14 / 45
第二章 学校の異変
04 昔々のそのまた昔……
しおりを挟む
「わたし、おかしくなっちゃったのかなあ……」麗美は机に突っ伏して嘆いた。「幻覚に幻聴? 重症だよねこれ」
「極度のストレス……じゃないでしょうか」麗美の前の席に座った千鶴が優しく答えた。「ほら、一連の丸崎先生の件で。麗美さん、自分のせいかもって考えてるでしょ」
放課後、四組の教室。
夕方以降は雨が強まるらしいという秋山の発言のためか、クラスメートたちは帰りのSHRが終わって三〇分と経たないうちに姿を消し、残っているのは麗美と千鶴だけとなっていた。遠くの方から僅かな声が聞こえてくる以外は静かだ。太陽が姿を隠しているせいで、明かりが点いていてもどことなく薄暗い。
「まあ……それはそうなんだけど……」麗美はゆっくり顔を上げた。「だからって森? 何で?」
体育の授業中に、麗美と千鶴だけが感じた地響き。発信源と思わしき体育館地下の剣道場には、どういうわけか暗い森が広がっていた。更にその奥から、姿は見えないが麗美の知っている声が話し掛けてきた。しかし、千鶴には森が見えておらず、声も耳にしていなかった。
「あの声だって……男だったか女だったかどうかすらも思い出せないし」
「知っている人だったのは間違いないんですか?」
「うん。それに、話していた内容自体は覚えてるんだけどね」
「どんな話を?」
「……えーと……」
〝丸崎は残念だったな、意外としぶとくて〟
「丸崎先生の事を……知ってた。あと──」
〝退屈な日常に、もっと刺激とスリルがほしいんじゃないか?〟
「元気でやってる? みたいな」
〝やっとあの棺から出られたんだ……オレはもっと楽しむつもりだ〟
「それと、棺が云々、とか」
千鶴はポカンとしている。
「というか、千鶴ちゃんの気遣いを否定しちゃうような事言っちゃうけど……わたしだけの精神的な問題なら、どうして千鶴ちゃんにも地響きが聞こえたんだろう」
千鶴はハッとしたように麗美を見た。「確かに」
「それに千鶴ちゃん、わたしが剣道場に入ろうとしたら一度止めたよね。嫌な感じがする、って」
「ええ……そういえばそうでしたね」千鶴は考えるような素振りを見せてから続けた。「あの時は……そう、とにかく怖かったんです。あんな地響き、普通じゃないでしょう? 原因が全く予想付きませんでしたし」
二人が二階に戻ってからは、地響きは一度も起こらなかった。森と謎の声に関係していたのかもはっきりわからないままだ。
「意味があるのかな。わたしたちだけ認識出来たって事に、何かしらの意味が。というかもう、そうであってほしいよ。じゃなきゃ、わたしたちは二人揃ってだいぶおかしいって事じゃん? 特にわたしは。ああもう、こんな話、他の誰にも言えやしないよ」
麗美は少々早口にそう言うと、脱力したように再び机に突っ伏した。
「……よし」短い沈黙の後、千鶴が立ち上がった。「麗美さん、これから高森まで行きませんか?」
「高森に?」
「はい。美味しいものを食べて気分転換です。クレープにソフトクリーム、アイスクリーム、たこ焼き、たい焼き……何でも好きなものを。どうです? もっとも、麗美さんにお金と時間、食欲があればですが……」
高森は夕凪高校の最寄り駅であるJR線若紫から二つ先の、そこそこ大きな駅だ。駅前には一通りの店や施設が揃っており、夕凪高生の定番寄り道スポットでもある。
麗美は休日こそよく足を運ぶものの、登下校に電車を利用しないという事もあり、学校帰りに友人と遊びに行った経験はほとんどなかった。思いも寄らない魅力的な提案に、沈みかけていた心は弾んだ。
「全部あるよ! 行く!」麗美は元気良く立ち上がった。「〈フォーティーワン〉のトリプルアイスにする!」
「じゃあ決まりですね」千鶴は微笑んだ。
「やあ」
「あーっ、千鶴チャンに麗美チャンじゃないの~。お疲れちゃ~ん」
麗美と千鶴が教室を出ると、左側から歩いて来た公彦と中津川雷音に出くわした。
「お二人共、お疲れ様です」
千鶴が気さくに応える横で、麗美は僅かに身を強張らせた。公彦と共にいる雷音は、麗美が苦手とするタイプ──派手で軽くてやかましくて馴れ馴れしい──だからだ。おまけに、これまで一度も会話どころか挨拶すらした事がないというのに、下の名前で呼ばれるとは。
「二人共今帰りぃ~?」
「ええ、これから一緒に高森まで行くんです」
「いいねぇ~! ボクもご一緒したいなぁ~」
──はあ!?
