7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第六章〈王太子の受難〉編

6.1 騎士の十戒(1)母妃と無怖公のクリスマスプレゼント

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 クリスマス休暇は12月24日から1月1日まで。
 23日は「仕事納め」になる。
 休暇期間中は、日常的な仕事は最小限に抑えられる。
 農村の民も、都市の住人も、宮廷の貴族や役人もみな同じだ。
 イエス・キリストの生誕を祝いながら家族と過ごす。
 期間中、外出するのは教会でミサがある25日だけだ。

 1417年12月23日、イブの前日。

 私の母・淫乱王妃イザボー・ド・バヴィエールと愛人・無怖公ブルゴーニュ公から一足早いクリスマスプレゼントが届いた。
 王太子ドーファンシャルルの横暴を非難する声明と、対立政府の樹立である。



***



 私は、侍従長で従兄でもあるデュノワ伯ジャンに急かされ、大広間に連れていかれた。
 重臣たちを集めて宮廷を開く場所だ。
 ここでは「王太子」として振る舞うため、緊張感のある部屋だが、この日はいつもの比ではなかった。
 ありったけの侍従と役人が集められ、雑用担当の小姓ペイジがひっきりなしに出入りしている。
 小姓たちは、私やジャンと同じくらいの年頃で、年配の重臣はまだいなかった。

 広間の奥に、宰相アルマニャック伯がいた。
 護衛のひとりが、王太子が来たと「お触れ」を出そうとしたが、私は引き止めた。
 王太子に敬礼するためだけに、彼らの仕事を中断させたくなかった。
 書記たちが何枚もの書類をしたためている。
 書き終わると宰相の裁可を得て、使者に書簡が託された。

封蝋シーリングを乾かす暇もなさそうだ)

 アルマニャック伯は私に気づくと、羽ペンを動かしながら話し始めた。

「個人用の書斎では手狭なので、広間をお借りしています。ご容赦ください」
「うん、構わないよ」

 椅子をすすめられたが、私は座らなかった。
 ジャンも立ったままだ。

「近いうちに何か仕掛けてくると予想してましたが、クリスマス休暇の前日にやらかすとは。あの方たちは敬虔な信仰心をまったく持ち合わせていないようです」

 アルマニャック伯は、「一杯食わされましたな」と口角を上げた。
 この後に及んで、笑う余裕があることに驚かされる。
 休暇に入ったら、王太子を擁するアルマニャック派は年明けまで動けなくなる。
 母たちは、宮廷の対応が遅れることを見越して、イブ前日に行動を起こしたのだろう。
 遠方からパリへ来て出仕する者は、24日以前にシフトを調整してすでに故郷へ旅立っている。

 今日の午前中、宮廷は閑散としていた。
 残っている者も休暇を控えて浮かれていた。
 急報が届いた午後は、休暇前とは思えないほどに緊張が張り詰めていた。

「明日から休暇で、今日の宮廷はのんびりしていたのに」
「ご安心ください。パリの城下と近郊に住む重臣たちは、日暮れまでに駆けつけます」

 たとえ、いつものメンバーが揃わなくても、臨時の宮廷を開かなければならない。

「母上が私を非難していると聞いた」
「親子でも、夫婦でも、きょうだいでも、友人でも、すれ違うことはあります」

 そうだとしても、対立政府を打ち立てるとは極端すぎる。
 何よりも私を打ちのめしたのは、この「王太子の横暴を非難する声明」である。

「私が悪かったのだろうか」

 どうしてこうなってしまったのだろう。
 私は、何か言わずにいられなかった。

「母上ともっと話し合っていたら、こんなことにならなかったかもしれない」

 私は、書記たちがいることも忘れて、後悔と自責の念を口にした。

「ブルゴーニュ公とも話をすればよかった」

 数ヶ月前、ブルゴーニュ公の嫡男シャロレー伯フィリップと対面した。
 フィリップは「話をする時間が欲しい」と望み、私は「貴公だけを特別扱いすることはできない」と退けた。
 短い時間だったが、彼はまじめに王国を憂いていた。

「あのときシャロレー伯フィリップは、私のことを中立的な人物だと評価してくれた」

 もっと話をしていたら、フィリップはブルゴーニュ公と和解するための橋渡しをしてくれたかもしれない。このような事態になる前に。

「せめて手紙を託すとか、もっと……もっと何かやり方があったはずだ。私はバカで宮廷のことを何も知らないのに、分かり合う努力をしなかった。だからこんなことになったんだ!」

 アルマニャック伯は、「いいえ。そうではありません」と諭すように言った。
 もう笑ってはいなかった。

「母君も無怖公も、非情でしたたかです。私欲のために、宮廷を知らない殿下を利用しようとしたではありませんか。距離を置いたことは正しい判断でした」
「そうですよ。殺されていたかもしれないのに」

 ジャンが、ぼそっと口を挟んだ。

「王子は、王太子は何も知らないんだ」
「なんのこと?」

 私はジャンを見返した。
 ジャンは少し後ろめたそうに、けれどまっすぐに私を見据えた。

「本当はうすうす知っている。気づかないフリして、考えないようにしているだけでしょう? 王太子を守るためにどれだけの人が」

 アルマニャック伯がジャンの話を遮った。

「黙りなさい」

 するどい叱責が、広間の時間を一瞬止めた。
 書記、小姓、使者たちが、ちらちらとこちらの様子をうかがっている。

「口を慎みなさい。言っていいことと悪いことがある」
「……すみません。言い過ぎました」

 ジャンは謝罪したが、言ったことは訂正しなかった。

(そうだ。ジャンの父君はブルゴーニュ公に殺されているんだった)

 母の望みどおり、ブルゴーニュ公の追放を解いたからと言って、この国から問題がなくなるわけではない。
 前にジャンは、「もし無怖公がいたら、俺がこの手でぶっ殺してやる」と声を荒げた。
 仇討ちの意志がどこまで本気かわからないが、ジャンの心には無念がある。シャルル・ドルレアンも同じ思いだろう。
 王弟が殺され、ブルゴーニュ公が赦免されたあと、シャルル・ドルレアンは正当な裁きをもとめる弾劾状を送っている。たしか13歳だったはずだ。

(本当はうすうす知っている。気づかないフリして、考えないようにしてるだけでしょう? 王太子を守るためにどれだけの人が)

 ジャンの父、王弟オルレアン公は犠牲になった。悲劇を繰り返さないために、私を守るためにどれだけの人が——

 それでも私は、戦いと流血を避けたいと思った。

 ジャンが言いかけたことを、私は正確に理解していなかった。
 自分がとっくに戦いと流血の禍中にいるということに気づいていなかったのだ。
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