堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第七章

王都を巡る水路

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 急ぎに急いだユリウス一行は、四日後の夕刻間際に王都にあるモント領主邸に入った。
 ルカたちが領主邸に入るとすぐにエメレンスとシミオンがお忍びでやって来た。ユリウス、ルカと共に早速今後の打ち合わせをしようと応接間に籠もると、エメレンスは「ほらおいで」とルカに両手を広げた。いつもなら迷わずその腕に飛び込むのだが、ルカは躊躇した。昨夜もユリウスとしたばかりだ。相手はエメレンスだけれど、兄とはいえ他の男の人の腕に飛び込むのは、なんとなく違う気がする。
 ルカはエメレンスの側まで行ったが、一歩手前で踏みとどまった。
 エメレンスはおや?という顔をした。

「ルカ。久しぶりだね。元気だったかい?」

「エメレンスも元気だった?」

「ああ。ルカはまた更に女の子らしくなったね。胸もまた大きくなったんじゃないかい?」

「そうかな。でもまだ小さいよ?」

「どれどれ」

 エメレンスがルカの胸に伸ばそうとした手はユリウスにつかまれた。

「あいてっ。強く握りすぎだ。ユリウス。心配しなくても、もう触ったりはしないさ」

 エメレンスは大仰につかまれた手を振り、ユリウスを睨み返した。

「ルカももうこの腕には飛び込んできてくれなくなったようだしね。寂しい限りだよ」

 エメレンスは心底残念そうに両腕を所在なげに下ろすと、ソファに座り込んだ。そんなにがっかりされるとなんだか申し訳ない。少しくらいならいいかなとルカがエメレンスの側に行こうとすると、横からユリウスの腕が伸びてきて阻止された。
 そこへ、扉がノックもなしに開き、ラウとミヒルが姿を現した。

「やっと着いたのか。待ちくたびれたぞ」

 ラウは部屋の中の面々を不遜に見渡し、おそらく初めて顔を合わせたであろうエメレンスとシミオンに一切の自己紹介もなく、ソファに腰をおろした。

「おまえから紹介してくれ、ユリウス」

 いきなりの闖入者に、シミオンが眉間に皺を作って渋面を作る。ユリウスはラウとミヒルを二人に紹介した。
 エメレンスとシミオンには、これまでのことを文で知らせているとユリウスは言っていた。ラウとミヒルの名に、すぐに二人はああと頷いた。

「ではこちらがレガリアに逃げられた間抜けな、おっと失礼。一途な精霊王か」

 シミオンの言葉に、ラウの眉がぴくりと動いた。ラウはシミオンとエメレンスを順に指で指しながら、

「おまえのことも、おまえのことも僕は知っているぞ。頭でっかちな神秘官長官に、人の顔色ばかり見ている王弟だ」

「知識が詰まっていると言ってくれ」とシミオン。

「そういうのを、世間では世渡り上手と言うのさ」とエメレンスがそれぞれラウの言葉を言い換える。意地の張ったやり取りに、ユリウスが横で苦笑いしている。ミヒルはと見れば、ぱちりと目があった。ルカと目が合うとミヒルはすぐにふいとそらした。
 そのしぐさはルカにポポの姿を思い出させた。考えてみればミヒルがポポなら、今までユリウスとしたあんなことやこんなことは全てポポに見られていたということだ。ポポはいつもゲージの中にいた。
 うわぁ。
 ルカは一人で赤面した。足を大きく広げているあの格好も恥ずかしいし、どうしても漏れる声も恥ずかしい。ユリウス相手でも恥ずかしいと思っているのに、それをミヒルという精霊に見られていたなんて。
 ささっとユリウスの影に隠れると、ユリウスが「どうした?」と聞いてくる。

「何でもない」

 ルカはそう言いながらも話し合いの間中、ずっとユリウスの腕にしがみつき、顔を半分くらい隠していた。










 ユリウスの文をもらってから、エメレンスとシミオンは話し合いを重ね、フロールの体の所在について見当をつけようとしたらしい。
 シミオンは昔の記録を書庫から引っ張り出し、バッケル王の正妃が当時どの部屋を使っていたのか。フロールの部屋はどこだったのかをまずは調べたという。けれどフロールのことについて触れた記録は一切なく、こちらは断念。正妃の部屋は、今のライニール王の正妃と同じ、王宮内の正妃の間だった。
 また歴史書を紐解いてフロールの刺された時の状況を、詳しく調べようとしたが、こちらも同じく見つからなかったという。

「往々にして都合の悪いことは伏せられる。ふんっ。国とはそんなものだ」

 そのことがよほど気に入らなかったらしい。シミオンは忌々しげに吐き捨てた。

「私が歴史書を編纂するなら、全ての事実を隈なく記してやる。今ならば、アルメレ川の川筋を変えたあの大規模な工事の無駄さ加減を特筆すべきだな」

「気持ちはわかるがやめておけよ、シミオン。首がいくつあっても足りないぞ」

 穏健派のエメレンスがシミオンをたしなめる。そんなやり取りをラウは我関せずと眺めていたが、ちらりと底の見えない黒い瞳でルカの方を見た。
 ラウは、エルセの実をとってきてくれるし、とても好きだったけれど、無理矢理レガリアを飲まされた時のことを思い出すと怖くなる。
 視線を避けるようにますますユリウスの腕に顔を隠した。

