妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)

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26.練習(2)

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(嘘だろう?)


 可愛い?
 『凛風』が?

 憂炎が『凛風』のことをそんな風に思っているなんて、これまで一度だって感じたことは無い。
 いつだって『仕方がない奴』みたいな顔でわたしを見ていたし、女というより男友達みたいに思われてるって。
 そんな風に思っていたのに。


「――――今日は楽しかったか?」


 わたしの頭を撫でながら、憂炎はそう尋ねた。ええ、と答えながら頷くと、憂炎は目を細めて笑う。
 何故だろう。胸がざわざわと騒いだ。


「あの……姉さまは元気ですか? 毎日通われているんでしょう?」


 何となく居た堪れなくなって、そんなことを尋ねてみる。


 再び入れ替わりを果たしてから一ヶ月。
 噂によれば、憂炎はあれ以降も毎日、『凛風』――――華凛の元に通っているらしい。


 憂炎が通わなければ、入内当初と同様、華凛は退屈しただろう。

 だが、今は違う。

 華凛はわたしとは違ってあの生活に乗り気だったのだし、満ち足りた日々を送っているのだろう。


「――――そうだな。毎日会ってはいるよ」


 憂炎はため息を吐きながらそう答えた。
 微笑んではいるが、どことなく浮かない表情に見える。
 わたしはそっと身を乗り出した。


「姉さまと上手くいっていないのですか?」

「――――――いつになったら凛風は、俺の本当の妃になってくれるんだろうな」


 質問に遠回しに答えながら、憂炎はギュッと膝を抱いた。


「凛風の意志を無視したのは俺だ。だから、あいつが元々俺との結婚に乗り気じゃないことは分かっている。
だけど俺は、それでもあいつのことを――――」


 憂炎の言葉がわたしの胸を締め付ける。


 頼むから、そんな切なげな顔をしないでほしい。
 泣きそうな声音を出さないで欲しい。
 憂炎に対して罪悪感なんて覚えたくない。申し訳ないとか思いたくない。

 第一、わたしにはもう、どうしてやることも出来ない。
 憂炎の望みを叶えてやることは出来ないのだから。


(それにしても)


 華凛はきっと、唐突に態度を変えたら怪しまれると思ったんだろう。憂炎に対し、慎重な態度を取っているようだ。
 妃であることを厭うているような、そんな態度を。


 だけど、華凛は元々妃になることを望んでいたのだし、そろそろ態度を軟化させても良い頃合いだろう。
 そう助言してやれたら良いのだけど、後宮に行くことはどうしても憚られる。
 わたしは小さくため息を吐いた。


「ねぇ、憂炎。どうして憂炎は、『姉さま』を妃に望まれたのですか?」


 風が音を立てて吹きすさぶ。
 潤ったはずの喉が渇いて、耳の奥でざわざわとした不協和音が響き渡る。


 聞きたくて。
 でも聞きたくない。


 それはこの数か月間、ずっと疑問に思っていたこと。
 凛風として後宮にいた間も、ずっとずっと避けていた話題だった。


「――――――そんなの、理由は一つしかないだろう?」


 憂炎はそう言って、困ったように笑った。
 その顔がなんだか苦し気で、今にも泣きだしそうで。見ているこっちまで胸が苦しくなる。


「そんなことはございません。家格や容姿、跡継ぎ問題や政治的背景……妃を決める要素はいくらでもありますわ」


 それらはわたしが憂炎から妃に指名されたとき、真っ先に思い浮かんだ理由だった。
 これに加え、よく知っている人間の方がやりやすいからというのが、わたしが必死で落とし込んだ『凛風が妃でなければならない理由』だった。
 だけど――――。


「そんなこと、ひとつも関係ないよ」


 憂炎は首を横に振ると、小さく俯いた。


「そうだよな。そんな風に言うぐらいだ。俺の気持ちはきっと、ちっとも伝わっていなかったんだよな」


 そう言って憂炎はわたしを見る。


 まるで時が止まったみたいに静かだった。
 風も日差しも何にも感じなくて。憂炎の紅い瞳から目が離せなくて。
 わたしはゴクリと息を呑む。


「俺は凛風が好きなんだ」


 まるで、心臓が抉られるようだった。
 憂炎の熱い眼差しに、わたしのこころと身体が悲鳴を上げる。


 違うのに。
 わたしはもう『凛風』じゃないのに。

 どうしてこんなにも心が揺さぶられるんだろう。
 胸が痛くなるんだろう。


「凛風が好きだ」


 憂炎が言う。

 バカな奴。ここには『凛風』はいない。

 だから、そんな苦しそうに、想いを吐露しないでほしい。


「――――姉さまと同じ顔のわたくしで練習したら、ちゃんと本人に伝えられます?」


 こんなところで、わたしに伝えたって何の意味もない。
 早く後宮に。
 『凛風』――華凛の元に行ってほしいと切に願う。


「――――――そうだな。伝えたいって……伝わって欲しいって心から思うよ」


 憂炎はそう言ってわたしをギュッと抱き締めた。

 囁くように、刻み込むように。
 何度も何度も「凛風が好きだ」と口にして、身体が軋むほど抱き締められる。


 喉が焼けるように熱い。
 心の中で訳の分からない感情が暴れて、一気にせり上がってくるみたいだった。
 苦しくて、辛くて、涙が滲む。


 『凛風』への気持ちを吐露しながら『華凛』を抱き締めるなよ――――そう思うのに、今は憂炎にわたしの顔を見られたくなくて。


 憂炎の胸に身体を預けながら、わたしはこっそりと涙を流した。
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