堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第五章

これまでのことを知る

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 ユリウスからレガリアの話を聞いた夜。ルカはユリウスの腕の中で、一睡もできずにいた。
 ユリウスの話す内容は、ルカが知らなかったことばかりだった。そんな知らなかった理由によって自分が今まで、王宮にいた他の希少種と違う生活を強いられていたことを知った。

 何より驚いたのは、自分がライニール王とエメレンスの異母妹だという話だった。では、ライニール王は異母妹とはいえ、実の妹であるルカと、ユリウスとしたようなことをしようとしていたのか。

 ルカはぶるっと身震いした。
 いくらレガリアを手に入れるためとはいえ、あんなことをライニール王はルカとしようとしていたなんて。考えただけで吐き気がする。ライニール王となんて絶対にしたくない。いや、ライニール王だけではない。ユリウス以外の人とできる気がしないし、絶対に嫌だ。

 レガリアが王家にとってどれほど重要なものなのか。ユリウスは王の正統性を証明するための大切なものだと言ったが、その辺りの重要性はルカには理解できなかった。
 別にレガリアがなくともライニールは王として君臨している。王の地位は確固としたものだ。ルカにはそう見える。レガリア一つで揺らぐとは思えない。

 けれどユリウスは、バッケル王国にとって精霊からの頂き物であるレガリアは王の正統性の象徴だという。この国にとって、レガリアを戴く者こそが王であり、だからこそ皆が頭を垂れ従う。バッケル王国のはじまりとなったレガリアは、この国の人間には特別大切なものだ。もしレガリアがないことが世間にバレれば、我こそはという者が次々に現れ、玉座から引き摺りおろされる政変が起こるかもしれない。玉座をひっくり返されかねない重大な秘密を、ライニール王は抱えているのだ。

 ルカが生まれた時、レガリアの紋章が腹に浮かび上がったという。そのためにルカは月一あの診察を受けさせられ、死なず生かさず王宮で飼われ続けた。
 エメレンスはそんな妹のルカを不憫に思い、様々な知識を授けてくれた。表立って行動できなかったのは、エメレンスもまた、危うい立場にあるからだそうだ。

 ルカは駆け上がってくる不安感に、ユリウスへ擦り寄った。
 そんな大事なレガリアを、ユリウスがその身に持つことによってもたらされる危険は計り知れない。
 ライニール王はおそらくレガリアを諦めてはいないだろう。ルカの居場所がライニールに知られれば、自ずとユリウスとルカの関係もライニールの耳に入る。
 次に狙われるのはユリウスだ。
 ルカが王宮にいた頃殺されなかったのは、レガリアの所在がルカの体内のどこにあるかを特定できなかったからだそうだ。過去にレガリアを持った者が継承することなく亡くなり、所在がわからなくなったことがあったという。そのために、ライニールはルカの診察を続けた。あの場にオーラフ宰相がいたのもそのためだったのだ。

 でも今は違う。ユリウスの肩にははっきりと所在を知らせる紋章が浮かんでいる。レガリアを奪うために、そんなことのために、ライニールはユリウスを殺すかもしれない。

 ユリウスは何でもないことのように話した。謝る必要もないと言った。もう一度ユリウスとして、この身にレガリアを戻すことができればと思ったが、戻った例はないという。
 そんな大事なこと、隠してあんなことするなんてユリウスは馬鹿だ。セーエキだって一回しか出してないのに、これからの危険を引き受けるなんて割に合わない。

