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第二章 学校の異変
06 話し合い
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「失礼します」
「わあ、何気に来るの初めて!」
第二校舎四階、映画同好会部室。
七海と千鶴が中に入ると、亜衣はすぐにドアの鍵を閉めた。
「麗美ちゃんは……図書室?」
「ええ、そう言ってましたよ」
「そっか……」
亜衣の意味深な様子に、七海と千鶴は目配せした。
「今日は映同の活動はないの?」
「うん、だから誰も来ないよ。職員室で鍵を借りる時には、忘れ物を取りに行くついでに掃除もするって言っておいたから、変に思われてないはずだし。あ、荷物はその辺に適当に置いて」
「綺麗ですね。ちゃんと整頓されている」
「二人が来る前に、ざっと片付けておいたの。普段はもっと散らかってるから」
折り畳みテーブルを挟み、亜衣が部室の奥側、七海と千鶴がドア側のパイプ椅子に腰を下ろした。
「で……麗美ちゃんの事で相談って?」
「何か深刻な問題が?」
〝放課後、麗美ちゃんの事でちょっと相談したいんだけど、いいかな?〟
七海と千鶴、それぞれの[MINE]アカウントに、亜衣から個別メッセージが届いたのは、昼休み終了の数分前の事だった。
「深刻……なのかはわからないけど」亜衣はサイドテールを指先で弄りながら答えた。「麗美ちゃんと……望月絵美子に関する話」
「望月……ああ、この間亜衣さんが言ってた──」
「麗美ちゃんが図書室で知り合ったって子だよね」
亜衣は無言で頷いた。
「同じ二年生なのに、名前を全然聞いた事がないんですよね。七海さんは?」
「わたしも全然。あのチャラメガネ君でさえ知らないってさ」
亜衣は再び頷くと、
「二人共、桜庭萌香ちゃんて知ってるよね? 七組の子なんだけど」
唐突に出された別人の名前に、七海と千鶴は少々戸惑いつつも肯定した。萌香とは、二人のどちらも同じクラスだった事はないが、挨拶を交わしたりちょっとした雑談をするくらいの交流はあった。
「昨日の部活の帰りに、昇降口で萌香ちゃんと会って、ちょっとお喋りしたんだ。その流れから、萌香ちゃんがよく図書室を利用してるって話になって。で、麗美ちゃんに関するかなり気になる情報を聞いちゃったんだ」
そこまで言うと、亜衣は口を噤んでしまった。勿体振っているわけではないのだろうが、聞かされている二人からすれば、その間がじれったくもあり、不安を掻き立てられた。
男子生徒たちがはしゃぎながら走る足音が、廊下の向こうから徐々に近付いて来た。通り過ぎる直前、ふざけてバランスを崩したのか、一人が部室のドアにぶつかり大きな音を立てた。三人は体をビクつかせ、更に七海は小さな悲鳴を上げた。
「あ、サーセンッ!」
ドアのガラス越しに、ぶつかった男子生徒がペコペコと頭を下げている。
「おい~、気を付けろよなーっ」
「そうだぞ、ただでさえデブなんだからな!」
「うるせー! サーセンッした~!」
嵐が去ってゆくと、三人はバラバラに小さく息を吐き出し、顔を見合わせて苦笑した。
「えーと、それでその気になる情報とは?」
「ああ、うん……」
亜衣は姿勢を正した。千鶴にはそれが、何気ない動作のようでいてその実、一種の覚悟を決めたかのように見えた。
「この間の木曜日、萌香ちゃんが図書室にいたら麗美ちゃんが一人でやって来て、そのまま真っ直ぐ図書室の奥の方に行くのを見たんだって。その時は別に全然気にしてなかったらしいんだけど、それから少ししたら、麗美ちゃんを探す千鶴ちゃんがドアのとこまで来ていて──」
「ああはい、一緒に帰ろうと思って」
「そうだよね。それで千鶴ちゃんから話を聞いた萌香ちゃんが、代わりに麗美ちゃんを呼びに行った」
亜衣と千鶴のやり取りに、七海はふんふんと頷いた。
「で、その途中で萌香ちゃんは、麗美ちゃんが誰かと喋っているような声を聞いた。全部はっきり聞こえたわけじゃないけど、どうやら相手がエミコって名前の子だという事はわかった。でも萌香ちゃんには、エミコって名前に聞き覚えがなくて、どんな子なのか全然見当が付かなかった」
「桜庭さんも知らないか……」千鶴は腕を組み、小首を傾げた。「よく図書室に行くのなら、知っていてもおかしくなさそうですが……あ、続きをどうぞ」
「うん。それで萌香ちゃんは、左端から二番目の列の奥まで来たんだけど、会話の邪魔しちゃうのは失礼かなって思って一旦その場に止まって待ってた。でもその場でじっと突っ立ってるのも変な感じだったし、ちょっとした好奇心が湧いてきて、本棚の陰から二人の様子をそっと覗いてみたんだって。そうしたら──」
「あー、わかった!」七海は両手でテーブルを軽く叩いた。「望月絵美子は、在校生じゃなくて卒業生だったんでしょ? 制服着て勝手に学校に来て、図書室で本読んでたとか!」
「流石は七海ちゃん、大はずれ」
「えっ!」
千鶴が吹き出すと、亜衣もつられて笑った。
「笑わないでよー。え、じゃあ千鶴ちゃんはわかった?」
「ええ、多分」千鶴は真顔に戻ると亜衣に向き直った。「亜衣さんは桜庭さんよりも前に、麗美さんが望月絵美子と会話しているのを聞いているんですよね?」
「うん。千鶴ちゃんが貧血で保健室に運ばれたからって呼びに行った時に。ああ、あれは水曜日だったから、萌香ちゃんの話の前の日だね」
「実は私、亜衣さんのその話を聞いた時からちょっと引っ掛かってて。一度麗美さん本人に直接聞いてみようか迷ったんですけど、怖気付いて結局やめたんです」
「お、怖気付いて?」七海は目を丸くした。「え、どうして?」
「内容的に、話したら何かが壊れちゃうような気がしましてね」
「え、えと……?」七海は苦笑を浮かべつつ、助けを求めるように亜衣と千鶴を交互に見やった。
「七海ちゃん、わたしがこの間話した内容覚えてる? わたしが麗美ちゃんを呼びに行った時、麗美ちゃんは──ううん、絵美子はどんな様子だったかを」
「ん? えーと……あれ、亜衣ちゃんの位置からは、絵美子の姿が見えなかったって言ってなかった?」
「そう。それともう一つは?」
「もう一つ? ……ああ、声も聞こえなかったって」
「そうですね」亜衣の代わりに千鶴が静かに答えた。「そして桜庭さんも、同じ経験をした。そうでしょう亜衣さん」
「んっ?」七海は眉をひそめた。「え、でも桜庭さんはすぐ近くまで……え?」
「そう。萌香ちゃんの場合は、わざわざすぐ近くの本棚の陰から覗いたんだよ。でも……見えなかったし、声も全く聞こえなかった」
ようやく理解した七海は、驚愕に目を見開いた。そんな彼女の視線から逃れるように、亜衣は視線を逸らしつつも言い切った。
「麗美ちゃんは一人だったんだよ。一人で、存在しない相手と会話していたの」
亜衣たち三人が映画同好会の部室に到着したのとほぼ同時刻。
第一図書室の前まで来ておきながら、麗美は中に入ることをためらっていた。
〝麗美があまりにも遅いものだから、こんなになっちゃったのよ〟
麗美はあのおぞましい悪夢を未だに引き摺っていた。もしもこの後絵美子に会えたとして、果たして彼女はいつも通りの正常な姿をしているだろうか。こちらに背を向け本棚を見上げる彼女に声を掛けると、グロテスクな顔が振り向き──そんな馬鹿馬鹿しい妄想が、どうしても頭を過ぎってしまうのだ。
それにも関わらずここまで来たのは、やはり絵美子に会いたいという気持ちが強かったからだ。そこまで惹かれる理由は、あの美しさと優しさ、そして正体不明のミステリアスさ──それら全てが、代わり映えしない毎日に彩りを添えてくれるからだろうと麗美は考えていた。
──わたしが男子だったら、恋心も追加だろうな。
「あれ」
図書室の中から司書の島田がひょっこり顔を出した。
「そこで何してるの? 友達でも待ってる?」
「えっ、ああ、いえ……」
「新しい本入ってるよ。あ、でも借りるならちょっと待ってて。私ちょっと職員室行ってくるから」
「あ、はい……」
異変は、島田が図書室を出てそれ程進まないうちに起こった。
「ん?」
「あっ」
廊下の明かりが一斉に消えてしまった。歩いていた全員が、足を止めずに蛍光灯を見上げる。
「あれ、何で──」
「消えちゃった!」図書室から一番近い三年生の教室から女子生徒が出て来て言った。「教室の電気全部消えちゃったし、廊下まで!」
「こっちもだよ!」その隣の教室から出て来た女子生徒が叫ぶように応えた。「点けようとしても点かなーい!」
「え、ブレーカーでもやられたか?」島田が蛍光灯を見上げたまま首を傾げた。
──あ。
麗美は、図書室の明かりだけは消えていない事に気付いた。
「わあ、何気に来るの初めて!」
第二校舎四階、映画同好会部室。
七海と千鶴が中に入ると、亜衣はすぐにドアの鍵を閉めた。
「麗美ちゃんは……図書室?」
「ええ、そう言ってましたよ」
「そっか……」
亜衣の意味深な様子に、七海と千鶴は目配せした。
「今日は映同の活動はないの?」
「うん、だから誰も来ないよ。職員室で鍵を借りる時には、忘れ物を取りに行くついでに掃除もするって言っておいたから、変に思われてないはずだし。あ、荷物はその辺に適当に置いて」
「綺麗ですね。ちゃんと整頓されている」
「二人が来る前に、ざっと片付けておいたの。普段はもっと散らかってるから」
折り畳みテーブルを挟み、亜衣が部室の奥側、七海と千鶴がドア側のパイプ椅子に腰を下ろした。
「で……麗美ちゃんの事で相談って?」
「何か深刻な問題が?」
〝放課後、麗美ちゃんの事でちょっと相談したいんだけど、いいかな?〟
七海と千鶴、それぞれの[MINE]アカウントに、亜衣から個別メッセージが届いたのは、昼休み終了の数分前の事だった。
「深刻……なのかはわからないけど」亜衣はサイドテールを指先で弄りながら答えた。「麗美ちゃんと……望月絵美子に関する話」
「望月……ああ、この間亜衣さんが言ってた──」
「麗美ちゃんが図書室で知り合ったって子だよね」
亜衣は無言で頷いた。
「同じ二年生なのに、名前を全然聞いた事がないんですよね。七海さんは?」
「わたしも全然。あのチャラメガネ君でさえ知らないってさ」
亜衣は再び頷くと、
「二人共、桜庭萌香ちゃんて知ってるよね? 七組の子なんだけど」
唐突に出された別人の名前に、七海と千鶴は少々戸惑いつつも肯定した。萌香とは、二人のどちらも同じクラスだった事はないが、挨拶を交わしたりちょっとした雑談をするくらいの交流はあった。
「昨日の部活の帰りに、昇降口で萌香ちゃんと会って、ちょっとお喋りしたんだ。その流れから、萌香ちゃんがよく図書室を利用してるって話になって。で、麗美ちゃんに関するかなり気になる情報を聞いちゃったんだ」
そこまで言うと、亜衣は口を噤んでしまった。勿体振っているわけではないのだろうが、聞かされている二人からすれば、その間がじれったくもあり、不安を掻き立てられた。
男子生徒たちがはしゃぎながら走る足音が、廊下の向こうから徐々に近付いて来た。通り過ぎる直前、ふざけてバランスを崩したのか、一人が部室のドアにぶつかり大きな音を立てた。三人は体をビクつかせ、更に七海は小さな悲鳴を上げた。
「あ、サーセンッ!」
ドアのガラス越しに、ぶつかった男子生徒がペコペコと頭を下げている。
「おい~、気を付けろよなーっ」
「そうだぞ、ただでさえデブなんだからな!」
「うるせー! サーセンッした~!」
嵐が去ってゆくと、三人はバラバラに小さく息を吐き出し、顔を見合わせて苦笑した。
「えーと、それでその気になる情報とは?」
「ああ、うん……」
亜衣は姿勢を正した。千鶴にはそれが、何気ない動作のようでいてその実、一種の覚悟を決めたかのように見えた。
「この間の木曜日、萌香ちゃんが図書室にいたら麗美ちゃんが一人でやって来て、そのまま真っ直ぐ図書室の奥の方に行くのを見たんだって。その時は別に全然気にしてなかったらしいんだけど、それから少ししたら、麗美ちゃんを探す千鶴ちゃんがドアのとこまで来ていて──」
「ああはい、一緒に帰ろうと思って」
「そうだよね。それで千鶴ちゃんから話を聞いた萌香ちゃんが、代わりに麗美ちゃんを呼びに行った」
亜衣と千鶴のやり取りに、七海はふんふんと頷いた。
「で、その途中で萌香ちゃんは、麗美ちゃんが誰かと喋っているような声を聞いた。全部はっきり聞こえたわけじゃないけど、どうやら相手がエミコって名前の子だという事はわかった。でも萌香ちゃんには、エミコって名前に聞き覚えがなくて、どんな子なのか全然見当が付かなかった」
「桜庭さんも知らないか……」千鶴は腕を組み、小首を傾げた。「よく図書室に行くのなら、知っていてもおかしくなさそうですが……あ、続きをどうぞ」
「うん。それで萌香ちゃんは、左端から二番目の列の奥まで来たんだけど、会話の邪魔しちゃうのは失礼かなって思って一旦その場に止まって待ってた。でもその場でじっと突っ立ってるのも変な感じだったし、ちょっとした好奇心が湧いてきて、本棚の陰から二人の様子をそっと覗いてみたんだって。そうしたら──」
「あー、わかった!」七海は両手でテーブルを軽く叩いた。「望月絵美子は、在校生じゃなくて卒業生だったんでしょ? 制服着て勝手に学校に来て、図書室で本読んでたとか!」
「流石は七海ちゃん、大はずれ」
「えっ!」
千鶴が吹き出すと、亜衣もつられて笑った。
「笑わないでよー。え、じゃあ千鶴ちゃんはわかった?」
「ええ、多分」千鶴は真顔に戻ると亜衣に向き直った。「亜衣さんは桜庭さんよりも前に、麗美さんが望月絵美子と会話しているのを聞いているんですよね?」
「うん。千鶴ちゃんが貧血で保健室に運ばれたからって呼びに行った時に。ああ、あれは水曜日だったから、萌香ちゃんの話の前の日だね」
「実は私、亜衣さんのその話を聞いた時からちょっと引っ掛かってて。一度麗美さん本人に直接聞いてみようか迷ったんですけど、怖気付いて結局やめたんです」
「お、怖気付いて?」七海は目を丸くした。「え、どうして?」
「内容的に、話したら何かが壊れちゃうような気がしましてね」
「え、えと……?」七海は苦笑を浮かべつつ、助けを求めるように亜衣と千鶴を交互に見やった。
「七海ちゃん、わたしがこの間話した内容覚えてる? わたしが麗美ちゃんを呼びに行った時、麗美ちゃんは──ううん、絵美子はどんな様子だったかを」
「ん? えーと……あれ、亜衣ちゃんの位置からは、絵美子の姿が見えなかったって言ってなかった?」
「そう。それともう一つは?」
「もう一つ? ……ああ、声も聞こえなかったって」
「そうですね」亜衣の代わりに千鶴が静かに答えた。「そして桜庭さんも、同じ経験をした。そうでしょう亜衣さん」
「んっ?」七海は眉をひそめた。「え、でも桜庭さんはすぐ近くまで……え?」
「そう。萌香ちゃんの場合は、わざわざすぐ近くの本棚の陰から覗いたんだよ。でも……見えなかったし、声も全く聞こえなかった」
ようやく理解した七海は、驚愕に目を見開いた。そんな彼女の視線から逃れるように、亜衣は視線を逸らしつつも言い切った。
「麗美ちゃんは一人だったんだよ。一人で、存在しない相手と会話していたの」
亜衣たち三人が映画同好会の部室に到着したのとほぼ同時刻。
第一図書室の前まで来ておきながら、麗美は中に入ることをためらっていた。
〝麗美があまりにも遅いものだから、こんなになっちゃったのよ〟
麗美はあのおぞましい悪夢を未だに引き摺っていた。もしもこの後絵美子に会えたとして、果たして彼女はいつも通りの正常な姿をしているだろうか。こちらに背を向け本棚を見上げる彼女に声を掛けると、グロテスクな顔が振り向き──そんな馬鹿馬鹿しい妄想が、どうしても頭を過ぎってしまうのだ。
それにも関わらずここまで来たのは、やはり絵美子に会いたいという気持ちが強かったからだ。そこまで惹かれる理由は、あの美しさと優しさ、そして正体不明のミステリアスさ──それら全てが、代わり映えしない毎日に彩りを添えてくれるからだろうと麗美は考えていた。
──わたしが男子だったら、恋心も追加だろうな。
「あれ」
図書室の中から司書の島田がひょっこり顔を出した。
「そこで何してるの? 友達でも待ってる?」
「えっ、ああ、いえ……」
「新しい本入ってるよ。あ、でも借りるならちょっと待ってて。私ちょっと職員室行ってくるから」
「あ、はい……」
異変は、島田が図書室を出てそれ程進まないうちに起こった。
「ん?」
「あっ」
廊下の明かりが一斉に消えてしまった。歩いていた全員が、足を止めずに蛍光灯を見上げる。
「あれ、何で──」
「消えちゃった!」図書室から一番近い三年生の教室から女子生徒が出て来て言った。「教室の電気全部消えちゃったし、廊下まで!」
「こっちもだよ!」その隣の教室から出て来た女子生徒が叫ぶように応えた。「点けようとしても点かなーい!」
「え、ブレーカーでもやられたか?」島田が蛍光灯を見上げたまま首を傾げた。
──あ。
麗美は、図書室の明かりだけは消えていない事に気付いた。
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