【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第二章 学校の異変

05 かなりムカつく感じの

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「やっぱりこの三種類とコーンの組み合わせは最高!」

 麗美は千鶴と並んで高森駅前を歩きながら、〈フォーティーワン〉のトリプルアイスを堪能していた。朝から降り続いていた霧雨は止んでいるものの、空はどんよりとしていて、いつ再び降り出してもおかしくない。もっとも、大好物を目の前にしている今は、頭上の事などほとんど気にならなかった。

「ストロベリー&チョコレート、ハッピーラムネ、きわめ抹茶&チョコチップ……これに勝るものなんてある?」

 千鶴は麗美をチラリと見やっただけで、黙々とたい焼きに齧り付いている。

「千鶴ちゃんのそれ、何味だっけ? 小倉あんじゃなかったよね確か。カスタードクリーム?」

 千鶴はやはり答えず、今度はこちらを見ようともしない。麗美は堪え難い怒りを覚えた。

「ねえ! 聞いてるんだけど?」

 千鶴は虫でも払うかのように左手を振った。

「何その態度! ムカつくんだよ!」

 麗美が後ろに回り込んで背中を思い切り蹴飛ばすと、千鶴は声も上げずにアスファルトの上に倒れ込んだ。

「フン、ざまあみろ」

 麗美はゲームセンターやアパレルショップなどが集まる東方面へ進むと、途中の郵便ポストの隣にあるベンチの真ん中に腰を下ろし、スクールバッグを足元に置いた。憎たらしい友人はいなくなり、これで心置きなくトリプルアイスの攻略だけに集中出来る。

 ──あれ、わたしお金払ったっけ?

 麗美は記憶を辿ってみたが、そもそも店に足を運んだかどうかも怪しくなってきた。

 ──まあいいや、店員が来たら逃げよっと。

 上段のストロベリー&チョコレートを食べ切り、中段のハッピーラムネに取り掛かろうとした時、麗美が向かおうとしていた方向から、夕凪高校の制服を着た少女数人がやって来た。すれ違いざまに会話が聞こえてくる。

「棺の中にいるんだって」

「森の一番奥のね」

「次に起きたら、もう誰にも止められないかもね」

 ──次に起きたら。

 麗美は去りゆく少女たちの背中をぼんやり見送った。

「そういえば、一度封印したのって誰だっけ?」

「え、覚えてないの?」麗美の独り言に、左隣に座る亜衣が答えた。「麗美ちゃんも知ってるあの子だよ」

「あの子……?」

「そう、あの子だよ」麗美の右隣に座る七海が引き継いだ。「余計な事をしたばっかりに死んだ、愚かな娘」

「死んだ……?」麗美は眉をひそめた。「え……誰?」

「はあ~? ボケたの?」

「ウケるんだけど!」

 亜衣と七海はゲラゲラと笑い出した。

「うるさい馬鹿にするな!」

 麗美は食べかけのアイスを放ると、両端二人の髪を乱暴に引っ張った。どちらも痛がらずに笑い続けているのを目にすると、更なる怒りと若干の恐怖を覚えた。

「もういい……わたし図書室に行くから! 絵美子に会いに行く!」

「望月なら森だぞ」郵便ポストにもたれ掛かるようにして立つ秋山が言った。

「先生! 有難うございます」

 麗美は元来た道を走って戻ると、一階にゲームセンターが入っているビルとドラッグストアが入っているビルの狭い隙間に入り込んだ。そのままの体勢だと両肩がつっかえるので、横向きになる。あの暗い森への最短ルートがこんな所にあるなんて、自分以外に知っている人間なんているのだろうかと考えると、口元に笑みが浮かんだ。
 思ったようにスムーズに進めず、制服が壁に擦れる度に苛立ちながらも通り抜けると、お目当ての森の入口が姿を現した。

「この奥……か」

 麗美はためらっていたが、やがて意を決すると森に足を踏み入れた。無数に生い茂る木々の葉が微かな光さえも受け入れておらず、まるで分厚い緑の遮光カーテンを上から被せたかのようだ。

 ──怖いけど……早く行かなきゃ。

 何故なら、絵美子が棺の中で眠っているからだ。きっと寝顔も美しいのだろう。まさしく眠れる森の美女だ。

 ──……あれ?

 麗美は違和感に首を捻った。

 ──棺の中にいるのって……絵美子なんだっけ?

「麗美」

 自分を呼ぶ微かな声が聞こえ、麗美はハッと顔を上げた。

「絵美子? いるの?」

 走り出した麗美は、それ程進まないうちに誰かとぶつかり、反動でよろめいた。

「麗美。遅いじゃない」

「ああ、ごめん絵美──」

 麗美はひゅっと息を呑んだ。
 同性でも思わず見惚れてしまう整った顔は、そこにはなかった。あちこちが溶けたように崩れており、ほとんど原形を留めていない。鼻と唇はほとんど残っておらず、右の眼窩は空っぽの黒い穴。左目は飛び出し、今にも溢れ落ちそうだ。

「麗美があまりにも遅いものだから、こんなになっちゃったのよ」

 かろうじて残っているボロボロの前歯二本を見せ、絵美子は笑いかけた。
 

「おはよう麗美ちゃん」

「あ、おはよう……」

 正門から学校内に入ってすぐに、麗美は七海と出くわした。

「麗美ちゃん、いつもより早いんじゃない?」

 言いながら、七海は右手側の食堂と第二校舎の間にある時計台を見やった。長針はチャイムの鳴る二〇分前を指している。

「ああ、うん。一本早いバスで来たんだ。変な夢のせいか中途半端な時間に目が覚めちゃって、二度寝するには微妙で」

「へえ。どんな夢を見たの?」

「その……」

 三人の友人たちの腹立たしい態度と、彼女たちへ感情のままに振るった暴力、そしてグロテスクな姿に変わり果てた絵美子。

「途中まで、かなりムカつく感じの」

「あらら、そうだったの? そんなの現実だけで充分だってのにね」

 麗美は曖昧に笑い返した。自然と七海の髪に視線が移る。たとえ夢の中だとしても、二度とあんな事はしたくないと思った。


 ──……あれ。

 七海と連れ立って教室に入り、自分の席までやって来た麗美は、ふと強烈な違和感を覚えた。

 ──まただ。この前と同じ。何かがおかしい。

 教室内には、麗美と七海を含めて一五人前後の生徒たち。立っていたり座っていたり、誰かと喋っていたり読書をしていたり机に突っ伏していたり。あまり綺麗とは言えない黒板、一部列の乱れた机や椅子、壁に貼られた掲示物にポスター、後方壁際のロッカーと掃除用具入れ、全て明かりが点いている蛍光灯。窓から見えるのは、昨日とよく似た、いつ降り出してもおかしくないような曇り空。

 ──全然わかんない。わかんないけど……

 どうにもスッキリしないままだったが、いつまでも突っ立っているわけにもいかず、諦めて椅子に腰を下ろした。持ち物一式を取り出そうと、机の上に置いたスクールバッグの中に手を入れた時、誰かの指先が麗美の首筋をゆっくりと撫でた。

「うひゃっ!」

 飛び上がらんばかりに驚いた麗美の後ろには、笑う亜衣と千鶴がいた。

「あ、ああ……」麗美は息を吐き出した。「何かと思っちゃった」

「ゴメンゴメン、ちょっと驚かせたかったの! 途中で気付かれるかなと思ったんだけど」

「私たち、今来たんですよ。おはようございます、麗美さん」

「う、うん、おはよう」

 亜衣と千鶴は再び笑った。七海も自分の席に座り、こちらを見て笑っている。
 夢の中で味わったものと同じどす黒い感情── かなりムカつく感じの──が迫り上がって来るのを感じた麗美は、同じように笑う事で無理矢理振り払った。
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