【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第二章 学校の異変

04 昔々のそのまた昔……

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「わたし、おかしくなっちゃったのかなあ……」麗美は机に突っ伏して嘆いた。「幻覚に幻聴? 重症だよねこれ」

「極度のストレス……じゃないでしょうか」麗美の前の席に座った千鶴が優しく答えた。「ほら、一連の丸崎先生の件で。麗美さん、自分のせいかもって考えてるでしょ」

 放課後、四組の教室。
 夕方以降は雨が強まるらしいという秋山の発言のためか、クラスメートたちは帰りのSHRが終わって三〇分と経たないうちに姿を消し、残っているのは麗美と千鶴だけとなっていた。遠くの方から僅かな声が聞こえてくる以外は静かだ。太陽が姿を隠しているせいで、明かりが点いていてもどことなく薄暗い。

「まあ……それはそうなんだけど……」麗美はゆっくり顔を上げた。「だからって森? 何で?」

 体育の授業中に、麗美と千鶴だけが感じた地響き。発信源と思わしき体育館地下の剣道場には、どういうわけか暗い森が広がっていた。更にその奥から、姿は見えないが麗美の知っている声が話し掛けてきた。しかし、千鶴には森が見えておらず、声も耳にしていなかった。

「あの声だって……男だったか女だったかどうかすらも思い出せないし」

「知っている人だったのは間違いないんですか?」

「うん。それに、話していた内容自体は覚えてるんだけどね」

「どんな話を?」

「……えーと……」

〝丸崎は残念だったな、意外としぶとくて〟

「丸崎先生の事を……知ってた。あと──」

〝退屈な日常に、もっと刺激とスリルがほしいんじゃないか?〟

「元気でやってる? みたいな」

〝やっとあの棺から出られたんだ……オレはもっと楽しむつもりだ〟

「それと、棺が云々、とか」

 千鶴はポカンとしている。

「というか、千鶴ちゃんの気遣いを否定しちゃうような事言っちゃうけど……わたしだけの精神的な問題なら、どうして千鶴ちゃんにも地響きが聞こえたんだろう」

 千鶴はハッとしたように麗美を見た。「確かに」

「それに千鶴ちゃん、わたしが剣道場に入ろうとしたら一度止めたよね。嫌な感じがする、って」

「ええ……そういえばそうでしたね」千鶴は考えるような素振りを見せてから続けた。「あの時は……そう、とにかく怖かったんです。あんな地響き、普通じゃないでしょう? 原因が全く予想付きませんでしたし」

 二人が二階に戻ってからは、地響きは一度も起こらなかった。森と謎の声に関係していたのかもはっきりわからないままだ。

「意味があるのかな。わたしたちだけ認識出来たって事に、何かしらの意味が。というかもう、そうであってほしいよ。じゃなきゃ、わたしたちは二人揃ってだいぶおかしいって事じゃん? 特にわたしは。ああもう、こんな話、他の誰にも言えやしないよ」

 麗美は少々早口にそう言うと、脱力したように再び机に突っ伏した。

「……よし」短い沈黙の後、千鶴が立ち上がった。「麗美さん、これから高森たかもりまで行きませんか?」

「高森に?」

「はい。美味しいものを食べて気分転換です。クレープにソフトクリーム、アイスクリーム、たこ焼き、たい焼き……何でも好きなものを。どうです? もっとも、麗美さんにお金と時間、食欲があればですが……」

 高森は夕凪高校の最寄り駅であるJR線若紫わかむらさきから二つ先の、そこそこ大きな駅だ。駅前には一通りの店や施設が揃っており、夕凪高生の定番寄り道スポットでもある。
 麗美は休日こそよく足を運ぶものの、登下校に電車を利用しないという事もあり、学校帰りに友人と遊びに行った経験はほとんどなかった。思いも寄らない魅力的な提案に、沈みかけていた心は弾んだ。

「全部あるよ! 行く!」麗美は元気良く立ち上がった。「〈フォーティーワン〉のトリプルアイスにする!」

「じゃあ決まりですね」千鶴は微笑んだ。


「やあ」

「あーっ、千鶴チャンに麗美チャンじゃないの~。お疲れちゃ~ん」

 麗美と千鶴が教室を出ると、左側から歩いて来た公彦きみひこ中津川雷音なかつがわらいとに出くわした。

「お二人共、お疲れ様です」

 千鶴が気さくに応える横で、麗美は僅かに身を強張らせた。公彦と共にいる雷音は、麗美が苦手とするタイプ──派手で軽くてやかましくて馴れ馴れしい──だからだ。おまけに、これまで一度も会話どころか挨拶すらした事がないというのに、下の名前で呼ばれるとは。

「二人共今帰りぃ~?」

「ええ、これから一緒に高森まで行くんです」

「いいねぇ~! ボクもご一緒したいなぁ~」

 ──はあ!?

 麗美はギョッとして雷音を見やった。

「コラコラ」公彦が苦笑した。

「駄目ですよ。私と麗美さんだけの楽しい時間なんですから。ねえ」

 こちらに振り向いて微笑む千鶴に、麗美は無言で何度も頷き返した。

「そっかぁ~残念! ま、デートなら仕方ないねっ。はぁ~、ボクも誰か可愛い女の子とデートしたいな~」

「君はしょっちゅうしてるじゃないか」

「しょっちゅう、であって毎日じゃないでしょ~? 物足りないんだよね~」

「はいはい」

「流石はチャラメガネ君ですね」

 三人は笑い合っていたが、麗美にはあまり面白いとは思えなかった。

 ──そろそろ行きたいんだけどな……。

 麗美は内心溜め息を吐いた。普段からそれなりに仲のいい公彦は別として、雷音はどうしても苦手だ。

「そういえば、お二人は何故わざわざこちらに? 帰らないんですか?」

「おれは図書室に本を返しに行くつもりだったんだけど、途中で肝心の本を教室に置き忘れてる事に気付いてさ。取りに戻ろうとしたら、階段の近くで捕まった」

「捕まえちゃった~!」

 わざと腕を絡めてくる雷音を軽くあしらうと、公彦は窓から外を見やった。

「先生が言ってた通り、これから雨が強くなるかもしれないし、二人共、気を付けてね」

「はい、有難うございます」

「高森かぁ~。前にボクの祖父グランパから聞いた話を思い出したな」

 ──まだ喋るつもり!?

 ようやく解放されると思っていた麗美は苛立ちを覚えずにはいられなかったが、千鶴と公彦の手前、表に出さないよう努力した。

「話とは?」

 ──聞かなくていいって千鶴ちゃん!

「昔々のそのまた昔、ここら辺には大きな森が広がってたらしいんだよね」

 ──え……?

「高森もだけど、夕凪高近くには森の字が付く地名が多いでしょ? その大きな森が由来らしいよ」

「ああ、言われてみれば……」公彦は真顔で相槌を打った。「森下もりしたとか小森こもりとか。全然気にした事がなかったな」

 麗美と千鶴は思わず顔を見合わせた。
 そして確信せざるを得なかった──やはり体育館での一連の出来事には、何かしらの意味があったのだ、と。
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