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第五章 旦那様を守りたい
暴れ馬の調教師
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「やあ、貴女がリーゲルの奥方となったグラディス夫人か。アンジェラやアルテミシアとは違い、随分と大人しそうなご令嬢だな」
王太子殿下に予定を合わせ、王女殿下とリーゲル様、私との四人で初外出の日、初めて顔を合わせた王太子殿下は、私を見るなり開口一番そう言った。
殿下方二人は、王家所有の大きな馬車で、わざわざ公爵家まで私達二人をお迎えに来て下さったのだ。
失礼にならないよう、私ができるだけ端へ座ると、リーゲル様にそっと真ん中へ引き寄せられる。
「アンジェラもアルテミシアも、令嬢にしては活発な方でしょう。寧ろ令嬢というのは、グラディスのように大人しいのが普通ですよ」
庇っているのか貶しているのか、どちらにもとれるような言い方で、リーゲル様が私の代わりにやんわりと言い返す。
「そうか……。私はどうにも忙しすぎて未だ婚約者すらいないから、妹以外の令嬢と知り合う機会がなくてな。そうとは知らなかった。今日はせっかくの機会だし、グラディスに普通の令嬢というものを教えてもらうとしよう」
「え、そ、そんな、私なんて……」
普通の令嬢とは全然違うのに!
王太子殿下の言葉に恐縮するも、「そんなに緊張せずとも大丈夫だ」とリーゲル様に言われ、顔を俯けたまま、視線だけを動かして殿下の様子を窺う。
途端に目が合い微笑まれて、私は慌てて目を逸らした。
無理無理! 夜会で一目見た時も格好良いと思ったけれど、王太子殿下ってば、リーゲル様とはまた違った魅力があるんだもの。
さすが国内の令嬢人気をリーゲル様と二分しているだけあって、王太子殿下は恐ろしいほど整った容貌をしている。
しかも、刺客に襲われた際自分の身を自分で守れるよう日々の鍛練も欠かさないそうで、スラリとした見た目に反して胸板が厚く、洋服の下には鍛え上げられた筋肉が隠されていそうだ。
私の一番はリーゲル様だけど、ちょっとだけ、ああいう逞しい胸に抱きしめられてみたい……なんて思ったりもして。
相手が王太子である以上、そんな願いは叶わないと分かっているからこそ、私はそう思っていたのだけれど。
そんな私の願いは、すぐに意外な形で叶えられることとなってしまった。
「あぶないっ!」
危機迫る御者の声が聞こえた瞬間、馬が嘶き、車体が大きく揺れた。
「きゃあっ!」
一瞬体が浮くような感覚がして、刹那、どさりと何かの上に落下する。
どうやら私は落ちた場所が良かったらしく、どこも痛いところはなくて。ホッとするのと同時に、リーゲル様が心配になった。
「リーゲル様っ」
リーゲル様が座っていた場所へ、慌てて目をはしらせる。
するとそこには、車体の壁に両手をついて体を支えるリーゲル様と、彼に嬉しそうにしなだれかかる王女殿下の姿があって。
無事なのは良かったけれど、どさくさに紛れて王女殿下は何をやっていらっしゃるのかしら?
今はそんな場合ではないでしょう、と思わず冷たい目を向けてしまう。
けれど、何故かこちらを見たリーゲル様の目も、嫌な物を見るかのようにスッと細められた。
「……王太子殿下、いつまでもそうしてないで、早く妹君を私から引っぺがしていただけませんか?」
「ええ? もう離れなきゃいけないのか? せっかく君の大切な奥方を助けてあげたのに……」
ブツブツと文句を言う声は私の下から聞こえてくる。
不思議に思って視線を落とすと、なんと私は王太子殿下を下敷きにして座っていた。
「きゃああああっ! す、すみません! 私ったらなんということを……本当に申し訳ございませんっ!」
「いやいや、気にしなくて良いよ。私も良い思いをさせてもらったし、お互い様ということで」
「へ?」
良い思いってなんだろう?
