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第七章
フロールは妻ではなく妹
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目を開くとルカの目の前には望んだ通りの顔があった。ユリウスはルカの頬に大きな手のひらをあてて、こちらを心配げな瞳で見つめていた。
「ユリウスだ……」
ずいぶん長い間ユリウスと離れていたような気がする。
ルカが呼びかけるとユリウスは目を見張り、「ルカか?」と確かめるようにルカの頬を撫でた。ルカはその碧眼を見、金糸の髪を瞳におさめた。
「ルカだよ」
答えるとユリウスは息も止まるほど強くルカを抱きしめてきた。
「よかった。ルカ、ルカ」
「ユリウス、泣いてるの?」
そう心配するほどユリウスの声は震えていた。ルカもユリウスの首に腕を回し、金糸の髪に頬を埋めた。
「ユリウスの匂いがする」
何より安心できる日向のような、ルカを苛む全てのことから守ってくれる優しい温かさだ。
ひとしきりユリウスの温もりを実感し、堪能したところでルカは顔を上げた。ルカの横たわるベッドの周りにはカレル、リサ、アントン、ノルデン、ボブの姿があり、ルカと目が合うとみんなほっとしたように息を吐いた。ほとんど涙目だったリサは、我慢しきれなくなったようにベッドに駆け寄ると、ユリウスを押しのけてルカを抱きしめた。
「ルカ。ほんとにどうなることかと。よかった。ほんとによかったですわ」
押しのけられたユリウスは苦笑しながら後頭をかき、カレルが見かねてリサをルカから引き剥がした。
「やめなさい。ユリウス様が困っておられる」
「あら。私にとってもルカは大事な家族ですわ。無事を喜んで何がいけませんの?」
「その通りだよ、父さん。僕だってできることならそうしたいところだ。誤解を生むといけないからしないけどね。アントンもノルデンもきっと同じ思いさ」
ボブが肩をすくめてリサを援護する。
「ボブとリサの言う通りだカレル。おまえは昔から人の気持ちが汲めないところがある」
アントンが珍しくボブを擁護し、ボブが驚いたような顔をした。
「今日は馬鹿息子と言われなかったぞ」
「それだけアントンも喜んでいるってことよ」
リサにそう言われ、アントンは急にそっぽを向いた。
「アントン照れてるの?」
ルカがぽつりと呟くと、アントンは「まぁなんだなその…。いろいろとな」と訳のわからないことをもごもご喋った。
「あのさ、喜んでるとこ悪いけど」
それまで部屋の隅で黙って見ていたラウが口を開いた。
「フロールはなんて言ってたんだ? ルカに体を返すってことは、自分はどうするつもりなんだ。何か言ってなかったかい?」
ユリウスがさっと緊張を走らせるのがわかった。ルカを庇うように立った。それを見てラウは軽く笑った。
「もうルカには何もしないさ。フロールが自分の意志でそうするって決めたんだ。僕にはもう何もできやしない」
「フロールは、しばらくわたしの中で大人しくしてるって言ってたよ。ラウに、早くフロールの体を探してって伝えてほしいって」
ルカはフロールとのやり取りをかいつまんでみんなに話した。話しながら、ラウの横でうんうん相槌をうちながら熱心に聞いているもう一人の希少種が気になった。
ルカの知らない顔だ。なのによく知っているような気もする顔。この頷き方、くりくりした黒い瞳。小首をかしげる仕草―――。
「ポポ!」
ルカが思わず大きな声で呼びかけると、ラウの隣に立っていた希少種が照れたように「ども」と頭を下げた。
「ポポ改め、ラウ様の従者ミヒルです。改めてよろしく。ルカ」
「え? ええ!」
自分で呼びかけておきながら、ルカは驚いた。ラウの従者ということは、ミヒルも精霊だったのか。どうりで意思疎通できるわけだ。
「ちょっといいか」
ユリウスが難しい顔をして割って入った。
「さっきルカの話を聞いていて気になったのだが、フロールはラウの妻、ではないのか? ルカの話では妹ということだったが」
「妻だ」
「妹君です」
ラウが妻と答えるのと、ミヒルが妹君と答えるのと同時だった。ラウとミヒルは顔を見合わせた。
「ラウ様。うそはいけません。フロール様はラウ様の妻ではございませんよね」
