堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

文字の大きさ
82 / 91
第七章

厄介な協力者

しおりを挟む
 一日でも日が惜しい。
 ハルムに協力を仰ぐと決めると、ユリウスはエメレンス、シミオン、ラウ、ミヒルと共に早速ハルムの家を訪れた。
 ルカも行くと言ったのだが、夜とはいえ希少種が王都を出歩いていては目立つ(ラウとミヒルは髪と瞳を鮮やかな赤に変えていた。逆に目立っているのだがそのことは置いておこう)。
 ハルムにも極力会わせたくないし、ユリウスは「先に休んでいるように」とルカをベッドに押し込めた。
 ルカは不満そうだったが、体力的にはきつかったのだろう。髪を撫でてしばらくついていると、すぐに寝入った。
 この旅の間、夜中にフロールが起き出してきてルカの代わりに食事を摂るようになった。旅の初日に、ルカがあまり食事をしないことをフロールに伝えた日からだ。フロールはよく食べた。そこからルカの体力は少しずつ改善している。とはいえまる四日ほど馬車に揺られ続けたのだ。疲れもでる。
 ユリウスはあとをカレルとリサに任せ、ハルムの家へ向かった。

 ハルムの家の、粗末な扉を叩くと、隙間から黒い瞳が覗いた。ユリウスの顔を見ると、驚いたように口をぽかんと開いた。

「邪魔するぞ」

 ユリウスは隙間に指をかけ、扉を全開にすると中へ入った。それへエメレンス、シミオン、ラウ、ミヒルも続く。突然押しかけてきた男五人に、ハルムは目を白黒させた。

「い、一体何事だ?」

 ハルムは部屋の隅まで後ずさりし、大きな体躯を縮めた。ずらりと取り囲むように並んだ男達を、泣きそうな顔で順に見る。

「ル、ルカを襲ったことなら、あの時強烈なパンチを食らったろう? あれでお咎めなしだったんじゃないのか? 今更やって来て、一体何の用だってんだ」

「何か勘違いしているようだが、あれしきのことでおまえを許したわけじゃないからな」

「きょ、今日はルカは?」

 この状況でルカのことを口にするとはいい度胸だ。

「おまえになど二度と会わせるか」

「おいおいユリウス。それこそその話をしに来たわけではないだろう?」

 エメレンスにぽんぽんと肩を叩かれ、再燃しかけた怒りをおさめた。そうだった。早く本題に入るべきだった。

「あの時のことは未だに腹に据えかねてはいるが、今日はそのことで来たのではない。シミオン」

 ユリウスはシミオンに地下水脈の地図を広げるよう頼んだ。
 シミオンはぐるりと部屋の中を見渡し、片手を顔の前で振った。

「埃っぽいが、悪くない家だ。ちょっと失礼」

 シミオンはテーブルの上にあったナフキンやタオル類を全て床に落とすと、そこに地下水路の例の地図を広げた。

「あー。せっかくさっき洗ったとこだったのによ。どけるなら、せめてどこかの上に置いてくれよな」

 ハルムはブツブツ文句を言いながら、床に散らばった物を拾い、ベッドの上に載せた。一体何が始まるのかとハルムはその足でテーブルまで近づくと、広げられた地図を見た。

「これって」

 ハルムは地図をひと目見て言い当てた。

「地下水路の地図だな。ひえー。よくできてるな。俺が知ってる水路と一緒だ」

「それはそうだろう。王宮内の書庫から失敬してきたのだからな」

 シミオンが自慢にもならないことを自慢気に言う。ハルムはフードを目深に被ったシミオンを気味悪げに見た。

「王宮からって。おたくたち、何者?」

「知らなくていいことを無理に知ろうとするするな。あとあと厄介なだけだ」

「確かにフードの旦那の言う通りだ」

 シミオンはふんと鼻をならした。

「利口で結構。おまえに聞きたいのは、この地図上のこの地点」

 シミオンは紋様の描かれた箇所を指さした。水脈の噴き出し口と思われる箇所だ。

「ここに至るまでの道順を教えてほしいのだ。この地図だけでは実際に通れるかどうかわからないからな」

「何だってこんなとこに、ってそれは聞かない方がいいんだったな」

 ハルムはうーんと首を捻った。

「これって教えたら、何か俺に得はあるのか?」

 それを聞いてエメレンスが、とんとんとハルムの胸を小突いた。

「ほう。大層な口をきくな。自分の立場をわかって言っているのか? おまえが本来は王宮奴隷で、水路を使って逃げ出してきたのだと今すぐ人事官に通報してもいいんだぞ?」

「まっ、待ってくれよ。誰も教えないとは言ってないぞ」

「なら早く教えろ」

 ハルムはエメレンス、次いでシミオンを見てちぇっと舌打ちしつつも、

「ここと、ここと、あとここ」

 ハルムは指で数カ所の位置を順に指した。

「崩れていて通れない。それにここはこんなに広い通路じゃないぞ? 猫が一匹通れるくらいの幅しかない」

「ふむふむ。なるほど」

 シミオンは地図上に取り出したペンで印をつけていく。王宮書庫持ち出しの地図に、書き込みをして許されるものなのか。この際、見なかったことにしよう。
 ハルムはその後も次々に地図上の違いを正していった。やはり相当水路には詳しいようだ。

