堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

文字の大きさ
14 / 91
挿話

それからのルカの日常

しおりを挟む
 ふかふかのベッドだと、どうしてこんなにも眠れるのだろう。
 ルカは昼の陽光がさしこむ部屋のベッドで、ごろんと寝返りを打った。洗いたてのシーツの香りがする。太陽によくあたったお日様の匂いもする。枕に顔を埋めて肺いっぱいに吸い込んだ。
 背中と大腿の傷は、毎日ノルデンが丁寧に治療をしてくれるのでだいぶ良くなった。体を動かすとまだひきつるように痛むが、前のことを思えばさほどのことはない。
 王宮ではこんなお日様の高い時間に眠っていたことなんてなかった。毎日何かしら仕事を言いつけられるし、それらをこなしながら林で食料も調達しなければならない。日が出ている間、ルカはいつも忙しかった。
 それが今はどうだろう。
 ふかふかのベッドの上で惰眠を貪っている。くすぐったいような気分だ。

 コンコンっと扉がノックされた。扉を開く時はこうやってノックするということも初めて知った。中にいる人に入りますよ、いいですかとお伺いをたてるノックは、なんて優しいのだろう。王宮では、ルカの住む粗末な小屋の扉はいつも唐突に開かれた。

「ルカ? 起きてますか?」

 リサだ。

「はい」

 返事をするとリサが器用に片手に盆を持って現れた。盆の上にはパンとスープがのっている。きっと食べそこねたルカの昼食だ。ルカは枕から顔を上げると慌てて起き上がった。

「ああ、いいのよ。そのままで」

 ルカが急いでリサの手伝いをしようとすると、リサはサイドテーブルに盆を置き、ルカをベッドに座らせた。

「まだ傷が痛むでしょう? 無理に動かなくてもいいのよ」

「でもそれ、わたしの食事」

 日に一度支給されるパンと牛乳を受け取る時は、指定の場所で恭しく頭を下げて待ち構えていた。そうしないと貰えなかった。食事が向こうからやって来るなんてありえない。

「そんな顔しなくても大丈夫よ。手が空いたから持ってきただけよ。ほら、食べなさいな」

 リサは棚からベッドテーブルを取り出すと置き、その上に盆をのせてくれる。スープからは湯気がたっていて、いい香りがする。

「あ、ありがとうございます」

 ルカがぺこりと頭を下げるとリサは、

「いただきます、よ。ルカ」

「いただきます」

「ああ、待って。スプーンを使ってちょうだい」

 スープを器ごと持ち上げたルカに、リサはスプーンを差し出す。ルカは器を戻すとスプーンを受け取り、この間リサがやっていたようにスープをすくった。

「あら。上手いじゃないの」

 褒められると悪い気はしない。パンもリサがやっていたように一口大にちぎって口に運んだ。その度リサは褒めてくれる。
 けれどなんだか子供扱いされているような気がする。ルカは恐る恐る言ってみた。

「褒められるのは嬉しいけど、わたしそんなに子供じゃないよ?」

「ふふ。子供はみんなそう言うのよ。私から見れば、ルカはまだまだ子供よ。だって十二三才ってところでしょ?」

 ルカは持っていたスプーンをぽろりと落とした。ぱしゃんとスープがはね、ルカの顔にかかる。

「まっ。大丈夫? 熱かったでしょう?」

 リサがタオルではねたスープを拭ってくれる。ルカはその手を思わずとった。

「リサ。わたしもう十八だよ?」

「十八? ねぇやけどしてない? あとにならなければいいけれど。ちょっと待ってて」

 リサはルカの言ったことをわかっているのか。十八には何の反応も示さず、タオルを持ったまま部屋を飛び出していく。すぐに戻ってきたリサは濡らしたタオルで丁寧にルカの顔を拭ってくれる。

