7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第六章〈王太子の受難〉編

6.2 騎士の十戒(2)

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 書簡の発送がほぼ終わり、急使と書記たちは広間から出て行った。
 長い夜になるかもしれないから今のうちに休息を取ってもらう。
 重臣たちが集まり次第、臨時宮廷を開くのだ。
 私は引き続き、宰相アルマニャック伯と話し込んでいた。

「対応策は私どもが考えます。殿下は王太子ドーファンらしく堂々と振る舞ってください。くれぐれも『私のせいだ』などと言わないように」

 さっそく釘を刺された。

「アルマニャック伯に聞きたいことがある」
「何でしょう」
「私は宮廷のお飾りなのだろうか」

 私は無知だった。重臣たちの話は難しくてよくわからない。
 私は宮廷の中心にいながら、いつも傍聴者だった。

「一生懸命に聞いて、理解しようとしているのに全然わからない。まるで外国の言葉を聞いているみたいだ。王太子になるまで、自分がこんなにバカだと思わなかった」

 何が正しくて何が正しくないのか、私には判断できない。
 それなのに、「大儀である」とか「良きに計らえ」とか魔法の呪文を唱えればそれですべて解決する。なんという茶番だろう。

「いつもいつも、私は同じセリフを言わされてるだけだ」

 私は、「こんなのバカでもできる!」と吐き捨てた。

「滅相もない。経験が足りないだけでございましょう」
「つまり、私は子供だということじゃないか」
「殿下……」
「アンジューのルネやシャルロットでも王太子が務まるかもしれないな」

 ルネは8歳、シャルロットは3歳だったか。
 小さな子供は舌足らずな口調で、大人のしゃべる言葉を真似する。
 何が違うと言うのだろう。

「欲のために私や父上を利用しているのは、母上とブルゴーニュ公だけじゃない。アルマニャック伯、あなたも同じだ!」

 のどまで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。

(ひとりでは何もできないくせに、駄々をこねて癇癪を起こすなんて本当に子供みたいだ)

 アルマニャック伯は、しばらく何かを考えているようだった。

「殿下の不満はごもっとも。ですが、あと5年お待ちください」
「ごねん?」
「5年後、王太子殿下は19歳です。それまでに殿下をフランス王にふさわしい人物に育ててみせます」

 私は、その年齢の根拠は何かと尋ねた。

「昔、殿下の曾祖父ジャン二世がイングランドに捕らわれ、当時は王太子だったシャルル五世が国王代理となったことはご存知ですね。賢明王が政治の表舞台に立ったのは19歳でした。いまの殿下はまだ14歳。重臣たちの話についてこれなくても恥ではありません」

 アルマニャック伯は、私が若すぎるせいだと言った。
 バカではない、そんな風に考えてはいけないと。

「5年後、殿下に宮廷をお返しして私は隠居するつもりです。私がもうろくして宰相の身分に執着していたら、遠慮なく追い出してください」
「母上を追放したように?」
「ええ、そうです。王妃は怒っているようですが、殿下は賢明な判断をなさったと思いますよ」

 母のことを想像すると反射的に体がすくむ。
 あの人は奇妙なかわいらしい笑みを浮かべながら騒ぎを起こし、私をからかい、恥をかかせて喜ぶ。
 今回もまた、母が考えた意地悪な余興が始まるのだろうか。

「私はずっと観察していました。王太子殿下は母君との関係を良くしようと試行錯誤なさっていました」
「私は、母上をおとしめるつもりはなかった」
「そうですとも。王妃は政争の元凶であり、殿下が思慕する母君でもあり、さらに無怖公との愛人関係。心中は複雑でしょうに、殿下はすべて上手くいくように思いを巡らせ、危険視される母君との対話を望み、母君の甘い誘惑に惑わされなかった」

 甘い誘惑。
 口と舌と指でイチゴを舐めとられた一件だろうか。
 それとも、母の手が私の膝に触れて、さらに上へ伸びてくるのを押さえていた一件だろうか。
 アルマニャック伯はどこまで知っているのだろう。

「誘惑ではなく、脅迫だったかもしれませんね。私にも覚えがあります」
「母上が何か?」
「昔、私も過ちをおかした。ただそれだけのこと」

 にわかに信じられなかった。
 アルマニャック伯は、「信じられないでしょうが、このじじいも『ぼうや』だった時代がありました」と笑った。

「殿下は非情ではなく、むしろ情の深い御方です。しかしながら、王国のために私情を捨てることもできる」
「私情を捨てるとは?」
「王妃追放のことですよ。ずいぶん悩んでおられましたね。けれど、殿下は決断した」

 アルマニャック伯は、「そもそも、情のない人間は悩みませんよ」と付け加えた。

「殿下は未熟ですが、名君となる資質をお持ちです。自信を持ちなさい」
「アルマニャック伯はいつも心地よい言葉をかけてくれる。だからこそ、あなたを信じていいか分からない」

 私は疑心暗鬼に駆られていたが、ヒトを疑う後ろめたさも感じていた。
 気まずくて黙りこむと、アルマニャック伯は「若いころ私は騎士シュバリエでした。賢明王とゲクラン閣下から多くを学び、老いた今も騎士道を重んじています」と続けた。

 この物語を読んでいる読者諸氏は「騎士の十戒」をご存知だろうか。
 力を持つものの責任と戒めを記した10ヶ条の誓約だ。


====================

1.不動の信仰と神への服従。

2.人々の精神的支柱となる「腐敗なき」教会を守護する崇高な心。

3.弱き者に手を差し伸べ、ともに生き、助け、守る慈悲心。

4.生活の場であり、生きる糧となる祖国への愛国心。

5.共同体とともに生き、苦楽を分かち合い、敵前から逃げない勇気。

6.信仰心と良心を破壊しようとする邪悪に立ち向かう不屈の精神。

7.主君に対する絶対的な忠誠心。

8.真実から目を背けず、誓いに誠実であること。

9.寛大に、惜しみなく与えること。

10.邪心に抗い、いついかなる時も、どんな場所でも正義をつらぬく信念。

====================


「栄光と勇気は、誰かに見せつけるものではありません。価値ある目的のために発揮してこそ意味がある。そうでないならば、ただの蛮勇です。騎士ではない」

 アルマニャック伯が語る騎士道精神を、ジャンが神妙な顔で聞いていた。
 騎士とは名ばかりの荒くれた戦士も多いが、力と技と高潔な精神を併せ持つ騎士はあらゆる人から尊敬された。
 騎士の十戒は、ジャンにとって文字通りのバイブルなのだ。
 私は騎士志望ではないが、それでも心に響くものがあった。

「アルマニャック伯、私はあなたを信じる」

 老宰相は、叙任を受ける騎士のように私の前にひざまづいた。

「私は未熟者だ。だから5年間、宮廷をあなたに託す」
「謹んでお受けいたします」

 アルマニャック伯は私の手を取ると、うやうやしく口づけした。
 手の甲にする口づけは、相手への敬愛をあらわす。

「何が起きているのか包み隠さず教えてほしい。いま、王国がひどい状況にあることは分かってる。私はもっと知らなければならない」

 私は知りたい。知らなければならない。
 いままで、そしていま何が起きているかを。






(※)騎士の十戒はさまざまなバリエーションがあり、本作では騎士道文学の研究者レオン・ゴーティエの解釈をもとにしています。
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