堅物辺境伯の溺愛〜虐げられた王宮奴隷は逃げ出した先で愛を知る〜

咲木乃律

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第七章

迷宮水路

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 翌早朝。朝日が登る前にユリウス、ルカ、シミオン、それにラウとミヒルは、ハルムの家の前に集まった。エメレンスは執務を抜けられないらしい。一方、同じく要職にあるはずのシミオンは、当たり前のようについてきた。曰く、「こんなおもしろそうなものを見逃す阿呆がいるか」とのことらしい。
 あまり家の前でたむろしていては目立つ。ルカ達は早々に水路へとおり、そこから王宮内の水路へと向かった。

 先頭は案内役のハルムだ。ハルムは後ろを歩くルカを何度も振り返って見てくる。その視線にこめられたものを感じたルカは、思わずユリウスの腕をつかみ、後ろに下がった。

「ちぇっ。そんなに警戒しなくても、何もしないよ」

 ハルムはふてくされたが、前科があるだけに警戒心は忘れないでおこう。ルカは一人心の中で自分に言い聞かせた。

 シミオンは先頭を歩くハルムの隣に並んで歩き、地図を見ながらルートを確認している。

「おい。そこを右じゃないのか?」

 時折シミオンが地図を見て指摘すると、ハルムは、

「この先は崩れていて通れないんだよ」

 明確な答えを返してくる。ハルムにはあまり会いたくなかったけれど、水路のことは相当詳しいらしい。案内してもらったのは正解だったのかもしれない。
 ひび割れたレンガの底を、一行は黙々と進んだ。
 はじめは天井がなかったが進むにつれトンネルのような通路となり、そのうち道に開いている排水溝の穴からの光だけとなった。見えないことはないが、ラウはちっと舌打ちすると指をぱちんと鳴らした。
 すると不思議なことにルカ達の周りだけ明るくなった。

「すごい。魔法みたいだね」

 ルカが思わず感嘆の声をあげると、こちらを見たラウと目があった。ラウの顔を見ると、またフロールの魂を飲まされた時の苦しさを思い出した。自然と怯えたような顔になっていたのだろう。
 ラウはルカの顔を見ると、ふいっと視線をそらした。あんなことがある前は、ラウはエルセの実をとってきてくれる優しい仲間だった。いや、今から思えば、それも全てフロールのためルカに近づいただけだったのかもしれない。それが証拠に、ラウは一度もルカにあの時のことを謝罪してこないし、以前のように親しげに笑いかけ、話しかけてくることもない。

 一行は地図通りに水路を進んだ。
 が、ハルムが頻繁に水路を探っていた頃から幾分か時が経っている。ハルムも知らない崩れがあったり、床の抜け落ちた危険な箇所もあり、結局その日は噴出口に辿り着く前に夜となった。

「はじめから一日で辿り着けるとは思っていなかったしな」

 シミオンは外から射し込む光がなくなり、夜になったことを察すると、「今日はここまでにしよう」と一行を見渡した。

 モント領主邸に戻ると、カレルやリサが「どうでしたか」と聞くのへ、ユリウスは首を振った。

「一日でなんとかなるはずもありませんわよね。湯の用意ができておりますわ」

 乾いた水路の中を一日歩き回っていたから、全身土埃にまみれている。が、足は棒のようになっていたし、緊張を強いられる場面もあったので、ルカは今すぐにもベッドに横になりたい気分だった。
 ふらりとすると、ユリウスがすぐに気が付き、ルカを抱き上げた。

「とりあえず湯を浴びるか、ルカ」

「……うん」

 本当は億劫だったが、なんとか返事をした。見透かしたユリウスは「安心しろ。眠っていてもいいぞ」とルカの顔を自身の肩に押し付けた。
 さらさらした金糸の髪とユリウスの温もりに、すぐにルカの意識は眠りにさらわれた。














 二日目も早朝からルカたちは水路に潜った。今日は仕事があるというハルムは抜きで、エメレンスが一緒についてきた。
 が、水路探索は遅々として進まず、二日目も徒労に終わった。 

 その後も三日目、四日目と日を重ねたが、水路の全容を把握するのは難しく、最深部の噴出口までは辿り着けない。

 日を重ねるにつれ、じりじりと焦りのようなものが皆の中に蓄積していった。シミオンの持つ地図は、書き込みで真っ黒になり、仕事の抜けられる日だけ参加していたエメレンスの顔にも疲労の色が濃くなった。でも、ユリウスだけは変わらず粘り強く水路の探索を継続した。

 そして迎えた十日目。最長期限まであと四日となった。今日はエメレンスは来ず、仕事がないというハルムが初日ぶりに参加した。ハルムは、疲れた様子のルカや、幾分くたびれた様子のシミオンを見て、若干勝ち誇ったように言った。

「俺だって詳しくなるまでにどれだけかかったか。一週間やそこらで、回りきれるものじゃないさ」

「無駄口をたたいている暇があるなら、さっさと先導しろ」

 シミオンがフードの下からじろりとハルムを睨んだ。早速機嫌を損ねたハルムが、少々荒々しい足取りで先頭を行き、シミオン、ラウ、ミヒル、最後尾にユリウスとルカが続いた。
 ラウは、トンネル状の水路にさしかかると、また明かりを灯した。結局、この探索の間、ルカは一度もラウと口をきいていない。ラウの短髪の黒髪が歩くたび揺れるのを、ルカは複雑な思いで見上げた。
 
 この探索の間中、ルカの心を占めていたのは、フロールの体の行方よりももっと別のことだった。もちろん、フロールを元の体に返すことが第一だ。でも、思考は違う方向へと向かっていくのを止められない。

 それはラウのことだ。ラウが、なぜルカにあんなに親切だったのか。優しかったのか。その理由と、もし自分がラウと同じ立場に陥ったならとそんな仮定の話ばかり考えていた。

 ラウがルカに優しかったのは、全てはフロールのため、ルカの警戒心を解くためのラウの作戦だったということはわかる。誰かを大切に思う気持ちは、ルカももう知っている。だからラウのことを責める気持ちはない。そして同時に、ユリウスのためならば、自分も人に対して非情になれるのだろうか。そう自分に問いかけて、……なれるかもしれない。というより、きっとなる。
 ユリウスのためならば、ルカだって非情になれる。そう考えた自分に、ルカはぞっとした。ユリウスのためにしたことでも、それは同時に他の誰かを不幸にすることになる。そんな選択をできると考えた自分が怖かった。
 そして、何度否定してみても、結論はいつも同じで、この迷宮のような水路と同様、自分の心も出口のない迷路に迷い込んだ気がしていた。

「どうした?」

 自然とユリウスの腕をつかむ手に力が入っていた。問いかけたユリウスに何でもないと首を振る。浅ましい自分の本性を隠すように。
 ユリウスは重ねて問いかけてきたが、ルカが答えないでいるとあきらめたのか。周りを注意深く観察することに集中しだした。
 その腕を握り、ひび割れたレンガを見ながら歩いていたルカの視界が急にふわりと浮き上がった。

「ユリウス?」

 気がつけばユリウスに抱き上げられていた。ルカを片腕に抱いたユリウスは「つかまっていろ」とルカに腕を首に回させる。

「大丈夫。まだ歩ける」

「いや、この先から水に浸かっているんだ」

 言われて先を見れば、少し傾斜のついた通路が奥へ行くに従い下っていき、薄く水が張っている。

「こっからは俺も行ったことがないよ」

 先頭のハルムは振り返り、そう言った。シミオンは地図を見ながら、

「この十日間で最も最深部に近づいたな。地図通りなら、この先を真っ直ぐ進み、三本目の筋を右、またすぐに左に折れ、突き当たりの四つに分かれた通路の左から二番目を行った先に地下水脈の噴き出し口があるはずだ」

「地図通りなら、か」

 ユリウスが思案げに言う。ここまででも地図通りには進めなかった。一行は足首まで水に浸かりながら先を進んだ。が、早速地図通りではないことが露呈した。

「おい。三本目の筋などないではないか」

 ユリウスの言う通り、真っ直ぐ進んできただけなのに、右へそれる横道は二本しかなく、三本目が出てくる前に突き当たりとなった。
 代わりに左手には三本目の筋がある。

「右じゃなくて左じゃないのか?」

 ハルムがシミオンの持つ地図を覗き込む。ユリウスもルカを抱いたまま地図を覗き込んだ。
 自然、ルカにも地図が目に入った。

「水に浸かり始めたのがここで、今はこの辺りか」

 シミオンは地図上を指差し、指先を水路に沿って真っ直ぐ滑らせる。地図の上では水路はその先も真っ直ぐに続いているのだが実際にはこの水路はもう突き当たりだ。明らかにおかしい。

