堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第七章

無理矢理作った用事とは

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 翌日、ユリウスはモント領館へ行くと、真っ先にコーバスを呼び出した。コーバスには騎士団長として、林の中に放置したドリカの遺体回収を頼んでいた。
 身内の死に際し、コーバスは沈痛な面持ちでユリウスの呼び出しに応じた。

「昨日の経緯を話したい」

 ユリウスは開口一番そう切り出し、ルカから聞いた話も合わせて、昨日あったこと、そこに至るまでの経緯を全て話した。最後まで口を挟まず聞いていたコーバスは、ユリウスが話し終えると「なるほどな」と息をついた。

「ドリカが帰ってから、ずっとエミーの様子がおかしかったんだ。まぁおまえとのこともあったし、クライドのこともあったしで、おかしいのは仕方ないと思っていたんだ。まさかドリカが中央の貴族との縁談をちらつかせていたとはな」

 コーバスはやれやれと呆れながらも、

「ドリカの死は、野盗の類に襲われたものとして処理するしかあるまい。精霊王が刺したとは、誰に言っても通じはしないし、下手人として精霊王を捕らえることもできはしないだろうからな。俺の家のことは心配するな。こっちで始末をつけておくさ」

「頼んだぞ、コーバス」

「しかしな、レガリアだの精霊だの、話が大きすぎて俺には正直頭が痛い」

「他言無用だぞ」

「当たり前だ。俺だって怖くてそんなこと、ペラペラ他人にしゃべるかよ。特にレガリアのことはデリケートな話だ。なんだ、その、精霊の魂だったか? レガリアの正体が何であれ、ライニール王がレガリアを継いでいないとなると、王の座から引き摺り下ろされかねない話だ。そんな重大な秘密、できれば今すぐ忘れたいくらいだ」

「もしも」

 ユリウスは慎重に言葉を選んだ。どうしてもコーバスの意志を確認しておきたいことがあった。

「もしもだ。俺がライニール王と対立することになったとしたら、おまえはどうする?」

 この先も、ドリカのようにルカを狙う者が出てこないとも限らない。ルカがレガリアを持っているとライニール王が思い続ける限り、ルカはこの先も必ず狙われる。その過程でいつかユリウスがルカをかくまってることが露見し、ライニール王と対立することになるかもしれない。
 すでにレガリアは目覚め、本来の姿を取り戻していると説明しても、ライニール王はユリウスの言うことを信じて、引き下がるような相手ではない。ライニールは焦れているはずだ。ばれればもしかしたらルカを取り戻すため、武力を行使してくるかもしれない。ライニール王が号令をかければ、王宮騎士団はじめ各領土から兵が集まり、このモント領に攻め入ってくる可能性もある。
 その時はレガリアのことを世間に公表し、ユリウス側に非のないことを証明するつもりだが、それでも王という絶対的な立場にいるライニール王に、多くの者は従うだろう。
 そのために領民を危険にさらせるのか。
 秤ではかれるようなことではないが、そうならないためにもユリウスは立ち回り方ひとつ間違えるわけにはいかない。

 コーバスはしばらく考えていたが、

「おまえのことだ。決定的に対立する前に、なんとか回避するんじゃないのか? 俺はただモント騎士団長として、この領土を守るために戦うだけだ。その相手がだれであろうとな」