「それで? 道順としてはどこを通るのが確実だ?」

 シミオンが最後にそう聞くと、ハルムは困ったように頭をかいた。

「さあ。そこまで行ったことないからわかんねぇよ。今は知らないけどその周り、俺が王宮にいた頃は、まだちょっと水が残っていてあんまり近づきたくなかったんだ。溺れるのは怖かったからな。それに抜け道がわかったから行く必要もなかったし」

「じゃあこれ以上そいつに聞いても無駄だな」

 それまで黙っていたラウがそう言って、さっさとミヒルを連れて外に出ていく。口を開いたかと思えば、不遜な言葉だけ残して去っていった派手な真っ赤な髪の二人を、ハルムはぽかんとして見送った。

「なんだあいつら。派手派手しい上に口も悪いときてる」

 それも人外の存在なのだから仕方あるまいとユリウスはハルムの呆れ顔を見た。

「じゃあ私達も行くとするか」

 エメレンスも話はこれで終わりだとスツールから立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「なんだ?」

 ユリウスが振り返ると、ハルムは、

「何があるのか知らないけど、水路に入るんだろう? 明日は俺、仕事が休みなんだ。よかったら案内する」

「いや、おまえの案内はいらない。今聞いた話で十分だ」

 フロールの体の捜索にはルカを連れて行く。フロールの魂がなければ、もし体が見つかったとしても噴き出し口に嵌った体を取り出すのは無理だ。できたとしても、取り出した途端、地下水脈の水が噴き出し、ユリウス達は無事には戻れまい。
 どうしてもルカの中にいるフロールを連れて行く必要がある。となると必然的にルカも捜索に加わることになる。ルカをハルムに会わせたくない。

「けどよ。俺なら水路のことは詳しい。何かの役に立つはずだ。それによ、それってルカも来るんじゃないのか? い、いや、何も手を出そうってわけじゃない。勘違いしないでくれよ。俺も久しぶりに仲間に会いたいだけなんだ」

 なぜルカも来ると思ったのか。妙な感だけ働く奴だ。水路のことを教えるのにも見返りを求めたくせに、ついていくと親切を申し出たのは、ルカに会えるかもしれないと算段したためだったか。懲りない奴だ。

「そうかもしれんが、いらんものはいらん」

 会いたいだけなどという言葉を信じるほど、ユリウスはお人好しではない。

「まぁまぁユリウス。ついてきてもらおうではないか。案内役がいたほうが時間は短縮できる。その代わり。妙な真似したら、一発で王宮奴隷に返り咲きだ」

 エメレンスがにやりとしてハルムを見返した。











 エメレンス、シミオンと別れ、モント領主邸に戻るとルカが起き出していた。といっても中身はフロールだ。アントンの用意した食事を頬張っている。戻ってきたユリウスを見ると、「さっきラウから聞いたわ」と口をもごもごさせながら言う。

「大体の見当がついたみたいね。よかったわ」

「そのことなんだが」

 ユリウスはフロールの前の椅子を引き寄せた。

「フロールは王妃に刺されたと言っていたが、傷のあるその体にまた戻れるのか?」

 何千年と経とうと体が腐敗しないことは聞いたが、傷ついた体に再び戻ることができるのか。エメレンス達と別れてから考えていた。
 フロールは「そのことね」とステーキをきれいに切り分け、

「大丈夫よ。傷はもう癒えているわ。本当だったらそんなことくらいで魂が分かれたりはしないのだけれど、産後で弱ってたのよね。ほら、精霊って本来こんなふうに子を産むことはないでしょう?」

「そうなのか? 寡聞にして知らないが」

「真面目に返さなくても結構よ。知らないのが普通だから」

 フロールはくすりと笑った。










***









 一方その頃、ヘルハルト・オーラフは弟コーバスからの文を受け取っていた。ヘルハルトが出した文への返事だ。
 妹エミーに良き縁談相手を紹介してくれることへの礼からはじまり、亡くなったドリカのことが綴られていた。
 ドリカの亡くなった経緯を説明するためには、王宮奴隷ルカがモント領内に辿り着いたところから話さなればならない。
 コーバスはそう記し、これまでのことが全て綴られていた。
 読み終えて、ヘルハルトは深くソファに背を埋めた。コーバスの手紙の内容は、予想を越える出来事の連続で、よほどのことにも動じないヘルハルトでも驚きを禁じ得なかった。まず、ルカがあの状態で逃げ出し、北の辺境にまで到達していたことも驚きだったが、レガリアの正体については全くの想像外。いや、まさかレガリアが水の精霊の魂だったなどと予想し得る者がいるだろうか。
 そして、そのレガリアは既に目覚め、もうレガリアたる役割を果たすこともないということもわかった。王家の正統性を証明するものは、この世から永遠に失われたのだ。レガリアを持たないルカに、王家が執着する必要性はなくなった。だからこそ、コーバスはヘルハルトに事の次第を全て打ち明けたのだろう。
 手紙の最後には、水の精霊を本来の体に戻すべく、ユリウス達が王都へ発ったこと、またユリウス・ベイエル本人について、コーバスの思うところが記されていた。
 ヘルハルトはもう一度はじめから最後まで手紙を読み返し、卓上に手紙を置くと深い思索の中に身を置いた。

 







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...