「これで大丈夫。赤くなっていないし、あとにはならないと思うわ。念の為、あとでノルデンに診てもらいましょうね。せっかくの白い肌にあとが残ったら大変だわ」

「あの、リサ?」

「ああ。えっと何の話だったかしら? ああそうそう。十八って話よね。十八って何が?」

「わたしの年齢」

「ルカの……。って、ええ!」

 今度はリサが持っていたタオルを床に落とした。

「ルカ、あなた十八才なの? 本当に?」

「うん」

「ああ、でもでも。その」

「言いたいことはわかるよ」

 胸は出ていないし、体形はまるっきり幼女のようだ。月のものもまだない。
 ルカがそう言うと、リサは「まあ」と言ったきり、しばらく呆然とした。

「リサ?」

 ルカが呼びかけると、リサははっとしたように我に返った。

「ああ、ごめんなさい。あんまり驚いたものだから。ノルデンが栄養状態が悪いせいで発育が悪いんだろうとは言っていたけれど、十八だなんて思わなかったわ。ごめんなさいね」

「気にしてないよ。年相応に見えないのは本当のことだし」

「そう、そうだったのね。十八といえばもう立派なレディよ。なのに私ったら」

「わたしも、はっきり言わなかったし」

「聞かなかったこちらも悪いわよ。許してちょうだいね」

 リサはよほど衝撃だったのか、ルカの食べた食器を持って、ふらふらと部屋を出ていった。











「ただいま、ルカ」

 また部屋でうつらうつらとしていると、部屋の扉がノックされ、ユリウスが顔を出した。窓の外はすっかり日が暮れている。たぶん眠っている間にリサが灯してくれたのだろう。枕元に明かりが一つ灯っている。
 ユリウスはベッドの縁に腰掛けると、ルカの前髪に手を伸ばした。ユリウスの長い指がルカの髪を梳いた。

「おかえりなさい、ユリウス」

 屋敷の者が外から帰ってきた時はそう言うのだと。これもリサに教えてもらった。
 髪を梳いたユリウスの指がルカから離れていく。ルカはユリウスの手を取ると頬を押し当てた。ユリウスの手は温かくて、少しごわごわしている。手の平の皮が厚いのは、きっと剣を握るからだ。

「リサに聞いた。ルカ、おまえ十八才だそうだな」

「うん」

「その割にはとこもかしこも小さ過ぎだ。もっと食べてしっかり太れ。夕飯は? 食べたのか?」

 ルカが首を振ると、ユリウスはルカを抱き上げた。十八だとわかっても、これは今まで通りなのかとちょっとほっとした。ユリウスはどこかに移動する時、いつもルカを抱き上げる。ユリウスに抱き上げられるのは好きだ。金糸の髪が間近で見られるから。

「俺も今から食べるところなんだ。一緒に食べよう」

 食堂にはアントンが待ち構えていて、ユリウスとルカが現れると温かい料理を供してくれた。

 お腹いっぱい食べると、ルカはまた眠気に襲われた。一日寝てばかりいるのにまだ眠い。かくんと首が落ちたところを、またユリウスが受け止めてくれた。無理矢理まぶたをこじ開ける。

「部屋に戻るね」

 ふらふらと立ち上がると、ユリウスがすかさずルカを抱き上げる。ユリウスの腕の中は心地いい。眠気を我慢しながら目をユリウスの首もとにこすり付けた。

「どうした? 眠いなら眠ればいい。ちゃんと部屋まで連れて行ってやる」

 ユリウスがそうしてくれることはもうわかっている。ただ、こんなに甘えてばかりでいいのだろうかと不安にもなる。ルカはユリウスに拾われてから寝てばかりだ。寝て、食べて、また寝て。その繰り返し。屋敷のみんなはそれぞれの役割を担って忙しそうなのに、ルカ一人寝て食べるだけ。そのうちみんな、ルカのことを疎ましく思わないだろうか。

「何を心配しているのか知らんが、余計なことは考えるなよ。ルカの仕事はまずは体を治すことだ。これまでの辛かった分、全て取り戻そうと体が我がままになっているのだろう。逆らわず体を休ませてやれ」

「でも、みんな忙しそうなのに」

「なに。そのうち体が自然と動き出すさ。元気になったら覚悟しておけよ。リサが手ぐすね引いて待っているぞ」

「期待されてるなら、嬉しいけど」

 傷がもう少し良くなって、体が睡眠ばかりを欲しなくなったなら、望むところだ。それにいつか―――。

 ルカは言いかけて、声にはできずまぶたを閉じた。

 いつか、ユリウスの望むことも叶えてみたい。ルカの望みを叶えてくれたように、ルカもユリウスの役に立ちたい。

 思いを口にはできず、ルカは離すまいとユリウスの首に腕を回した。










 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...