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28.こころ
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「凛風」
わたしを呼ぶ切なげな声音に、ピタリと重なった熱い身体。
貪るように唇を何度も奪われて、息すらまともにできない。
折れるんじゃないかってぐらいキツく抱き締められ、同じように抱き返すことを求められる。
わたしは憂炎に向かって、必死に手を伸ばした。
「好きだ、凛風」
だけどその時、これは『わたしじゃない』ってことに気づいた。
『凛風』として想いを打ち明けられた経験なんてわたしにはない。
こんな風に抱かれながら、好きだと言われたことなんて、一度もなかった。
「憂炎、わたしも」
唇が勝手に動く。
憂炎の瞳が揺れて、揺れて、それから唇が嬉しそうに綻ぶ。
重なった唇が塩辛くて、それなのに物凄く甘くて。
あぁ、想いが重なったんだなぁって感じる。
だけどわたしは。
わたしのこころは。
声にならない悲鳴を上げ続けていた。
目を開けると、わたしはひとり、華凛の寝台の上にいた。
朝の光が眩しくて、小鳥の囀りが耳に優しくて、あぁ、さっきのは夢だったんだなぁと思い知る。
(夢だけど)
夢じゃない。
きっとあれは、華凛の瞳を介して見た現実なのだろう。ただの夢にしてはあまりにもリアルだった。
身体がめちゃくちゃ熱いし、心臓は未だにバクバク鳴り響いている。
頬は先ほど流れ落ちた涙で濡れていた。
(行きたくないなぁ、仕事)
今日は憂炎に会いたくない。
だけど、ずっと避けて通るわけにもいかない。
休んだところで家に来られたら困るし、こんなことで自分を見失うわけにはいかないもの。
(行かなきゃ)
瞼をごしごし擦りながら、わたしはゆっくりと起き上がった。
「おはよう」
出勤したら、憂炎はいつも通りに笑っていた。
わたしを抱き締め、一通り撫でまわし、いつもの様に小さく息を吐く。
おかしいのはわたしだけだ。
憂炎の顔がまともに見れない。
いつもの様に言葉が出てこない。
「どうした?」
「え?」
「目が赤い。顔色もあまり良くない。
……何かあったのか? 具合が悪いんじゃないか?」
両手で頬を包み込み、憂炎は心配そうに顔を寄せた。
「そんなこと、ございませんわ」
苦し紛れの言い訳を口にし、必死になって目を逸らす。
辛い。心臓が口から飛び出しそうだ。
「おまえは……そうやってすぐに嘘を吐く」
憂炎はため息を吐きつつ、わたしの瞳を見つめた。
心臓が高鳴る。バクバクと大きく鳴り響き、目尻に涙が浮かびあがる。
「そんな……嘘じゃございません。
お願いだから見ないで下さい、憂炎」
わたしの返答が大層不満らしい。憂炎は小さく目を見開き、それから唇を尖らせた。
「なんでだ?」
どうやらムキになっているらしく、奴はじっと瞳を覗き込んでくる。
「だって……不細工ですもの。憂炎に見られたくないと思うのは当然ですわ」
今、わたしはきっと、ものすごく醜い顔をしている。
だから、そんな瞳で見るな。
わたしに触れるな。
まるで『凛風』にするみたいに――――。
「おまえは可愛い」
だけど、憂炎はわたしを抱き締めた。
熱っぽく。苦しいぐらいに。
それが、夕べの夢と重なって、わたしは辛くて堪らなくなった。
「そ……そういうことは姉さまに言ってくださいまし。恥ずかしいし、何だか申し訳ないですもの」
ようやく素直に想いを口に出来るようになったんだろう?
ようやく愛情を受け入れてもらえたんだろう?
だったら、わたしになんて構うな。
構ってくれるな。
頼むから、憂炎。
「だから、そう言っている。
可愛いって。好きだって。
未だに届かないが、それでも」
胸が軋む。涙がポロポロ零れ落ちる。
耳元で囁かれた『凛風が好きだ』という言葉が、余りにも残酷に響く。
ああ、わたしはきっと憂炎のことが――――――。
心の中で湧き上がる感情に蓋をして、わたしは静かに首を横に振った。
わたしを呼ぶ切なげな声音に、ピタリと重なった熱い身体。
貪るように唇を何度も奪われて、息すらまともにできない。
折れるんじゃないかってぐらいキツく抱き締められ、同じように抱き返すことを求められる。
わたしは憂炎に向かって、必死に手を伸ばした。
「好きだ、凛風」
だけどその時、これは『わたしじゃない』ってことに気づいた。
『凛風』として想いを打ち明けられた経験なんてわたしにはない。
こんな風に抱かれながら、好きだと言われたことなんて、一度もなかった。
「憂炎、わたしも」
唇が勝手に動く。
憂炎の瞳が揺れて、揺れて、それから唇が嬉しそうに綻ぶ。
重なった唇が塩辛くて、それなのに物凄く甘くて。
あぁ、想いが重なったんだなぁって感じる。
だけどわたしは。
わたしのこころは。
声にならない悲鳴を上げ続けていた。
目を開けると、わたしはひとり、華凛の寝台の上にいた。
朝の光が眩しくて、小鳥の囀りが耳に優しくて、あぁ、さっきのは夢だったんだなぁと思い知る。
(夢だけど)
夢じゃない。
きっとあれは、華凛の瞳を介して見た現実なのだろう。ただの夢にしてはあまりにもリアルだった。
身体がめちゃくちゃ熱いし、心臓は未だにバクバク鳴り響いている。
頬は先ほど流れ落ちた涙で濡れていた。
(行きたくないなぁ、仕事)
今日は憂炎に会いたくない。
だけど、ずっと避けて通るわけにもいかない。
休んだところで家に来られたら困るし、こんなことで自分を見失うわけにはいかないもの。
(行かなきゃ)
瞼をごしごし擦りながら、わたしはゆっくりと起き上がった。
「おはよう」
出勤したら、憂炎はいつも通りに笑っていた。
わたしを抱き締め、一通り撫でまわし、いつもの様に小さく息を吐く。
おかしいのはわたしだけだ。
憂炎の顔がまともに見れない。
いつもの様に言葉が出てこない。
「どうした?」
「え?」
「目が赤い。顔色もあまり良くない。
……何かあったのか? 具合が悪いんじゃないか?」
両手で頬を包み込み、憂炎は心配そうに顔を寄せた。
「そんなこと、ございませんわ」
苦し紛れの言い訳を口にし、必死になって目を逸らす。
辛い。心臓が口から飛び出しそうだ。
「おまえは……そうやってすぐに嘘を吐く」
憂炎はため息を吐きつつ、わたしの瞳を見つめた。
心臓が高鳴る。バクバクと大きく鳴り響き、目尻に涙が浮かびあがる。
「そんな……嘘じゃございません。
お願いだから見ないで下さい、憂炎」
わたしの返答が大層不満らしい。憂炎は小さく目を見開き、それから唇を尖らせた。
「なんでだ?」
どうやらムキになっているらしく、奴はじっと瞳を覗き込んでくる。
「だって……不細工ですもの。憂炎に見られたくないと思うのは当然ですわ」
今、わたしはきっと、ものすごく醜い顔をしている。
だから、そんな瞳で見るな。
わたしに触れるな。
まるで『凛風』にするみたいに――――。
「おまえは可愛い」
だけど、憂炎はわたしを抱き締めた。
熱っぽく。苦しいぐらいに。
それが、夕べの夢と重なって、わたしは辛くて堪らなくなった。
「そ……そういうことは姉さまに言ってくださいまし。恥ずかしいし、何だか申し訳ないですもの」
ようやく素直に想いを口に出来るようになったんだろう?
ようやく愛情を受け入れてもらえたんだろう?
だったら、わたしになんて構うな。
構ってくれるな。
頼むから、憂炎。
「だから、そう言っている。
可愛いって。好きだって。
未だに届かないが、それでも」
胸が軋む。涙がポロポロ零れ落ちる。
耳元で囁かれた『凛風が好きだ』という言葉が、余りにも残酷に響く。
ああ、わたしはきっと憂炎のことが――――――。
心の中で湧き上がる感情に蓋をして、わたしは静かに首を横に振った。
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