側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ

文字の大きさ
7 / 8
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

離縁なんて許さない

しおりを挟む



 イリアは自室の机に座り、結婚請願書の白い紙を前にして迷っていた。

 羽根ペンを握ってみるが、どうしてもサインできない。心の奥でふくらむのは、ためらいばかりだった。

(このまま、本当に結婚して……大丈夫だろうか)

 彼はリゼットと結婚したときと同じように、義務を果たそうとしているだけではないのか。

 最初はその義務すら放棄していたのだから、イリアにとって喜ぶべき歩み寄りなのに、ためらうのはやはり、フェイランの傷ついた目を見てしまったからだ。

 とうとう、羽根ペンを投げ出した。胸が苦しくて、どうにもサインする気になれない。

「イリア様、お庭へ出かけられますか?」

 そばに控えていたエルザが話しかけてくる。

 さっさとサインを書いて、フェイランのもとへ届けたかっただろうに、嫌味のひとつも言わず、どうしたことだろう。

「あなたの仕事を邪魔してるわけじゃないの」
「陛下の心を動かしたのは、イリア様だけです」

 イリアは面食らってしまった。

「何を言うの」
「これまでの無礼、大変申し訳ございませんでした。陛下がこれ以上傷つくお姿を見るのは忍びなく、田舎から来た側妃様がすぐに見限られるようにと、わざと……誤った礼をお教えしましたことも」

 エルザはまぶたを伏せて頭を下げた。

「……そうだったの」

 すっかり驚いたイリアだが、エルザが急に態度を改めた理由にようやく気づいた。

「エルザ……あなたには、肩身の狭い思いをさせてるわね」

 エルザほどに卒のない仕事をする侍女なら、側妃の面倒を見るなど、屈辱だろう。今まで、それに気づかず、ねぎらうことはなかった。

 結婚請願書を見て、少しはエルザも認めてくれたのかもしれないと、イリアは素直に謝罪した。

 エルザはいつものように無表情で返事をしなかったが、肩にショールをかけてくれた。細やかな気づかいに、イリアは礼を伝えると、バルコニーから庭園へと足を踏み出した。

 朝露に濡れた芝生を歩くと、ひんやりとした空気が少しだけ心を落ち着ける。

 イリアはふと、足を止めた。

 青々と繁る樹木の葉の奥に、フェイランが立っていた。彼はイリアに気づくと、静かに歩み寄ってくる。

「このようなところで……どうされたのですか?」

 フェイランは城内でさえあまり歩き回らない。まして、執務室から遠い庭園に来る理由は見当たらなかった。

 彼はわずかに口もとをゆるめて笑った。

「あなたに会いに来たのだ」
「……陛下、そんな、恐れ多いことを」

 イリアがすぐさま身を引いて頭をさげると、彼はサッと彼女の手をつかんだ。

「……書いたか?」

 すぐに、結婚請願書のことを言っているのはわかった。イリアは小さく息を飲み、ためらいながら答えた。

「それが……陛下……陛下にお願いがございます」
「聞こう」
「……私は、陛下の幸せを願っております」

 イリアは顔をあげ、フェイランを見つめた。まぶしい朝の光を浴びる彼は穏やかな目をしていた。

 彼は変わった。どうしてかはわからない。しかし、だからこそ、イリアは言わなければいけなかった。

「陛下は、人を愛することができるお優しいお方です。ですから……、リゼット様と今一度お話になられて、愛する方と結婚してください」
「いま……何を言った?」

 フェイランは衝撃を受けた顔をしていた。

「……はい。出過ぎた真似をしていることはわかっています。どのような処分も甘んじて受け入れます。ですが、私は陛下にどうしてもお幸せになっていただきたいのです」
「だから、あなたはどうするのだ」
「……お許しいただけるなら、父のもとへ帰してください。私は……愛する方を思い、ひっそりと生きてまいります」
「愛する男とは誰なのだっ! 言え、イリア!」

 フェイランは眉間にしわを寄せ、その整った顔を嫉妬と怒りで歪ませた。

 その姿はまるで、手に入らないものを力ずくで奪おうとする獣のようだった。彼がこんなふうに感情を見せるとは思ってもみなかった。

「それは……申し上げられません」
「なぜだ……」

 フェイランはうなり声をあげると、あっという間にイリアを抱き寄せ、強く強く抱きすくめると唇を重ねた。

「離縁する気か? そんなことを言うな、イリア」
「離縁も何も、私たちは……」
「私の心をこれほど乱しておいて、あなたは何もないというのかっ」

 心臓が跳ね、体中に血が一気に駆け巡った。イリアは目を見開いたまま、息を忘れた。

 そのとき、背後でガサガサと木の葉が揺れ、どこからか、かすかな花の香りがした。

 この香りは、どこかで嗅いだことのある香水の匂い。まさか──

「リゼット……、なぜここに」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

処理中です...