堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第七章

その頃久しぶりのオーラフ宰相は

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 ヘルハルト・オーラフは、その頃王都にある屋敷で、珍しい訪問客を迎えていた。

「ご無沙汰しております。父上、母上」

 ヘルハルトが深々と頭を下げると、父と母は慌てた。

「おやめください。今やヘルハルト様はこの国の宰相様。辺境のしがない男爵家の者に頭を下げてはなりません」

「父上。いくら養子に出たからと言っても、あなたが私の父であることには変わりありません。母上も。よくぞ遠いところをお越しくださいました。それに」

 ヘルハルトは父と母の一歩後ろに控えている少女を見た。茶色の巻毛がふわふわとした少女だ。それ以外はこれといって特徴のない凡庸な顔立ちだ。
 ヘルハルトの視線を受けて、少女ははっとしたようにこちらを見上げた。

「あの、あの、私は……」

 緊張して碌に自己紹介もできない。この容姿でも、利発ならまだ救いようがあるのだが。
 口ごもった少女の代わりに父が先んじた。

「これは末の娘のエミーです。エミーが産まれたのは、ヘルハルト様が養子に出られた後でしたから、お目にかかるのは初めてかと思います」

「そうですね。エミー。はじめまして。ヘルハルトです。コーバスは元気でやっていますか?」

「あ、はい。元気です」

 なんとかそれだけ答え、あとはもじもじと下を向く。気の利いた会話もできないとみえる。これが血を分けた我が妹かと思うと何とも嫌な気分だ。薄茶の髪色が自分と同じだが、瞳はヘルハルトと違って髪と同じ薄茶だ。ヘルハルトの瞳の色は薄い水色で、母と同じこの色を継いだのは、兄弟の中でもヘルハルトだけのようだ。

 ヘルハルトはもとフルン家男爵家の長男だった。普通は長男が養子に出ることはないのだが、ヘルハルトの水色の瞳を見た先代のオーラフ子爵が、ぜひにと懇願した。
 というのも、オーラフ家の男子はみな薄い水色の瞳が特徴的な容姿をしており、子のなかった先代のオーラフ子爵は、同じ瞳の色を持つ者を探していた。
 そのお眼鏡に叶ったのが、ヘルハルトだった。
 ヘルハルトはこのままモント領に残れば、男爵家の地位も約束されている長男だ。でも、中央に出て力試しをしたいという欲望もあり、反対する父母を押し切ってヘルハルトは養子に出た。
 そこからの道のりは平坦ではなかった。
 もと田舎男爵家で育ったヘルハルトにとって、王都での暮らしは想像以上に苦しかった。所作を一から学び直し、言葉遣いを改め、寝る間も惜しんで政治のことを勉強した。
 同時に人脈づくりにも励み、ライニール王にも取り入る伝手をつかんだ。王太子だったライニール王の信頼を勝ち得、ライニール王が即位すると宰相の座をもぎ取った。
 全てが順調だった。ヘルハルトは中央貴族としてこれ以上ない地位にまでのぼりつめた。

「本来ならこのようにお訪ねすることは無礼だと承知の上でやって来ました。どうぞお許し下さい」

 父はそう前置きし、今回わざわざ王都まで来た理由を切り出した。父の言う通り、一度養子に出した息子に会うには、まずは先代のオーラフ子爵を通すべきだ。それをせず、直接会いに来たからには何かよほどのことがあるのだろう。

「どうか気兼ねなくお話下さい」

 ヘルハルトは応接間のソファを父、母、妹にすすめると話の先を促した。

「実は、エミーのことで折り入ってお願いがございます」

 なるほど。そういうことか。
 ヘルハルトはすぐにピンときて、父母の横に座る凡庸な娘に目をやった。年頃の娘だ。さしずめ何かいい縁談をという話だろう。
 果たして父の願いはヘルハルトの想像通りで、中央の権力者である息子に、妹のよい縁談先を世話してやってくれないかというものだった。
 そういうあてならいくつもある。最後の親孝行として適当な者をあてがってやっても、ヘルハルトには損もないし得もない。どちらでもよい話だ。

「そういうことならお任せください」

 色よい返事を返すと、父も母もほっとしたように肩の力を抜いた。

「そう言っていただけて有り難いことです。実は色々ありまして。エミーは一度婚約したのですが、相手に一方的に断られ、意気消沈していたところ、ドリカが来られましてな。覚えておいでか? 遠い縁戚に当たる方なのだが」

「……ああ」

 思い出した。ルカの夜伽の準備を命じた侍女だ。しくじって、確か暇を出されたはずだ。そういえば遠い縁戚だと聞いたことはある。

「そのドリカが何か?」

「ドリカが見かねて、エミーに中央の貴族を紹介してくれると約束し屋敷を後にされたんだが、しばらくしてから遺体が見つかりましてな」

「亡くなったと?」

 それで伝手がなくなり、ヘルハルトを頼ってきたのか。

「はい。北の国境線近くの林の中に遺棄されておりまして。ドリカが当屋敷から去られてだいぶあとのことで、私共もドリカがまだモント領内にいるとは知りませんでした。コーバスの話では胸を一突きにされており、おそらく野盗の類に襲われたのではということでした」

「ほう。そうなのですか」

 野盗に襲われて殺されることはありえない話ではない。身なりも悪くなかっただろうし、狙われた可能性はある。

「しかし妙な話です。なぜ我々にも告げずあんな林の中へ行ったのか。それに、野盗に襲われたとされながら、遺品として身につけていた宝石が我々のもとに返ってきたのです。あれほどの品を取らずに去るとはおかしな盗賊もあったものです」

「コーバスはなんと?」

「他にも金目の物を持っていて、それだけ奪って去ったのだろうと推測しておりました。実際、ドリカが何を所持していたのかまで我々は知りませんので」

「なるほど」

 ヘルハルトは頷きながらも、どこか納得のいかないものを感じていた。
 昔からそういうちょっとした綻びのような物を、敏感に察知する直感が働く。ヘルハルトは会話を適当に切り上げ、父母が何度も頭を下げて屋敷を出ていくとすぐにコーバス宛てに手紙を書いた。
 弟は信頼に足る男だ。政変後、ベイエル伯をモント領主に配置換えしたのも、コーバスがそこにいたからだ。最大の政敵であったベイエル伯に何か不穏な動きがあれば、すぐに伝えるようコーバスには頼んでいた。
 結局当のベイエル伯は毒気を抜かれ、息子にその座を譲ったが、コーバスは息子のユリウスの動向も逐一報告してくれていた。
 その報告もここ何年も途絶えている。途絶える前の最後の報告には、ユリウスに中央への野心なし。国境線の守りとしてこれほどの適任者はないとだけ記してあった。
 その言葉通り、ユリウスは年一度の王都参内もきっちりこなし、この十年、隣国との国境線を守り抜いている。
 コーバスへの書簡は久しぶりのことだ。
 ヘルハルトは、妹エミーの縁談は心配するなと請け合うところから書き始めた。


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