それを言うなら、王太子殿下をクッションにしてしまった私の方が、良い思いをした気がするけれど。
立派な筋肉のせいなのかなんなのか、座り心地がとっても良かった。私は馬車が揺れた時王太子殿下の上に落ちたから、痛い思いをしなくて済んだのね。
「このエロ太子が……」
「何か言ったかな? リーゲル。街へ着くまでその体勢のままでいたければ、私はそれでも構わないんだよ?」
太陽のような色の王太子様の瞳に、意地の悪い光が宿ったような気がした。彼を悔し気に見つめ、リーゲル様は唇を噛む。
「……とにかくさっさとして下さい」
「分かったよ。そんなに怒らなくとも良いだろう。君は本当に冗談が通じないなあ」
「貴方がくだらない冗談ばかり言うからでは?」
言い合いをしながらも、王太子殿下は妹である王女殿下を無理矢理リーゲル様から引き離し、自分の隣へと座らせる。
「お兄様ぁ……わたくし、リーゲルの隣に座りたいですわ」
「駄目だよアルテミシア。今日は奥方がいらっしゃるだろう? 街へ着いたら好きにして良いから、今は大人しくしているんだ」
「でもぉ……」
「いいね?」
なんだか今、一瞬だけ王太子殿下の纏う気配が変わったような気がしたわ。
そしてジュジュの言っていた通り、王女殿下は兄である王太子殿下には逆らえないみたいね……。
かなりの我が儘王女で、誰も手をつけられないと聞いたことがあったけど、こうして見ている限り、王太子様相手に限っては、そんなことはなさそうだ。
さすが『暴れ馬の調教師』と言われるだけのことはあるわ。
でも私はまだ、王女殿下を暴れ馬だとは思えないのよね……。
一体どんな行動をしたら、こんなにも可愛らしい女性が『暴れ馬』などと揶揄されることになるのだろうか。
街へ着いたら、その理由が分かるかしら?
落ち着いた馬車の中、無言で外を眺めるリーゲル様と、そんな彼をうっとりと見つめる王女殿下。
王太子殿下は──なんとなく私を見ているような気がして、其方には視線を向けられなかった。
街へと向かう馬車の中、今は特に会話もなく、沈黙が支配している。
夜会の時は楽しそうに三人で盛り上がっていらっしゃったのに、私がいるせいで今日はこんなに会話がないのかしら?
そう思うと、私はついてきたことを後悔せずにはいられなかった。
王太子殿下に予定を合わせ、王女殿下とリーゲル様、私との四人で初外出の日、初めて顔を合わせた王太子殿下は、私を見るなり開口一番そう言った。
殿下方二人は、王家所有の大きな馬車で、わざわざ公爵家まで私達二人をお迎えに来て下さったのだ。
失礼にならないよう、私ができるだけ端へ座ると、リーゲル様にそっと真ん中へ引き寄せられる。
「アンジェラもアルテミシアも、令嬢にしては活発な方でしょう。寧ろ令嬢というのは、グラディスのように大人しいのが普通ですよ」
庇っているのか貶しているのか、どちらにもとれるような言い方で、リーゲル様が私の代わりにやんわりと言い返す。
「そうか……。私はどうにも忙しすぎて未だ婚約者すらいないから、妹以外の令嬢と知り合う機会がなくてな。そうとは知らなかった。今日はせっかくの機会だし、グラディスに普通の令嬢というものを教えてもらうとしよう」
「え、そ、そんな、私なんて……」
普通の令嬢とは全然違うのに!
