春風のインドール

色部耀

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最後の授業

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 生田先生はホワイトボードに『循環とは』と書き記す。循環……。私はその言葉を聞いて七月の初めに先生が家に来てくれたときのことを思い出した。循環型社会、人の気持ちも環境中のエネルギーとかと同じように一方的に得ることはできないといった話だったように思う。

「以前細川さんには少しだけ話をさせていただいたかと思います。何かを得続けることはできず、また与え続けることもできない――。環境中の資源やエネルギー、栄養などは使えば使うほど枯渇していきます。畑に肥料を撒かずに収穫ばかりしていると作物が育たなくなることを考えると分かりやすいかと思います。私がこっそり行っているコンポストによるパーマカルチャーというのもこの循環を行うためのものです」

 コンポストと聞くと生田先生に敬意を持つ私も初めて会ったときの不快感を少し思い出してしまう。

「地球規模で言うとすれば、化石燃料や原子燃料などの地下資源を地上で消費するだけの状態も私は良くないものではないかと思っています。固形化して地球内部にあったエネルギーが地表へと一方的に移動してしまっているのですから。それは化石燃料であろうと原子燃料であろうと同じです。二酸化炭素濃度や放射物汚染など小難しいことを考える必要は無いのです。良いか悪いかは人間の主観でしかありませんが、一方的に地球内部にあったものを地表に出してしまえば環境は変化するのは間違いありません。環境保全をしたいのであれば地表と地中での循環は必要なのです。……と少し余計な話をしてしまいましたね」

 生田先生はそう言うと、ホワイトボードを再度掲げ直した。

「循環。それは意志が無ければある程度は自然と行われるものなのです。それは人の関係においても同じだと考えています。何かを得続けることはできず、また与え続けることもできない――。そして循環の面白いところなのですが、他が無ければ自は存在せず、また自が存在しなければ他も存在しないという点です」

 ホワイトボードに丸で囲われた自という文字と他という文字が書き加えられる。概念的な話のようで少し難しいけれど私は集中して生田先生の話を聞き続けた。

「物質もエネルギーも一か所に留まり続けることはありません。細胞膜で区切られた生物であっても細胞の外側にある世界と物質やエネルギーを交換し続けています。人の想いや行動も同じように考えられます。ずっと自分の中にだけ、自分のためだけに想いや行動を向けることはできません。誰かと、自ではなく他と交換し続けていくことになります。つまり、生きている限り誰かの想いや行動が自分の中に入ってくることがあり、自分の想いや行動が他人の中に入っていくことがあるということです」

 生田先生はホワイトボードに書かれた丸に覆われた自という文字とその外側に書かれた他という文字を両矢印で結ぶ。

「なぜ今このような話を細川さんに向けて話したかというとですね」

 生田先生はそう言うとホワイトボードを壁に立てかけて私に向き合った。

「細川さんの想いや行動が細川さんと接した私たちの中にしっかり入っているということ。また細川さんの中にも私たちの想いや行動が入っているということ。そのことを覚えていて欲しいと思ったからです。そしてもう一点……」

 そこで一呼吸置くと、生田先生はゆっくりと優しい話し方で続けた。

「人の関係にも循環が起こるということは、人は必ず誰かを必要とするし誰かに必要とされるということでもあります。私も真紀さんも、この園芸部では細川さんのことを大変必要としてきました。もちろん単なる水やりの作業者というわけではなく一人の人間としてです。これから細川さんが転校した先でも必ず誰かに必要とされる場面が訪れることでしょう。だからもし挫けそうなことがあっても思い出してください。生きている限り自分はこの世界に必要とされるということを」

 優しい話し方だったが力強い言葉でもあった。生きている限り自分はこの世界に必要とされる――。生田先生から貰ったこの言葉はずっと忘れることはないだろう。この言葉はもしかしたら私だけではなく、過去に生田先生が後悔しているという生徒にも伝えたかった言葉なのだろうと思うと心に刺さる。

「ありがとうございます。今の言葉はずっと大切にさせてもらいます」

 いつか、私もこの言葉や想いを誰かに循環させる日が来るかもしれないのだから。
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