妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)

文字の大きさ
27 / 35

27.再び、後宮

しおりを挟む
 『凛風』に対する憂炎の想いを知った数日後のこと。
 わたしは久しぶりに、後宮に来ていた。


「姉さま、良かった。もう二度と来て下さらないかと思っていましたわ」


 人払いをした部屋の中、華凛がそう口にする。


「まあね」


 言いながら、ついつい苦笑が漏れる。
 さすが華凛。大正解。
 わたしだって本当は、二度とここに来るつもりはなかったんだから。


「元気そうで良かった。あの日はバタバタして、碌に話もできなかったし」

「はい。姉さまも元気そうで何よりです」


 そう言って微笑む華凛は、以前に増して美しく見える。
 薔薇色の頬に、鮮やかな唇。寵妃とはかくあらんという風貌だ。


(憂炎の愛情をちゃんと受け取ってるってことかなぁ)


 だとすれば、今日、わざわざ出向いた甲斐があったってもんだ。
 大きく深呼吸をし、わたしは改めて華凛に向かい合う。


「それで、今日ここに来た理由なんだけど」

「はい!」


 華凛は満面の笑みを浮かべつつ、ずいと身を乗り出した。
 どこか興奮した面持ち。珍しく前のめりなその姿勢に、わたしは小さく笑った。


「まずはこれ。武官たちから『華凛』宛の贈り物を受け取ったの」


 そう言ってわたしは、武官たちから受け取った贈り物を卓の上に広げていく。

 後宮で身に着けても遜色ない品々。今の華凛には必要ないかもしれないけど、武官たちの努力と気持ちだけは伝えてやりたい。そう思って、こうしてわざわざ持ってきたのだ。
 憂炎や白龍の目を盗んで彼等に会いに行くのは骨が折れたし、報われてほしいと切に思う。


「まぁ……! 皆さん本当に贈ってくださったのですね」

「うん。多分これ、めちゃくちゃ奮発してくれたんだと思うよ」


 華凛は瞳を輝かせつつ、宝玉で彩られた簪を手に取り眺める。
 どうやら無事に喜んでもらえたらしい。わたしはほっと安堵のため息を吐く。


「ふふ……どのような形であっても、人の好意とは嬉しいものですわね、姉さま」

「……うん、そうだね」


 ごめん、華凛。それは嘘だ。


 だってわたしは、憂炎の気持ちなんて知りたくなかった。


 あいつがわたしを好きだなんて――――そんなこと、知っても苦しいだけで、素直に嬉しいなんて思えない。
 応えられない気持ちを受け取ったところで、良いことなんて一つもない。


「それでね、華凛にお願いがあるの」

「はい、何なりと! 憂炎のことでございましょう?」


 華凛は嬉しそうに微笑みながら、わたしのことを見つめている。何がそんなに楽しいのか――――ため息を一つ、わたしは大きく息を吸う。


「うん、憂炎のこと。
あのさ、華凛――――『凛風』として、あいつの想いに応えてやってもらえないかな?」

「……え?」


 先程までのテンションは何処へやら。わたしの言葉に、華凛は目を丸くした。おまけに、酷く困惑した様子で、視線を左右に彷徨わせている。


「姉さま、それは……憂炎の想いに応えて、って…………」

「実は憂炎の奴さ、『凛風』のことが好きだって、そう言うんだ」

「ええ、それは存じ上げております」


 華凛は躊躇うことなく頷いた。


(そっか……華凛は知ってたんだ)


 憂炎はあの後も、わたしを相手に『凛風』への想いを吐露し続けていた。

 毎日、毎日。飽きもせず。
 『凛風が好きだ』って、馬鹿みたいに口にし続ける。


 だけど、練習だけじゃ意味が無い。
 ずっとそんなふうに思っていたから『本人』を相手に、きちんと実践していたのなら良かった――――自然、笑みが漏れた。


「困るんだよねぇ。わたしは『華凛』だっていうのに、同じ顔ってだけで告白の練習台にされるんだもん。
凛風に気持ちが伝わって欲しいって。本当の妃になって欲しいって訴えられて、なんだかこっちまで苦しくなってきてさ」

「姉さま……」

「だからさ、そろそろ『凛風』は絆されたって良いと思うんだ」


 わたしは華凛を抱き締めながら、目を瞑る。


 どうか、憂炎を幸せにしてやってほしい。
 わたしは『凛風』じゃないから。
 戻れない。戻れっこないから。


 全部、わたしの我儘で始まった入れ替わりだから。
 自分の自由と引き換えに、わたしは憂炎の気持ちを無視した。
 見ないように、気づかないようにして、逃げ続けた。


 だから罰が当たった。


 叶えてやれない望みを聞き続けることほど、辛いことはない。
 本当に、毎日苦しくてたまらなかった。


「――――姉さま、憂炎が好きなのは姉さまなんです。わたくしではダメ。憂炎の想いに応えることはできませんわ」

「ううん。今は華凛が『凛風』だ。あいつが好きなのは『凛風』という存在だもん」


 あいつが最初に好きになった相手は、確かにわたしだったのかも知れない。

 でも、今はそうじゃない。

 現に憂炎は、己に靡くことのない『凛風』――――華凛への想いを口にしている。
 毎日毎日、あの子の元に通いながら、わたしに対して『凛風』が好きだとそう囁く。


 だから、別に『わたし』じゃなくても良い。
 『凛風』という名前で、存在であればそれで良いんだ。


「ねえ、もしも『凛風』から好きって言われたら、あいつはどんな顔をするんだろうね」


 笑うだろうか。
 泣くだろうか。
 喜んでくれたら良いなぁと、そんなことを思う。


「姉さま! だけど憂炎は……憂炎はずっと――――」

「そういうわけだからさ。よろしく頼むよ」


 これ以上、憂炎のことを考えたくない。
 もうずっと、長い間、理由もわからないのに悲しくて、苦しくて、心がめちゃくちゃ痛かった。


「…………あ」


 部屋を出ると、そこには憂炎がいた。
 空が夕焼け色に染まっている。今夜も『凛風』に会いに来たのだろう。


 憂炎はわたしを見て、一瞬だけ口を開きかけて、それから噤んだ。
 そんな些細なやり取りに、何だか泣きたい気持ちになる。


(頼んだよ、華凛)


 『凛風』の元へと向かう憂炎の後姿を静かに見送りつつ、わたしは心の底からそう願うのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...