堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

文字の大きさ
79 / 91
第七章

希少種が奴隷になった理由

しおりを挟む
 ユリウスが浴室から戻ると、ベッドの上にルカがちょこんと座っていた。

「ルカ……」

 呼びかけて、こちらを向いた瞳にすぐに違和感を覚えた。

「フロールか?」

「ええ。ルカは眠っているわ。ごめんなさいね、突然出てきたりして。深層にずっといるのも窮屈だったの」

「深層とは?」

「ルカの意識の底の世界よ。ルカの世界はね、一人で暮らした王宮の林なの。誰もいない寂しい場所よ。ルカが戻ってからは少し暖かくなって緑が増えたから、ユリウスの元できっと安心しているのねと思っていたの」

「王宮の林か。俺も王宮には何度も出入りしているが、林には行ったことがないな」

 林は真正面から王宮に入る際にはあまり目につかないが、王宮内の部屋によっては林の緑が臨める箇所がある。

「みんなあの林を避けているものね。なぜだか知ってる?」

「いや」

 避けているという意識はなかったが、王宮の裏手に広がる林にあえて足を向けなかったのはそうだ。用がなかったといえばそうなのだが、ルカの話では林には小川が流れていると言っていた。王都の深刻な水不足を思えば、その小川から水を汲むことをなぜ誰も提案しないのか。不思議ではある。

「あの林は元々私が作ったものなの。そうしたわけじゃないけど、そのせいかあの林は人が入り込むのを嫌うのよね」

「林が意志を持って人を遠ざけていると?」

「信じるかどうかはあなたの勝手よ。ねぇ」

 それよりも、とフロールはルカの体をぺたぺたと触り、ユリウスを見上げた。

「この子、ずいぶん痩せたんじゃないかしら?」

「ああ。ミヒルはあなたがルカの中にいるせいだと言っていた」

「そういうことね。私がいると、思ってもいないところにまで影響があるのね」

 フロールはつと立つとエルセの実が入った革袋を小卓から取り上げた。

「これだけでは人の体は保てないわ」

「それでも食べないよりはましだろう?」

「ねぇ。何か食事は用意できる? 私がこの子の代わりに食べておくわ」

 願ってもない提案だ。
 ユリウスはカレルに言付け、宿の者に食事を用意させた。夕食の終わった夜だったが、パンにスープ、サラダと鶏肉の香草焼きが出てきた。
 フロールはテーブルに並んだそれらの料理に目を輝かせた。

「まぁ。こんな食事久しぶりだわ。王宮にいた頃以来かしらね」

 ではさっそくとフロールはナイフとフォークをとると食事にとりかかる。実に美味しそうに食べる。

「精霊は食事を必要としないのではないのか?」

「でも私、食べるのは好きなのよ」

 その言葉通り、あっという間に料理を平らげた。

「聞いてもいいか?」

「何かしら?」

「あなたとバッケル王は愛し合っていたと言ったな。ではなぜその二人の子である希少種が、今はこんなふうに虐げられているのだ?」

 本来ならバッケル王が希少種の地位をより高いものにしていてもおかしくない。けれど実際には希少種は長い間奴隷として貶められている。
 シミオンはそのはじめがわからないと言っていた。

「ああ、それね」

 フロールは推測だけれどと前置きして、

「たぶん、というか絶対にバッケル王の正妃の仕業ね。私とバッケル王との子を認めるのが嫌だったのよ。正妃としてのプライドなんでしょうね。私にはそういうの、よくわからないけれど。だって二人が愛し合っていないことは、誰の目にも明らかだったんだから」

 それでも精霊との間にできた子を、正妃は許せなかった。人の感情は難しいわねとフロール。

「私が精霊だということも、バッケル王と正妃くらいしか知らなかったんじゃないかしら。だから都合よく歴史は書き換えられ、あげくに私の魂がレガリアなんて呼ばれてありがたがられたのよ」

 自分が殻に閉じこもっている間のことは、ラウから聞いてフロールなりに考えたらしい。
 そのラウとミヒルはと問えばフロールは、

「もう今頃王都に着いてるでしょうね。全くラウはほんと勝手なんだから。無茶してないか心配だわ」

「フロールとラウはその、本当にそういう関係ではないのか?」

 二人の応酬を見ていると、本当に夫婦なのかと思った。
 ユリウスがそう言えば、フロールは笑った。

「ラウは私の夫になる精霊王だと、生まれた時からずっとそう言われてたの。向こうもその気でね。私、それに反発したかったの。ただそれだけ。ラウのことは嫌いじゃないわ。あの人私がいなかったら、何するかわからないんだもの」

 これからのことはきっと時間が解決してくれるとフロールは言った。
 「ところで」とユリウスは肝心なことを聞いておかねばと話を変えた。

「フロールは、刺された後のことは覚えていないのか? 体がどこにあるか。何か心当たりは?」

 刺された衝撃で体と魂が分離し、どれほどの時間で魂が殻に籠もったのかわからないが、そこに時間差があるのなら自分の体の行方について何か思い当たることはないのだろうか。
 ユリウスが聞くと、フロールは「ごめんなさいね」と首を振る。

「刺されて分離して殻に閉じこもるまで、あっという間だった。そうしないと私自身、消えてしまう危険があったの。おかげでただでさえ短い人の一生。あの人といられる時間もうんと少なかったわ」

 瞳を伏せて憂えるルカの顔をしたフロールに、ユリウスはどうしていいのかと戸惑った。フロールはけれどすぐに顔を上げた。

「でもね、後悔はしてないのよ。いろいろと。正妃のことも恨んでない。私にはたくさんの同胞がいるし、寂しさも苦しさもこの先慰めてくれる仲間がたくさんいるものね。ラウもああ見えて、ほんとは優しいのよ」

 フロールはにこりと笑う。

「そろそろ私はまたルカの中に戻るわね。あ、安心して。いちゃいちゃしている時に、突然出てくるような無粋な真似はしないから」

 ウィンクしてフロールはベッドに自らうつ伏せに横たわると瞳を閉じた。すぐに始まった規則正しい寝息は、いつものルカのものだった。
 こうして王都へ向かう一日目の夜は更けた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...