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側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
「あなたは……どうしたい?」切ない問いかけ
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*
夢から目覚めたイリアが、静かにまぶたを開けると、すぐ目の前にフェイランの顔があった。
夜明け前の淡い光が、こちらをのぞき込む彼の顔を浮かび上がらせる。
「……陛下?」
かすれた声に、フェイランがわずかに身を引く。気まずそうに息をついたその姿に、イリアの胸が不思議とざわめいた。
「どうされたのですか?」
「眠れなかった」
短い答えのあと、フェイランはベッドの端に腰を下ろした。その背中はいつものように拒絶するものではない。
何か話したいことがあるのかもしれない。イリアが身体を起こし、見守っていると、彼はぽつりとつぶやく。
「……結婚請願書を書こうと思う」
思いもよらない言葉に、イリアはまばたきをした。
「請願書……ですか?」
「そうだ。王の署名をもって、正式な婚姻として記録する文書だ。本来ならば、すでに提出されるべきものだったが……」
振り返ったフェイランは、わずかに視線をそらす。
「いずれ離縁するつもりだった。だから、必要ないと思っていた」
イリアは何も言えずに黙っていた。
側妃として扱うことなく、王都のはずれにある屋敷に住まわせようとしていたのだ。
今なら、わかる。その決断はもっとも侮辱的であるにも関わらず、彼はそれを優しさだと思っていたのだと。
「……責められても仕方がない。だが今は、あなたにみじめな思いをさせたくない」
思わず、イリアはフェイランの背中にすがるように、ひたいを押し付けていた。
「私は、何も……何も気にしてはおりません。私は……」
言われるがままに嫁いできただけ……。
そう言いかけて、イリアは唇をかんだ。それを言葉にしたら、ひどく彼も自分も傷つける気がした。
「あなたは……王になど興味はないのだろう?」
何を誤解したのか、フェイランはあざけるように小さく笑った。
違う。……今は違う。彼は誤解している。だけど、きっぱりと否定できない。少なくとも、父から結婚するよう言われたときは、伯爵家の対面ばかり考えていたのではないか。
そんな自分が何を言っても、傷ついた彼に信用などしてもらえないだろう。
「あなたは……どうしたい?」
フェイランは戸惑いを浮かべた顔で、イリアの肩に触れた。
もしかしたら、務めを果たしたいと告げたら、彼はそのようにしてくれるかもしれない。結婚請願書を書く気になったのは、そのつもりがあるからだろう。そして、イリアを離縁という形で解放する気なのだ。
「こうして毎晩訪ねるのは、重荷でしたか……?」
フェイランは黙っていた。肯定を恐れているのだろう。
イリアは思い切って口を開いた。
「……リゼット様とお子をもうけられた方が、よいのではありませんか」
その言葉は自身を傷つけた。胸がぎゅっと苦しくなり、嫌だ嫌だと叫び出しそうだった。
「イリア……」
フェイランは初めてイリアの名を呼んだ。
戸惑うイリアの顔をのぞき込み、片腕で彼女の背中を抱き寄せる。
思いのほか、たくましい腕に驚いた。
剣よりも筆を好む王。
そう聞かされていたが、フェイランはひそかに鍛えているのではないか。そう感じられるほどに、胸板も硬くて厚みがあった。
「それは……できない」
「どうして……」
次第に昇る朝日が、彼の顔をくっきりと照らし出す。なぜか、彼は絶望に似た表情をしていた。
「リゼットは、兄の婚約者だった」
「ウルリック殿下の……?」
イリアは衝撃を受け、まばたきを忘れた。
「そうだ。兄が亡くなったあと、アクトン公爵は王家との結びつきを得るために、私に彼女を娶らせた。……だが、彼女の心は、ずっと兄のもとにある」
「だから……」
リゼットはフェイランとは別の塔に暮らしているのか。もしかしたら、結婚後、一度もふたりは同じ夜を過ごしたことがないのかもしれない。
フェイランはまぶたを伏せ、かすかな笑みを浮かべる。
「私は、兄の代わりに王となった。だが、リゼットにとって、私の存在は何のなぐさめにもならない」
その表情は、まるで自分の存在そのものを責めているようだった。
消えてしまいそうなほどに傷ついた彼のほおに伸ばしかけた手を、イリアは引っ込めた。
