堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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挿話

それからのルカの日常

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 ふかふかのベッドだと、どうしてこんなにも眠れるのだろう。
 ルカは昼の陽光がさしこむ部屋のベッドで、ごろんと寝返りを打った。洗いたてのシーツの香りがする。太陽によくあたったお日様の匂いもする。枕に顔を埋めて肺いっぱいに吸い込んだ。
 背中と大腿の傷は、毎日ノルデンが丁寧に治療をしてくれるのでだいぶ良くなった。体を動かすとまだひきつるように痛むが、前のことを思えばさほどのことはない。
 王宮ではこんなお日様の高い時間に眠っていたことなんてなかった。毎日何かしら仕事を言いつけられるし、それらをこなしながら林で食料も調達しなければならない。日が出ている間、ルカはいつも忙しかった。
 それが今はどうだろう。
 ふかふかのベッドの上で惰眠を貪っている。くすぐったいような気分だ。

 コンコンっと扉がノックされた。扉を開く時はこうやってノックするということも初めて知った。中にいる人に入りますよ、いいですかとお伺いをたてるノックは、なんて優しいのだろう。王宮では、ルカの住む粗末な小屋の扉はいつも唐突に開かれた。

「ルカ? 起きてますか?」

 リサだ。

「はい」

 返事をするとリサが器用に片手に盆を持って現れた。盆の上にはパンとスープがのっている。きっと食べそこねたルカの昼食だ。ルカは枕から顔を上げると慌てて起き上がった。

「ああ、いいのよ。そのままで」

 ルカが急いでリサの手伝いをしようとすると、リサはサイドテーブルに盆を置き、ルカをベッドに座らせた。

「まだ傷が痛むでしょう? 無理に動かなくてもいいのよ」

「でもそれ、わたしの食事」

 日に一度支給されるパンと牛乳を受け取る時は、指定の場所で恭しく頭を下げて待ち構えていた。そうしないと貰えなかった。食事が向こうからやって来るなんてありえない。

「そんな顔しなくても大丈夫よ。手が空いたから持ってきただけよ。ほら、食べなさいな」

 リサは棚からベッドテーブルを取り出すと置き、その上に盆をのせてくれる。スープからは湯気がたっていて、いい香りがする。

「あ、ありがとうございます」

 ルカがぺこりと頭を下げるとリサは、

「いただきます、よ。ルカ」

「いただきます」

「ああ、待って。スプーンを使ってちょうだい」

 スープを器ごと持ち上げたルカに、リサはスプーンを差し出す。ルカは器を戻すとスプーンを受け取り、この間リサがやっていたようにスープをすくった。

「あら。上手いじゃないの」

 褒められると悪い気はしない。パンもリサがやっていたように一口大にちぎって口に運んだ。その度リサは褒めてくれる。
 けれどなんだか子供扱いされているような気がする。ルカは恐る恐る言ってみた。

「褒められるのは嬉しいけど、わたしそんなに子供じゃないよ?」

「ふふ。子供はみんなそう言うのよ。私から見れば、ルカはまだまだ子供よ。だって十二三才ってところでしょ?」

 ルカは持っていたスプーンをぽろりと落とした。ぱしゃんとスープがはね、ルカの顔にかかる。

「まっ。大丈夫? 熱かったでしょう?」

 リサがタオルではねたスープを拭ってくれる。ルカはその手を思わずとった。

「リサ。わたしもう十八だよ?」

「十八? ねぇやけどしてない? あとにならなければいいけれど。ちょっと待ってて」

 リサはルカの言ったことをわかっているのか。十八には何の反応も示さず、タオルを持ったまま部屋を飛び出していく。すぐに戻ってきたリサは濡らしたタオルで丁寧にルカの顔を拭ってくれる。

「これで大丈夫。赤くなっていないし、あとにはならないと思うわ。念の為、あとでノルデンに診てもらいましょうね。せっかくの白い肌にあとが残ったら大変だわ」

「あの、リサ?」

「ああ。えっと何の話だったかしら? ああそうそう。十八って話よね。十八って何が?」

「わたしの年齢」

「ルカの……。って、ええ!」

 今度はリサが持っていたタオルを床に落とした。

「ルカ、あなた十八才なの? 本当に?」

「うん」

「ああ、でもでも。その」

「言いたいことはわかるよ」

 胸は出ていないし、体形はまるっきり幼女のようだ。月のものもまだない。
 ルカがそう言うと、リサは「まあ」と言ったきり、しばらく呆然とした。

「リサ?」

 ルカが呼びかけると、リサははっとしたように我に返った。

「ああ、ごめんなさい。あんまり驚いたものだから。ノルデンが栄養状態が悪いせいで発育が悪いんだろうとは言っていたけれど、十八だなんて思わなかったわ。ごめんなさいね」

「気にしてないよ。年相応に見えないのは本当のことだし」

「そう、そうだったのね。十八といえばもう立派なレディよ。なのに私ったら」

「わたしも、はっきり言わなかったし」

「聞かなかったこちらも悪いわよ。許してちょうだいね」

 リサはよほど衝撃だったのか、ルカの食べた食器を持って、ふらふらと部屋を出ていった。











「ただいま、ルカ」

 また部屋でうつらうつらとしていると、部屋の扉がノックされ、ユリウスが顔を出した。窓の外はすっかり日が暮れている。たぶん眠っている間にリサが灯してくれたのだろう。枕元に明かりが一つ灯っている。
 ユリウスはベッドの縁に腰掛けると、ルカの前髪に手を伸ばした。ユリウスの長い指がルカの髪を梳いた。

「おかえりなさい、ユリウス」

 屋敷の者が外から帰ってきた時はそう言うのだと。これもリサに教えてもらった。
 髪を梳いたユリウスの指がルカから離れていく。ルカはユリウスの手を取ると頬を押し当てた。ユリウスの手は温かくて、少しごわごわしている。手の平の皮が厚いのは、きっと剣を握るからだ。

「リサに聞いた。ルカ、おまえ十八才だそうだな」

「うん」

「その割にはとこもかしこも小さ過ぎだ。もっと食べてしっかり太れ。夕飯は? 食べたのか?」

 ルカが首を振ると、ユリウスはルカを抱き上げた。十八だとわかっても、これは今まで通りなのかとちょっとほっとした。ユリウスはどこかに移動する時、いつもルカを抱き上げる。ユリウスに抱き上げられるのは好きだ。金糸の髪が間近で見られるから。

「俺も今から食べるところなんだ。一緒に食べよう」

 食堂にはアントンが待ち構えていて、ユリウスとルカが現れると温かい料理を供してくれた。

 お腹いっぱい食べると、ルカはまた眠気に襲われた。一日寝てばかりいるのにまだ眠い。かくんと首が落ちたところを、またユリウスが受け止めてくれた。無理矢理まぶたをこじ開ける。

「部屋に戻るね」

 ふらふらと立ち上がると、ユリウスがすかさずルカを抱き上げる。ユリウスの腕の中は心地いい。眠気を我慢しながら目をユリウスの首もとにこすり付けた。

「どうした? 眠いなら眠ればいい。ちゃんと部屋まで連れて行ってやる」

 ユリウスがそうしてくれることはもうわかっている。ただ、こんなに甘えてばかりでいいのだろうかと不安にもなる。ルカはユリウスに拾われてから寝てばかりだ。寝て、食べて、また寝て。その繰り返し。屋敷のみんなはそれぞれの役割を担って忙しそうなのに、ルカ一人寝て食べるだけ。そのうちみんな、ルカのことを疎ましく思わないだろうか。

「何を心配しているのか知らんが、余計なことは考えるなよ。ルカの仕事はまずは体を治すことだ。これまでの辛かった分、全て取り戻そうと体が我がままになっているのだろう。逆らわず体を休ませてやれ」

「でも、みんな忙しそうなのに」

「なに。そのうち体が自然と動き出すさ。元気になったら覚悟しておけよ。リサが手ぐすね引いて待っているぞ」

「期待されてるなら、嬉しいけど」

 傷がもう少し良くなって、体が睡眠ばかりを欲しなくなったなら、望むところだ。それにいつか―――。

 ルカは言いかけて、声にはできずまぶたを閉じた。

 いつか、ユリウスの望むことも叶えてみたい。ルカの望みを叶えてくれたように、ルカもユリウスの役に立ちたい。

 思いを口にはできず、ルカは離すまいとユリウスの首に腕を回した。










 
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