王太子殿下の言葉に恐縮するも、「そんなに緊張せずとも大丈夫だ」とリーゲル様に言われ、顔を俯けたまま、視線だけを動かして殿下の様子を窺う。
途端に目が合い微笑まれて、私は慌てて目を逸らした。
無理無理! 夜会で一目見た時も格好良いと思ったけれど、王太子殿下ってば、リーゲル様とはまた違った魅力があるんだもの。
さすが国内の令嬢人気をリーゲル様と二分しているだけあって、王太子殿下は恐ろしいほど整った容貌をしている。
しかも、刺客に襲われた際自分の身を自分で守れるよう日々の鍛練も欠かさないそうで、スラリとした見た目に反して胸板が厚く、洋服の下には鍛え上げられた筋肉が隠されていそうだ。
私の一番はリーゲル様だけど、ちょっとだけ、ああいう逞しい胸に抱きしめられてみたい……なんて思ったりもして。
相手が王太子である以上、そんな願いは叶わないと分かっているからこそ、私はそう思っていたのだけれど。
そんな私の願いは、すぐに意外な形で叶えられることとなってしまった。
「あぶないっ!」
危機迫る御者の声が聞こえた瞬間、馬が嘶き、車体が大きく揺れた。
「きゃあっ!」
一瞬体が浮くような感覚がして、刹那、どさりと何かの上に落下する。
どうやら私は落ちた場所が良かったらしく、どこも痛いところはなくて。ホッとするのと同時に、リーゲル様が心配になった。
「リーゲル様っ」
リーゲル様が座っていた場所へ、慌てて目をはしらせる。
するとそこには、車体の壁に両手をついて体を支えるリーゲル様と、彼に嬉しそうにしなだれかかる王女殿下の姿があって。
無事なのは良かったけれど、どさくさに紛れて王女殿下は何をやっていらっしゃるのかしら?
今はそんな場合ではないでしょう、と思わず冷たい目を向けてしまう。
けれど、何故かこちらを見たリーゲル様の目も、嫌な物を見るかのようにスッと細められた。
「……王太子殿下、いつまでもそうしてないで、早く妹君を私から引っぺがしていただけませんか?」
「ええ? もう離れなきゃいけないのか? せっかく君の大切な奥方を助けてあげたのに……」
ブツブツと文句を言う声は私の下から聞こえてくる。
不思議に思って視線を落とすと、なんと私は王太子殿下を下敷きにして座っていた。
「きゃああああっ! す、すみません! 私ったらなんということを……本当に申し訳ございませんっ!」
「いやいや、気にしなくて良いよ。私も良い思いをさせてもらったし、お互い様ということで」
「へ?」
良い思いってなんだろう?
それを言うなら、王太子殿下をクッションにしてしまった私の方が、良い思いをした気がするけれど。
立派な筋肉のせいなのかなんなのか、座り心地がとっても良かった。私は馬車が揺れた時王太子殿下の上に落ちたから、痛い思いをしなくて済んだのね。
「このエロ太子が……」
「何か言ったかな? リーゲル。街へ着くまでその体勢のままでいたければ、私はそれでも構わないんだよ?」
太陽のような色の王太子様の瞳に、意地の悪い光が宿ったような気がした。彼を悔し気に見つめ、リーゲル様は唇を噛む。
「……とにかくさっさとして下さい」
「分かったよ。そんなに怒らなくとも良いだろう。君は本当に冗談が通じないなあ」
「貴方がくだらない冗談ばかり言うからでは?」
言い合いをしながらも、王太子殿下は妹である王女殿下を無理矢理リーゲル様から引き離し、自分の隣へと座らせる。
「お兄様ぁ……わたくし、リーゲルの隣に座りたいですわ」
「駄目だよアルテミシア。今日は奥方がいらっしゃるだろう? 街へ着いたら好きにして良いから、今は大人しくしているんだ」
「でもぉ……」
「いいね?」
なんだか今、一瞬だけ王太子殿下の纏う気配が変わったような気がしたわ。
そしてジュジュの言っていた通り、王女殿下は兄である王太子殿下には逆らえないみたいね……。
かなりの我が儘王女で、誰も手をつけられないと聞いたことがあったけど、こうして見ている限り、王太子様相手に限っては、そんなことはなさそうだ。
さすが『暴れ馬の調教師』と言われるだけのことはあるわ。
でも私はまだ、王女殿下を暴れ馬だとは思えないのよね……。
一体どんな行動をしたら、こんなにも可愛らしい女性が『暴れ馬』などと揶揄されることになるのだろうか。
街へ着いたら、その理由が分かるかしら?
落ち着いた馬車の中、無言で外を眺めるリーゲル様と、そんな彼をうっとりと見つめる王女殿下。
王太子殿下は──なんとなく私を見ているような気がして、其方には視線を向けられなかった。
街へと向かう馬車の中、今は特に会話もなく、沈黙が支配している。
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そう思うと、私はついてきたことを後悔せずにはいられなかった。
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