「さきほどこの辺りといったスタート地点が間違っているのではないのか? 例えば今がここだとしたら、地図との辻褄は合う。だとすれば、さきほどここだと言った場所はこっちだった可能性もある」

 ユリウスは地図上の一点を指差した。突き当たりを左にそれる水路のある地点だ。けれどシミオンは「馬鹿者めが」と鼻で笑う。

「この私がここまで順に地図を追って確認しながら進んできたのだ。間違えるわけがなかろう」

 すごい自信だ。けれど確信を持ってそう言うのだから、そうなのだろう。水路が地図通りではないことは分かっているのだから。
 ユリウスもさして自分の意見が当たっているとも思っていなかったようだ。シミオンの自信に、逆に確信を深めて頷いた。

「ならばここからは全くの未知の領域ということだな」

「あのさ」

 それまで黙って聞いていたラウが声を上げた。ユリウスはじめ、みんながラウに注目すると、ラウは「一つ言っておかなければならないんだが」と前置きし、

「おそらくフロールの体に近づくにつれ、こういうことはもっと起こる。フロールの体は今、魂がなく無防備にさらされている状態だ。意思のない体だが、防御反応で近づく者を排除しようと色々仕掛けてくるはずだ。地図通りではない水路の出現も、おそらくはフロールの体の仕業だ」

「それはおもしろい」

 シミオンは即座に反応し、フードの下の目を輝かせた。

「ならば今我々が見ているものは、幻覚ということか? 突き当たりのように見えるこの水路も実は続いていると?」

「残念ながらそうではない」

 ラウはシミオンの言を否定した。

「幻覚ならば地図通りに進めばよいが、生憎と作り出される障害は本物だ。よって我々が先へ進もうと思えば、今見えている水路を進むしかない」

「それはまた厄介だな。迷うぞ」

 ただでさえ複雑な地下水路だ。頼りの地図も役に立たないとなると、ユリウスの言う通り迷子になる。

「おいおい。さっきから一体何の話をしてるんだ? さっぱり意味がわかんねぇ」

 ハルムはぽかんとしてシミオン達のやり取りを聞いていたが、ぽりぽりと頭をかいて怪訝な顔をした。

「俺は地図上のその、噴き出し口ってのか? そこまで行くって話しか聞いてないぞ。幻覚がどうのとか、体がどうのとか、一体何の話だってんだ?」

「おっと。きさまのことをすっかり忘れていたな。おまえには何の説明もしていないのだから、わからなくて当然だ」

 シミオンはにべもなく言い放つ。ハルムはむっとしてシミオンを見返した。

「案内を頼んでおいて、何の説明もないたぁ乱暴な話だぜ」

「ここまで来てくれとは一言も頼んではおらん。きさまが勝手についてきたのだ」

「なんだと!」

 もともと出だしからシミオンとやり合い、機嫌の悪かったハルムだ。シミオンのこの物言いは普段通りだけれど、そんなことは知らないハルムは、かっとなってシミオンにつかみかかった。シミオンは大きな体のハルムに胸倉をつかまれ、足が床から浮いた。ユリウスがシミオンを助けようと、ルカを抱いていない方の手でハルムの衿をつかみ、引き剥がした。

「ここから先は俺たちだけで行く。ハルムは帰れ。聞いていた通り、ここから先は何が起こるかわからん。危険な目に遭いたくはないだろう?」

「ふんっ。勝手なもんだな。どうせ希少種は使い捨てさ。ルカ、おまえも気をつけろよ。この男がおまえに飽きたらおまえはポイだ。いつか必ずその日は来る。必ずだ。そん時は俺のとこに来な。思いっきり可愛がってやる」

 舌なめずりせんばかりの視線を向けられ、ルカはユリウスの髪に顔を埋めた。体が無意識に小刻みに震えた。
 



 



 
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