彼を深く知らない自分では、どんな行動もなぐさめにはならない。ただ、その孤独を見ていられず、イリアは強く引き寄せてくる彼の腕の中で、静かに息をこらえるしかなかった。
夢から目覚めたイリアが、静かにまぶたを開けると、すぐ目の前にフェイランの顔があった。
夜明け前の淡い光が、こちらをのぞき込む彼の顔を浮かび上がらせる。
「……陛下?」
かすれた声に、フェイランがわずかに身を引く。気まずそうに息をついたその姿に、イリアの胸が不思議とざわめいた。
「どうされたのですか?」
「眠れなかった」
短い答えのあと、フェイランはベッドの端に腰を下ろした。その背中はいつものように拒絶するものではない。
何か話したいことがあるのかもしれない。イリアが身体を起こし、見守っていると、彼はぽつりとつぶやく。
「……結婚請願書を書こうと思う」
思いもよらない言葉に、イリアはまばたきをした。
「請願書……ですか?」
「そうだ。王の署名をもって、正式な婚姻として記録する文書だ。本来ならば、すでに提出されるべきものだったが……」
振り返ったフェイランは、わずかに視線をそらす。
「いずれ離縁するつもりだった。だから、必要ないと思っていた」
イリアは何も言えずに黙っていた。
側妃として扱うことなく、王都のはずれにある屋敷に住まわせようとしていたのだ。
今なら、わかる。その決断はもっとも侮辱的であるにも関わらず、彼はそれを優しさだと思っていたのだと。
「……責められても仕方がない。だが今は、あなたにみじめな思いをさせたくない」
思わず、イリアはフェイランの背中にすがるように、ひたいを押し付けていた。
「私は、何も……何も気にしてはおりません。私は……」
言われるがままに嫁いできただけ……。
そう言いかけて、イリアは唇をかんだ。それを言葉にしたら、ひどく彼も自分も傷つける気がした。
「あなたは……王になど興味はないのだろう?」
何を誤解したのか、フェイランはあざけるように小さく笑った。
違う。……今は違う。彼は誤解している。だけど、きっぱりと否定できない。少なくとも、父から結婚するよう言われたときは、伯爵家の対面ばかり考えていたのではないか。
そんな自分が何を言っても、傷ついた彼に信用などしてもらえないだろう。
「あなたは……どうしたい?」
フェイランは戸惑いを浮かべた顔で、イリアの肩に触れた。
もしかしたら、務めを果たしたいと告げたら、彼はそのようにしてくれるかもしれない。結婚請願書を書く気になったのは、そのつもりがあるからだろう。そして、イリアを離縁という形で解放する気なのだ。
「こうして毎晩訪ねるのは、重荷でしたか……?」
フェイランは黙っていた。肯定を恐れているのだろう。
イリアは思い切って口を開いた。
「……リゼット様とお子をもうけられた方が、よいのではありませんか」
その言葉は自身を傷つけた。胸がぎゅっと苦しくなり、嫌だ嫌だと叫び出しそうだった。
「イリア……」
フェイランは初めてイリアの名を呼んだ。
戸惑うイリアの顔をのぞき込み、片腕で彼女の背中を抱き寄せる。
思いのほか、たくましい腕に驚いた。
剣よりも筆を好む王。
そう聞かされていたが、フェイランはひそかに鍛えているのではないか。そう感じられるほどに、胸板も硬くて厚みがあった。
「それは……できない」
「どうして……」
次第に昇る朝日が、彼の顔をくっきりと照らし出す。なぜか、彼は絶望に似た表情をしていた。
「リゼットは、兄の婚約者だった」
「ウルリック殿下の……?」
イリアは衝撃を受け、まばたきを忘れた。
「そうだ。兄が亡くなったあと、アクトン公爵は王家との結びつきを得るために、私に彼女を娶らせた。……だが、彼女の心は、ずっと兄のもとにある」
「だから……」
リゼットはフェイランとは別の塔に暮らしているのか。もしかしたら、結婚後、一度もふたりは同じ夜を過ごしたことがないのかもしれない。
フェイランはまぶたを伏せ、かすかな笑みを浮かべる。
「私は、兄の代わりに王となった。だが、リゼットにとって、私の存在は何のなぐさめにもならない」
その表情は、まるで自分の存在そのものを責めているようだった。
消えてしまいそうなほどに傷ついた彼のほおに伸ばしかけた手を、イリアは引っ込めた。
彼を深く知らない自分では、どんな行動もなぐさめにはならない。ただ、その孤独を見ていられず、イリアは強く引き寄せてくる彼の腕の中で、静かに息をこらえるしかなかった。
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