 この先どうやってユリウスに報いればいいのか。考えても考えてもルカにはわからなかった。  









***









 闇の中でもそりと影が動いた。
 夜の遅い執事のカレルも、何かと用事を思い出しては動き出すリサも、眠りの浅い侍医のノルデンも、たまに夜中に厩へ行くことのあるボブも、朝の早いコックのアントンも、ぐっすり寝静まっている真夜中。
 ゲージの扉が音もなく開き、ポポが物音立てずに部屋を抜け出す。眠りの浅いユリウスでも気づかぬほど、眠れずにユリウスの胸に顔を埋めていたルカでさえ気づかない、ほんのわずかな物音さえ立てずに。
 ポポはふさふさの尻尾を揺らしながら、迷いなく廊下を歩いていく。ちょこまかと四足で歩いていたポポは、いつの間にか二足歩行となり、徐々にその姿が大きくなる。次の瞬間には漆黒の髪と瞳を持つ人へと姿を変じ、ある部屋の扉をこれもまた音もなく開き、吸い込まれるように入っていく。

「だいぶ板についているじゃないか。そのうちその姿でも四足で歩きだすんじゃないのか、

 ソファに腰掛けた金髪のラウが、入ってきた者に驚きもせず声をかける。ポポから姿を変じた者は、ラウの言葉に心底嫌そうな顔をした。

「冗談やめてくださいよ、ラウ様。あなただってなかなかお似合いですよ。ユリウスと同じその金髪。それであの子の気を引こうって魂胆ですか。悪趣味にもほどがある」

「そうかい? なかなか似合っていると思わないか?」

「知りませんよ、そんなこと」

 ポポはちらりとベッドに眠る希少種へと視線を送った。ラウと同室の希少種は、深い眠りに落ちている。ラウとポポの話し声にも目を覚ます気配はない。何らかの力が働いているのは明らかだった。 
 ラウは机上の赤い木の実を摘み上げるとポポにも放って寄越した。

「フロール様のお好きだったエルセの実ですね。あの子にもあげたのですか?」

「ああ。驚いたよ。あの子は王宮の林で同じ物を食していたらしい」

「へぇ。そりゃ珍しい。エルセの実は人間混じりに見つけられるようなものではありませんからね」

「だからだよ、ポポ。あの子はより精霊に近しい物を持っている。入れ物としてぴったりじゃないか」

「そのポポってのやめてくれますかね」

「どうしてだい? なかなか君に似合ってるじゃないか」

 くくくとラウは声を抑えて笑った。

「絶対馬鹿にしてますよね」

「そんなことはないさ、ポポ」

 はぁとポポは諦めたようにため息をついた。

「まぁもういいです。なんでも」

 ポポはエルセの実と呼んだ赤い実を口に含んだ。そしてうかがうようにラウを見た。

「しかしほんとにあの子を使うつもりなのですか? あの子は、その、飼われている立場の私からみれば、とてもいいご主人様ですよ。毎朝の掃除は欠かさないし、新しいおもちゃも用意してくれるし、よく遊んでくれる。最近では外に行けるようになって、林でいろんな木の実を自ら拾ってきてくれたりもします。優しい子ですよ、あの子は。それに」

「なんだ? 言ってみろ」

「それに、ユリウスととても仲がいい。その仲を裂くようなことはわたしには―――」

「―――黙れミヒル」

「言ってみろとおっしゃったのはラウ様ではありませんか。私は黙りませんよ。ラウ様だってほんとは気が重いんじゃないんですか。あの子と話せば話すほど、罪悪感が募って、おつらいんじゃありませんか」

「黙れ、ミヒル。それしか方法がないんだ。ならばおまえはフロールがこのままでいいと言うのか」

「そんなことは申しておりません。申してはおりませんが、あの子には何の落ち度もないし、ユリウスにだって何の恨みもない。それなのに」

「黙れと言っている。もう決めたことだ。おまえがいくら何を言おうと私の心は決まっている。フロールのためならば、人間の一人や二人、地獄に突き落とそうと構いやしないさ。実際奴らはそうやって私達を貶めたんだ」

 ミヒルと呼ばれたポポは、ラウの言葉に接ぎ穂を失い項垂れた。伏せた目に入ったエルセの実を一つ摘むと、それをじっと見つめ、ミヒルは立ち上がった。

「おい、ミヒル」

 ラウの呼びかけにも応じず、ミヒルはシマリスのポポへと姿を変じると、来たとき同様音もなく部屋を出ていった。
 
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