「で? 結局おまえらの結論はなんなんだ?」

 本来の主旨から離れた話し合いに、ラウがそう結論を迫ると、エメレンスとシミオンは顔を見合わせ、同時に言った。

「「さっぱりわからん」」

 ラウは呆れて口をぽかんと開いた。

「これどけ雁首揃えておきながら、何の目処もないと? 呆れた連中だな。本当に探す気はあるのか?」

「おい、精霊王。何千年と見つけられなかった貴様には言われたくない」

 シミオンがふんっと鼻で笑う。

「僕は王宮内のことは詳しくないんだ」

「何千年と探して詳しくないとはよく言えた」

「おまえ、僕に喧嘩を売っているのか?」

「まさか。喧嘩というものはお互い対等な立場同士でするものだ。いつひねり殺されんとも限らん奴にふっかけるか」

「まぁよせ。シミオンもラウも冷静になれ」

 見かねたユリウスが割って入ると二人は言い合いをやめたがそっぽを向いた。

「で、シミオン。実際のところはどうなのだ?」

 ユリウスがシミオンに再び水を向ける。シミオンは黒いローブの下から灰色の瞳を瞬かせた。

「王宮と一口に言っても広いからな。裏手の林も含め、離宮やホールなんかも含めるとかなりの範囲だ。正妃自らフロールの体をどこかに捨てたとも思えんしな。が、バッケル王の寵妃だったフロールを人目につかずそれほど持ち運べるとも思えん。そこでだ」

 シミオンはローブの下から一枚の紙を取り出しテーブルに広げた。ユリウスの腕から顔を上げて覗くと、どこかの地図のようだ。縦横に走った複雑な通路が描かれている。

「これは?」

 ユリウスが問うと、シミオンは

「持ち出し厳禁の水路の地図だ。ここ。見てくれ」

 地図の一点を指差す。

「ここに紋章が描かれているだろう?」

「これは、フロールの紋様だ」

 シミオンの指した図柄を見て、ラウが言う。ユリウスの肩にレガリアがある時に浮かび上がっていたものと同じ模様だ。

「ここに、なぜこんなものが描かれているのか。精霊王。何か心当たりはないか?」

 シミオンに問われ、ラウは「わかるさ」と頷いた。

「フロールの痕跡がここにあるのだろうな。精霊はその力を使った場所や存在する場所に自分の紋様を残すことがある。ここ、」

 ラウはトントンと地図上の印をついた。

「フロールが開いた地下水脈の源泉かもしれない。あいつ、バッケルに請われて地下水の噴き出し口を開いたからな。王宮の裏手を流れる小川は一旦地下に潜り、地下水脈になっている。小川の水量はさほどではないが、長い年月を経て溜まった地下水脈の水量は膨大だ。その地下水脈を開いて、王都に水を巡らせたのは、フロールだからな。そこはおそらく水脈の噴き出し口だ」

 さきほど言い合いをしていたとは思えないほどラウは冷静に答える。シミオンもつい数分前のやり合いはなかったかのようにラウの話に聞き入っている。

「なるほど」

 シミオンはにやりとした。ユリウスも何かわかったのか、「なるほどな」と頷いた。

「何かわかったの?」

 ルカが聞くと、ユリウスは「おそらくだがな」と前置きして、

「ここ何年も続く王都の水不足の原因こそが、フロールの体の在り処を示すヒントだったのだ」

「どういうこと?」

「王都の水路が枯れたのは、地下水脈の噴き出し口が閉まっているからだと考えれば、その噴き出し口を塞いでいるものは一体何か」

「あっ」

 ルカにもわかった。
 フロールの体だ。フロールの体が、水路を巡る内に噴き出し口にまで辿り着き、その出口を塞いでいる。だから王都の水路は枯れてしまった。

「じゃあフロールは水路に投げ入れられたってこと?」

「捨て場所としては悪くない。重しでもつけて沈めてしまえばわからないからな。それに水路なら王宮内のどこにでもある。運ぶ手間もなかったろうし、一刻も早く隠すには最適だ」

「ユリウスの言う通りだ。しかしな。一つ問題がある」

 シミオンが地図を数カ所を順に示した。

「ここと、こことここ。他にもまだ何か所か。地図上ではあるが、実際には通れない箇所がいくつかある。さっきはさっぱりわからんと言ったが、なんとなく水路のことが気になってな。昨日エメレンスとこの地図を持って水路を巡ってみた。経年劣化で崩れている場所や、あるにはあるが狭くて通れない通路など、この地図だけではわからんことがあった」

「最深部のこの噴き出し口にまで行こうと思えば、かなりの調査が必要だな。それにシミオンはともかく、私はそう頻繁に仕事を抜けられん。とても一二週間で調べられるものではないな」

 エメレンスが腕組みして言う。
 ルカはでもその時一人の希少種の存在を思い出した。

「ハルムならわかるかもしれないよ」

「あいつか」

 ユリウスが苦虫を噛み潰したような顔をした。ハルムはルカを晩餐会のさなか、ブラウ離宮から連れ去った希少種だ。ルカだってハルムにはあまりいい思いはないが、ハルムは王宮から水路を伝って逃げ出した。水路が王宮から外へと続く道を見つけるまでには、王宮内の水路を巡って逃げ道を探ったことだろう。
 誰よりも水路に詳しいはずだ。

「もう二度とルカには近づけたくないんだがな」

 ルカとて、自分で提案しておきながら、できれば会いたくない人物の一人ではある。

 ユリウスはしかし、「この際仕方がないか」と息をつき、「あいつとは口をきくなよ」とルカを抱き寄せた。



 
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