「妻も同然だ。だいたい妹と言ったって、同じ葉っぱから滴る雫から生まれたというだけ。兄弟など腐るほどいるではないか」
「それはもちろんそうですが、だからといって勝手に妻呼ばわれされては、またフロール様がお怒りになられますぞ」
「今度こそフロールを振り向かせるさ」
「貴方様も諦めが悪うございますな」
「ちょっと待て」
ユリウスは二人の応酬を止め、シミオンがティルブ山の精霊達から聞いたという話をした。
それによるとフロールはバッケル王にさらわれ、凌辱されて子が生まれたという。ラウとミヒルの話を聞いていたら、どうやら様子が違うようだとユリウスは気になったらしい。その話を聞いたミヒルが、「ラウ様」と怖い顔をしてラウを睨んだ。
「よくもまぁ仲間に嘘ばかり並べ立てられましたな。何が凌辱ですか」
「凌辱ってなに?」
ルカが聞くと、ユリウスが「本人の同意なしに無理矢理することだ」と教えてくれる。
「とにかくですな」
ミヒルは白い目でラウを見、誤解を解きましょうと話を続けた。
「フロール様はバッケル王に一目惚れされて、ご自身の意志で王都まで行かれたのです。相思相愛であられましたよ、はい。それはもう。誰がどう見ても。ただバッケル王にはすでに正妻がいて、フロール様のことを妬んだ正妻が、フロール様のことを刺し、体を遺棄したのです。けれど刺されたからといって精霊は死にません。ただショックでフロール様は魂と体がばらばらになり、魂を硬い殻で覆って守られたのです。けれど魂というものはそれ単体では生きられません。そのためフロール様の魂はその時々に応じて居心地の良い体に寄生し、形を保っておられたのです」
「ならば今ルカの中にいるフロールも、新たな宿主がいない限り出ていけないということか?」とユリウス。
「その通りです。しかも今までは眠った状態の魂だったからこそ一つの入れ物に二つの魂が共存できました。が、目覚めたフロール様がルカの魂を追いやったように、本来は一つの入れ物にどちらかしか存在できないもの。つまり今のルカの状態は非常に不安定てす。一刻も早くフロール様の体を見つけ、フロール様をルカの中から出す必要があります」
「なるほどな。つまり我々は王宮にあるというフロールの体を探しに、王都まで出かけなければならんということだな」
ユリウスは腕を組んで虚空を見据えた。
「ユリウスだ……」
ずいぶん長い間ユリウスと離れていたような気がする。
ルカが呼びかけるとユリウスは目を見張り、「ルカか?」と確かめるようにルカの頬を撫でた。ルカはその碧眼を見、金糸の髪を瞳におさめた。
「ルカだよ」
答えるとユリウスは息も止まるほど強くルカを抱きしめてきた。
「よかった。ルカ、ルカ」
「ユリウス、泣いてるの?」
そう心配するほどユリウスの声は震えていた。ルカもユリウスの首に腕を回し、金糸の髪に頬を埋めた。
「ユリウスの匂いがする」
何より安心できる日向のような、ルカを苛む全てのことから守ってくれる優しい温かさだ。
ひとしきりユリウスの温もりを実感し、堪能したところでルカは顔を上げた。ルカの横たわるベッドの周りにはカレル、リサ、アントン、ノルデン、ボブの姿があり、ルカと目が合うとみんなほっとしたように息を吐いた。ほとんど涙目だったリサは、我慢しきれなくなったようにベッドに駆け寄ると、ユリウスを押しのけてルカを抱きしめた。
「ルカ。ほんとにどうなることかと。よかった。ほんとによかったですわ」
押しのけられたユリウスは苦笑しながら後頭をかき、カレルが見かねてリサをルカから引き剥がした。
「やめなさい。ユリウス様が困っておられる」
「あら。私にとってもルカは大事な家族ですわ。無事を喜んで何がいけませんの?」
「その通りだよ、父さん。僕だってできることならそうしたいところだ。誤解を生むといけないからしないけどね。アントンもノルデンもきっと同じ思いさ」
ボブが肩をすくめてリサを援護する。
「ボブとリサの言う通りだカレル。おまえは昔から人の気持ちが汲めないところがある」
アントンが珍しくボブを擁護し、ボブが驚いたような顔をした。
「今日は馬鹿息子と言われなかったぞ」
「それだけアントンも喜んでいるってことよ」
リサにそう言われ、アントンは急にそっぽを向いた。
「アントン照れてるの?」
ルカがぽつりと呟くと、アントンは「まぁなんだなその…。いろいろとな」と訳のわからないことをもごもご喋った。
「あのさ、喜んでるとこ悪いけど」
それまで部屋の隅で黙って見ていたラウが口を開いた。
「フロールはなんて言ってたんだ? ルカに体を返すってことは、自分はどうするつもりなんだ。何か言ってなかったかい?」
ユリウスがさっと緊張を走らせるのがわかった。ルカを庇うように立った。それを見てラウは軽く笑った。
「もうルカには何もしないさ。フロールが自分の意志でそうするって決めたんだ。僕にはもう何もできやしない」
「フロールは、しばらくわたしの中で大人しくしてるって言ってたよ。ラウに、早くフロールの体を探してって伝えてほしいって」
ルカはフロールとのやり取りをかいつまんでみんなに話した。話しながら、ラウの横でうんうん相槌をうちながら熱心に聞いているもう一人の希少種が気になった。
ルカの知らない顔だ。なのによく知っているような気もする顔。この頷き方、くりくりした黒い瞳。小首をかしげる仕草―――。
「ポポ!」
ルカが思わず大きな声で呼びかけると、ラウの隣に立っていた希少種が照れたように「ども」と頭を下げた。
「ポポ改め、ラウ様の従者ミヒルです。改めてよろしく。ルカ」
「え? ええ!」
自分で呼びかけておきながら、ルカは驚いた。ラウの従者ということは、ミヒルも精霊だったのか。どうりで意思疎通できるわけだ。
「ちょっといいか」
ユリウスが難しい顔をして割って入った。
「さっきルカの話を聞いていて気になったのだが、フロールはラウの妻、ではないのか? ルカの話では妹ということだったが」
「妻だ」
「妹君です」
ラウが妻と答えるのと、ミヒルが妹君と答えるのと同時だった。ラウとミヒルは顔を見合わせた。
「ラウ様。うそはいけません。フロール様はラウ様の妻ではございませんよね」
「妻も同然だ。だいたい妹と言ったって、同じ葉っぱから滴る雫から生まれたというだけ。兄弟など腐るほどいるではないか」
「それはもちろんそうですが、だからといって勝手に妻呼ばわれされては、またフロール様がお怒りになられますぞ」
「今度こそフロールを振り向かせるさ」
「貴方様も諦めが悪うございますな」
「ちょっと待て」
ユリウスは二人の応酬を止め、シミオンがティルブ山の精霊達から聞いたという話をした。
それによるとフロールはバッケル王にさらわれ、凌辱されて子が生まれたという。ラウとミヒルの話を聞いていたら、どうやら様子が違うようだとユリウスは気になったらしい。その話を聞いたミヒルが、「ラウ様」と怖い顔をしてラウを睨んだ。
「よくもまぁ仲間に嘘ばかり並べ立てられましたな。何が凌辱ですか」
「凌辱ってなに?」
ルカが聞くと、ユリウスが「本人の同意なしに無理矢理することだ」と教えてくれる。
「とにかくですな」
ミヒルは白い目でラウを見、誤解を解きましょうと話を続けた。
「フロール様はバッケル王に一目惚れされて、ご自身の意志で王都まで行かれたのです。相思相愛であられましたよ、はい。それはもう。誰がどう見ても。ただバッケル王にはすでに正妻がいて、フロール様のことを妬んだ正妻が、フロール様のことを刺し、体を遺棄したのです。けれど刺されたからといって精霊は死にません。ただショックでフロール様は魂と体がばらばらになり、魂を硬い殻で覆って守られたのです。けれど魂というものはそれ単体では生きられません。そのためフロール様の魂はその時々に応じて居心地の良い体に寄生し、形を保っておられたのです」
「ならば今ルカの中にいるフロールも、新たな宿主がいない限り出ていけないということか?」とユリウス。
「その通りです。しかも今までは眠った状態の魂だったからこそ一つの入れ物に二つの魂が共存できました。が、目覚めたフロール様がルカの魂を追いやったように、本来は一つの入れ物にどちらかしか存在できないもの。つまり今のルカの状態は非常に不安定てす。一刻も早くフロール様の体を見つけ、フロール様をルカの中から出す必要があります」
「なるほどな。つまり我々は王宮にあるというフロールの体を探しに、王都まで出かけなければならんということだな」
ユリウスは腕を組んで虚空を見据えた。
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