「それで十分だ。コーバス」

 ユリウスはコーバスの肩を叩いた。












 
 毎年の王宮への参内以外で、ユリウスが王都へ行くことはこれまで一度もなかった。地方領主の中には、王都を好んで遊興として年に何度も訪れる者もいるが、ユリウスは基本モント領を離れることはない。この十年、義務以外で一度も行ったことのない王都へ行けば、不審の種をまき、妙なうわさをたてられないとも限らない。
 ユリウスは急ぎエメレンスに文を書いた。これまでの経緯と王都行きの理由をでっち上げるよう頼む内容だ。飛脚に急がせ、次の日の夕刻にはエメレンスからの返信を受け取った。
 書類不備だ。
 エメレンスは一言王都行きへの理由をそう書いてきた。夏前に受け取った報告書の不備なら、確かに王都行きの理由にはなる。それへ領主自ら赴く必要があるかは別として。誠意を示して自ら持参したということなら、ありえない話ではない。
 エメレンスは他に、フロールの体がどこにあるのか。シミオンと相談してみようとも書いていた。もう何千年も前の話であるから、普通なら骨が残っているかどうかというところだぞと皮肉をまじえ、形あることを祈ると結ばれていた。
 確かに普通の人の体ならそうだ。そこはユリウスも気になって、昨日ラウに尋ねていた。
 精霊の体は腐るということがないらしい。完全な形で残っているはずだとラウは言った。それならば容易に探せそうだが、ラウがこの何千年と探し続けて見つからなかったのだ。そう簡単にはいかないのだろう。しかもユリウスは王都にあまり長居はできない。隣国の動きも気になるし、必要以上に長く滞在するのも不自然だ。
 最長で二週間だ。
 ユリウスはそう算段する。それ以上の滞在は無理だ。つまりラウが何千年と探してきたものを、たった二週間で見つけなければならないことになる。

「ユリウス?」

 呼びかけられてユリウスははっと顔を上げた。向かいの席に不安そうな顔をしたルカがスプーンを持ったまま止まっている。
 夕食の席だった。モント領館から帰ってすぐにエメレンスからの返信を読み、考え事をしながら食事をとっていた。厳しい顔つきをしていたのかもしれない。ユリウスはルカを安心させるように顔の緊張を解いた。

「何でもない。まだスープが残っているぞ、ルカ」

「うん。ちゃんと食べるよ」

 ルカはユリウスに促され、スプーンを口に運ぶ。ルカの食欲は目に見えて落ちていた。ルカが戻った日の夕刻、食事にしようと用意したアントンの料理を前に、ルカは食べたくないと首を振った。
 ここに来て、アントンの丹精こめて作った料理を残すことをいけないことだと知ったルカは、極力残さず食べるようになっていた。食事を前に食べたくないと言うのは初めてだった。どうしたのかと心配したユリウスだが、側で見ていたミヒルはフロールがルカの中にいるからだと言った。
 本来精霊は食事を必要としない。その影響をルカも受けている。けれど体はルカのものなので、ちゃんと食べておかなければ維持できないと。
 それで渋々料理に手を付けたルカだ。

 ユリウスは、今日一日何をしていたのかというルカの話を聞きながら、つい食事の手が止まりがちなルカに、何度か匙を運ぶよう促した。
 それでもほとんどのパンを残し、ルカはアントンに謝り、ごちそうさまをした。そのまま席を立ったはいいが、すでに足元がおぼつかない。ユリウスは急いでルカの元へ行き、その体を抱き上げた。

「眠ってもいいぞ。ベッドまで運んでやる」

 二人分の体力を消耗するからか。ルカの眠りも深くなった。ドリカに傷つけられた背中と大腿に負担がかからぬよう抱きかかえる。ルカは甘えたようにユリウスの首に腕を回し、体を預けてきた。すぐに規則正しい寝息が始まる。

「フロール様の体、見つかるんでしょうか」

 ルカの様子を見ながら、リサが心配そうに問いかけてくる。

「いつもなら簡単にこなすようなことも、体が億劫なのか時間がかかっていましたし、昼間もこちらが言わなければ、ほとんど何も口にしようとしませんでしたわ。自分とは別の魂を住まわせるのは、やっぱり大変なことですのね」

「フロールが眠っている状態なら何ともなかったのだがな。意志を持った魂をもう一人分背負うのは、体に負担なんだろう。早く見つけに行かないとな」

「王都へ発つ準備はすでに整っております、ユリウス様」

 ユリウス自ら王都に向かうことを反対するかと思っていたカレルが、今回は積極的に後押しする。リサのように口にはしないが、カレルはカレルなりにルカのことを心配しているのだろう。
 
 ユリウスは翌日、早朝からモント領館へ赴き、一日で二週間分の領主の仕事をこなし、コーバスに後を託して王都へ向けて出発した。


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