。
「どうしたの?」
こてんと首を傾げる。
「いや、何でもない」
ユリウスはさらりとした手触りを楽しんで、髪から手を離した。
「変なユリウス」
ルカはそう言いながらもそのまま視線を本へと戻し、また文字を追い出した。
その姿を見つめ、ユリウスもまた手元の書類へと視線を落とした。同じ空間に居たいと思うのは、何もルカだけではない。
ユリウスにとっても、こうして過ごす毎日がかけがえのない時間であり、心安らぐひと時となりつつある。
穏やかな時間がゆっくりと二人の間を過ぎていった。
「急に変えられるものでもないわよね。私にとっては十八でも子供よ」
リサはそう開き直った。リサはルカを十二三才だと思っていたらしい。ユリウスはそこまで幼いとは思っていなかったが、しかしリサの言うように、何歳であろうとあまり変わりはないのも確かだ。カレルやアントン、それにボブに至っても、(当人達がルカを何歳だと思っていたのかは知らないが)、十八であろうとさほど変わりはないという認識だ。
ただ、ノルデンだけは医師の見地から十八と聞いて、ますますルカの体が未発達であることが気になったらしい。最近はよく医術書とにらめっこをしている。
リサは、仕事の合間をぬってはルカの部屋を訪れ、色々なことを教えているようだ。
食事の所作がきれいになった。常識的なことを知らないことが多かったルカだが、ここへ来てひと月あまり。まだまだ細いが、体つきもだいぶふっくらとし、落ち着いた。何事にも警戒心があり、物音一つにも敏感だったが、あまりものに動じなくなった。今なら十八と聞いても、何ら違和感はない。
屋敷にルカが一人加わっただけで、屋敷内は華やかになった。リサはルカの為に淡い色のワンピースを繕っているし、ノルデンは白衣を脱いだ代わりに衣服に気を遣うようになった。
カレルの蝶ネクタイも黒ばかりだったが、たまたまシルバーのものをしている時にルカがかわいいと言ったとか言わないとか。黒以外のものを付けることが多くなった。
ボブは相変わらずだが、アントンは明らかに甘い菓子をよく作るようになった。最近は厨房から甘い香りがよくしている。
それにユリウスは―――。
「おかえりなさい、ユリウス」
屋敷の玄関を入ると、ルカが駆けてくる。傷がよくなったルカは、こうしていつもユリウスの帰りを玄関で待つようになった。何もなかった玄関ホールには、ルカのためにベンチが置かれるようになった。
玄関ホールでユリウスの帰りを待つルカのために、カレルが用意したものだ。ここでルカは屋敷に所蔵してある書物を読みながらユリウスの帰りを待っている。
あまりものを知らないルカが、字を読めるというのは驚きだった。ルカによると、先生が教えてくれたらしい。教師がついていたというのも驚きだ。希少種の多くは文字の読み書きができない。そうすることで希少種が知識を蓄えることを遮り、知恵をつけないように操作しているのだ。
それにしても。
「出迎えてくれる者がいるというのも、いいものだな」
ユリウスは鮮やかな水色のワンピースを着たルカの姿に目を細めた。襟元にレースをあしらったもので、殺風景な屋敷内が華やいで見える。
横でカレルがこほんと咳払いした。
「私も毎日ユリウス様をお出迎えいたしておりまするが」
苦言を呈され、ユリウスは苦笑した。確かにカレルは毎日ユリウスが屋敷を出るのを見送り、出迎えてくれる。
しかしカレルとルカでは華やぎが違う。
そうは思ったが、口が裂けても言うまい。
「そうだったな」
カレルの言う通りだと頷くと、カレルは「わかっていただけているようで安心いたしました」と一礼し、お食事にいたしましょうとユリウスとルカを食堂へ誘った。
食堂ではアントンが待ち構えており、ユリウスとルカが入っていくとすぐに皿の上に料理が盛られた。ルカは「いただきます」と言うとフォークとナイフを手に取り、上手く料理を切り分けて口に運ぶ。短期間でずいぶん上手くなったものだ。リサがルカのすぐ後ろに控えて、毎日少しずつ教えているおかげだ。
ルカも素直にリサの言うことを聞くので上達も早い。わからないことがあれば、すぐに問いかけるその素直さも一役買っているのだろう。
ここに来た頃のように食事が終わってもルカが居眠ることはなくなった。まだ少しやり残した仕事があったユリウスが執務室へ移動すると、ルカが後をついてくる。
ユリウスが机に向かうのを見て、ルカはその前に置かれた椅子に腰掛けると本を開いた。別段、何か話すわけでもないが、ルカはユリウスが屋敷にいる間は同じ空間に居たがる。
そんなルカのため、カレルはユリウスの過ごす場所のあちこちに椅子を用意した。ぱらりとルカが本のページをくる。書類から目を上げれば、真剣な様子で文字を追うルカのつむじが目に入る。ルカの髪はこのひと月でだいぶ伸びた。明かりを受けて艶々と黒髪が輝いている。思わず手を伸ばしてその髪に触れると、ルカがゆっくりとこちらを見上げた。
「どうしたの?」
こてんと首を傾げる。
「いや、何でもない」
ユリウスはさらりとした手触りを楽しんで、髪から手を離した。
「変なユリウス」
ルカはそう言いながらもそのまま視線を本へと戻し、また文字を追い出した。
その姿を見つめ、ユリウスもまた手元の書類へと視線を落とした。同じ空間に居たいと思うのは、何もルカだけではない。
ユリウスにとっても、こうして過ごす毎日がかけがえのない時間であり、心安らぐひと時となりつつある。
穏やかな時間がゆっくりと二人の間を過ぎていった。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる