側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ

文字の大きさ
3 / 8
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

王妃の宣告。「子を産んだら離縁せよ」

しおりを挟む



 東棟の客室に通されてから、小一時間ほど、いまだ荷を解くこともできず、イリアは窓の外をぼんやりと眺めていた。

 これから始まる王宮生活への不安で、何も手につかない。

 一つ、小さなため息をついたとき、コンコンと扉が叩かれた。

 現れたエルザを見て、イリアの心はどんよりと曇った。淡々とした彼女のとりつく島のない様子を目にするだけでげんなりする。

「イリア様、王妃陛下がお呼びでございます。すぐにご参上ください」

 長旅で疲れ切っていたが、一気に目が覚めたようにイリアはまばたきをした。

「……王妃陛下が、私を?」
「はい。お支度を整えてくださいませ」

 フェイラン国王陛下の正妃、リゼット・アーデンは、国内でもっとも広大な領土を有するアクトン公爵家の娘。容姿端麗であり、若き王を支える冷静な女性だと聞いている。

 これまで、イリアが逆立ちしても会うことのできなかった王妃が、まさか、やってきたばかりの側妃に会いたがるなど、想像もしていなかった。

 イリアは不安を押し隠し、衣装を整えた。
 しかし、心の準備は整わないまま、エルザとともに部屋を出た。

 彼女は王妃について何も語らなかった。
 どんな人なのか、聞き出すこともできず、イリアはまるで、身を焼かれているかのような気分になりながら、真っ赤なじゅうたんの上を進んだ。

 重苦しい沈黙の中、ようやく到着した王妃の居室は、意外にも国王の私室とは違う塔にあった。

「イリア・ローレンス様をお連れいたしました」

 エルザの声と同時に、雅やかな扉が静かに開かれた。

 両脇には侍女が並び、その奥には、燃えるような赤い髪を結い上げ、雪のように白い肌をした女が座っていた。

 イリアを目に止めた彼女は立ち上がることなく、柔らかくほほえんだ。イリアはハッとし、視線を床に落とすと、身をかがめて胸の前で手を重ねた。

「お目にかかれて、光栄でございます。イリア・ローレンスと申します」
「ようこそ、イリア。正しい礼をありがとう。あなたのような方なら……陛下もお心を開かれるかもしれませんね」

 イリアはほっと息をつく。

 挨拶は間違っていなかった。
 その上、リゼットの声は柔らかく、まるで、花弁の上をなでるそよ風のように優しかった。

 しかし、次の瞬間には、思いもよらないことを言われ、イリアはリゼットを凝視してしまっていた。

「あなたを呼んだのは、ほかでもありません。陛下から部屋への出入りを禁じられたと聞きましたよ。その意識の低さは問題ですね」

 静かだけれど、厳しさのある声音に、イリアの身体はぞわりと震えた。

「あなたは目的を理解してこちらへ参ったはずです。所詮、何も知らない田舎者とあざ笑われることのないようになさらないといけませんよ」
「……も、申し訳ございません」

 またしても、気を許しそうになっていた自分を後悔した。

 ここに味方は誰ひとりとしていない。
 王妃も侍女も……夫となる陛下ですら、イリアに同情し、甘やかすことはない。

「イリア、あなたは誤解しているかもしれませんね」

 誤解は何もないはず。世継ぎを欲する王家のために、イリアは尽くすだけ。しかし、早速、陛下に遠ざけられ、リゼットは心配しているのだろう。

「わたくしから、この結婚の条件をお伝えします」
「はい……」

 イリアは深くこうべを垂れた。

 側妃に嫉妬するどころか、後継問題を政治的瑕疵ととらえるリゼットとは立場が違いすぎた。

 リゼットは口を開く前、ほんの一瞬、目を伏せた。まるで、何かを自分に言い聞かせるように。そして、自身の役割を果たすかのように、堂々とした声音で言った。

「あなたは世継ぎを産んだら、子を置いて、速やかに王宮を離れなさい。陛下との離縁が、この結婚の絶対的な条件です」

 イリアは叫び出しそうになるのを、ぐっとこらえた。いっさいの感情を含まない声が、せめてもの救いだった。なぐさみは、かえって残酷だった。

 しかし、イリアは自身の行く末を案じずにはいられなかった。

 優雅な後宮生活など、何ひとつ保証されていない。我が子を取り上げられ、父の待つ屋敷へ帰される。それが、どれほどみじめなものか、想像するのはたやすかった。

 それでも、イリアは唇を噛みしめた。

 与えられた役割を受け入れることはできても、望まれるままに微笑むだけの人生を歩むつもりはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜

水都 ミナト
恋愛
 マリリン・モントワール伯爵令嬢。  実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。  地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。 「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」 ※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。 ※カクヨム様、なろう様でも公開しています。

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...