麗美はギョッとして雷音を見やった。
「コラコラ」公彦が苦笑した。
「駄目ですよ。私と麗美さんだけの楽しい時間なんですから。ねえ」
こちらに振り向いて微笑む千鶴に、麗美は無言で何度も頷き返した。
「そっかぁ~残念! ま、デートなら仕方ないねっ。はぁ~、ボクも誰か可愛い女の子とデートしたいな~」
「君はしょっちゅうしてるじゃないか」
「しょっちゅう、であって毎日じゃないでしょ~? 物足りないんだよね~」
「はいはい」
「流石はチャラメガネ君ですね」
三人は笑い合っていたが、麗美にはあまり面白いとは思えなかった。
──そろそろ行きたいんだけどな……。
麗美は内心溜め息を吐いた。普段からそれなりに仲のいい公彦は別として、雷音はどうしても苦手だ。
「そういえば、お二人は何故わざわざこちらに? 帰らないんですか?」
「おれは図書室に本を返しに行くつもりだったんだけど、途中で肝心の本を教室に置き忘れてる事に気付いてさ。取りに戻ろうとしたら、階段の近くで捕まった」
「捕まえちゃった~!」
わざと腕を絡めてくる雷音を軽くあしらうと、公彦は窓から外を見やった。
「先生が言ってた通り、これから雨が強くなるかもしれないし、二人共、気を付けてね」
「はい、有難うございます」
「高森かぁ~。前にボクの祖父から聞いた話を思い出したな」
──まだ喋るつもり!?
ようやく解放されると思っていた麗美は苛立ちを覚えずにはいられなかったが、千鶴と公彦の手前、表に出さないよう努力した。
「話とは?」
──聞かなくていいって千鶴ちゃん!
「昔々のそのまた昔、ここら辺には大きな森が広がってたらしいんだよね」
──え……?
「高森もだけど、夕凪高近くには森の字が付く地名が多いでしょ? その大きな森が由来らしいよ」
「ああ、言われてみれば……」公彦は真顔で相槌を打った。「森下とか小森とか。全然気にした事がなかったな」
麗美と千鶴は思わず顔を見合わせた。
そして確信せざるを得なかった──やはり体育館での一連の出来事には、何かしらの意味があったのだ、と。
「極度のストレス……じゃないでしょうか」麗美の前の席に座った千鶴が優しく答えた。「ほら、一連の丸崎先生の件で。麗美さん、自分のせいかもって考えてるでしょ」
放課後、四組の教室。
夕方以降は雨が強まるらしいという秋山の発言のためか、クラスメートたちは帰りのSHRが終わって三〇分と経たないうちに姿を消し、残っているのは麗美と千鶴だけとなっていた。遠くの方から僅かな声が聞こえてくる以外は静かだ。太陽が姿を隠しているせいで、明かりが点いていてもどことなく薄暗い。
「まあ……それはそうなんだけど……」麗美はゆっくり顔を上げた。「だからって森? 何で?」
体育の授業中に、麗美と千鶴だけが感じた地響き。発信源と思わしき体育館地下の剣道場には、どういうわけか暗い森が広がっていた。更にその奥から、姿は見えないが麗美の知っている声が話し掛けてきた。しかし、千鶴には森が見えておらず、声も耳にしていなかった。
「あの声だって……男だったか女だったかどうかすらも思い出せないし」
「知っている人だったのは間違いないんですか?」
「うん。それに、話していた内容自体は覚えてるんだけどね」
「どんな話を?」
「……えーと……」
〝丸崎は残念だったな、意外としぶとくて〟
「丸崎先生の事を……知ってた。あと──」
〝退屈な日常に、もっと刺激とスリルがほしいんじゃないか?〟
「元気でやってる? みたいな」
〝やっとあの棺から出られたんだ……オレはもっと楽しむつもりだ〟
「それと、棺が云々、とか」
千鶴はポカンとしている。
「というか、千鶴ちゃんの気遣いを否定しちゃうような事言っちゃうけど……わたしだけの精神的な問題なら、どうして千鶴ちゃんにも地響きが聞こえたんだろう」
千鶴はハッとしたように麗美を見た。「確かに」
「それに千鶴ちゃん、わたしが剣道場に入ろうとしたら一度止めたよね。嫌な感じがする、って」
「ええ……そういえばそうでしたね」千鶴は考えるような素振りを見せてから続けた。「あの時は……そう、とにかく怖かったんです。あんな地響き、普通じゃないでしょう? 原因が全く予想付きませんでしたし」
二人が二階に戻ってからは、地響きは一度も起こらなかった。森と謎の声に関係していたのかもはっきりわからないままだ。
「意味があるのかな。わたしたちだけ認識出来たって事に、何かしらの意味が。というかもう、そうであってほしいよ。じゃなきゃ、わたしたちは二人揃ってだいぶおかしいって事じゃん? 特にわたしは。ああもう、こんな話、他の誰にも言えやしないよ」
麗美は少々早口にそう言うと、脱力したように再び机に突っ伏した。
「……よし」短い沈黙の後、千鶴が立ち上がった。「麗美さん、これから高森まで行きませんか?」
「高森に?」
「はい。美味しいものを食べて気分転換です。クレープにソフトクリーム、アイスクリーム、たこ焼き、たい焼き……何でも好きなものを。どうです? もっとも、麗美さんにお金と時間、食欲があればですが……」
高森は夕凪高校の最寄り駅であるJR線若紫から二つ先の、そこそこ大きな駅だ。駅前には一通りの店や施設が揃っており、夕凪高生の定番寄り道スポットでもある。
麗美は休日こそよく足を運ぶものの、登下校に電車を利用しないという事もあり、学校帰りに友人と遊びに行った経験はほとんどなかった。思いも寄らない魅力的な提案に、沈みかけていた心は弾んだ。
「全部あるよ! 行く!」麗美は元気良く立ち上がった。「〈フォーティーワン〉のトリプルアイスにする!」
「じゃあ決まりですね」千鶴は微笑んだ。
「やあ」
「あーっ、千鶴チャンに麗美チャンじゃないの~。お疲れちゃ~ん」
麗美と千鶴が教室を出ると、左側から歩いて来た公彦と中津川雷音に出くわした。
「お二人共、お疲れ様です」
千鶴が気さくに応える横で、麗美は僅かに身を強張らせた。公彦と共にいる雷音は、麗美が苦手とするタイプ──派手で軽くてやかましくて馴れ馴れしい──だからだ。おまけに、これまで一度も会話どころか挨拶すらした事がないというのに、下の名前で呼ばれるとは。
「二人共今帰りぃ~?」
「ええ、これから一緒に高森まで行くんです」
「いいねぇ~! ボクもご一緒したいなぁ~」
──はあ!?
麗美はギョッとして雷音を見やった。
「コラコラ」公彦が苦笑した。
「駄目ですよ。私と麗美さんだけの楽しい時間なんですから。ねえ」
こちらに振り向いて微笑む千鶴に、麗美は無言で何度も頷き返した。
「そっかぁ~残念! ま、デートなら仕方ないねっ。はぁ~、ボクも誰か可愛い女の子とデートしたいな~」
「君はしょっちゅうしてるじゃないか」
「しょっちゅう、であって毎日じゃないでしょ~? 物足りないんだよね~」
「はいはい」
「流石はチャラメガネ君ですね」
三人は笑い合っていたが、麗美にはあまり面白いとは思えなかった。
──そろそろ行きたいんだけどな……。
麗美は内心溜め息を吐いた。普段からそれなりに仲のいい公彦は別として、雷音はどうしても苦手だ。
「そういえば、お二人は何故わざわざこちらに? 帰らないんですか?」
「おれは図書室に本を返しに行くつもりだったんだけど、途中で肝心の本を教室に置き忘れてる事に気付いてさ。取りに戻ろうとしたら、階段の近くで捕まった」
「捕まえちゃった~!」
わざと腕を絡めてくる雷音を軽くあしらうと、公彦は窓から外を見やった。
「先生が言ってた通り、これから雨が強くなるかもしれないし、二人共、気を付けてね」
「はい、有難うございます」
「高森かぁ~。前にボクの祖父から聞いた話を思い出したな」
──まだ喋るつもり!?
ようやく解放されると思っていた麗美は苛立ちを覚えずにはいられなかったが、千鶴と公彦の手前、表に出さないよう努力した。
「話とは?」
──聞かなくていいって千鶴ちゃん!
「昔々のそのまた昔、ここら辺には大きな森が広がってたらしいんだよね」
──え……?
「高森もだけど、夕凪高近くには森の字が付く地名が多いでしょ? その大きな森が由来らしいよ」
「ああ、言われてみれば……」公彦は真顔で相槌を打った。「森下とか小森とか。全然気にした事がなかったな」
麗美と千鶴は思わず顔を見合わせた。
そして確信せざるを得なかった──やはり体育館での一連の出来事には、何かしらの意味があったのだ、と。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる