9 / 39
第10話 理想の王太子妃
しおりを挟む
第10話 理想の王太子妃
王太子妃候補としての生活は、ガーラにとって目新しいものばかりだった。
「こちらが、本日お仕度されたドレスです」 「まあ……こんなに?」
侍女が広げたのは、淡い色合いの豪華なドレス。
刺繍も宝石も、息をのむほど美しい。
「殿下のお好みに合わせて、控えめで可憐な印象に仕立てております」
「まあ……ありがとうございます」
ガーラは、少し照れたように微笑んだ。
(王太子妃って、こういうものなのね)
贅沢で、華やかで、
そして――考えなくていい。
「ガーラ」
回廊で、エリシオンが声をかける。
「何か困っていることはないか?」
「いいえ、殿下」
彼女は、素直に首を振った。
「皆さまが親切にしてくださいますし、
私は、何も分かりませんから」
その言葉を聞き、エリシオンは満足そうに頷いた。
「それでいい」
はっきりとした口調。
「余計なことを考える必要はない。
政治は俺がやる。お前は、俺の隣で微笑んでいればいい」
ガーラは、少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
従うことに、迷いはなかった。
そうあるべきだと、教えられてきたから。
だが。
その日の午後、王宮の一室で行われた打ち合わせを、
ガーラは偶然、耳にしてしまう。
「殿下、この支出はさすがに……」 「問題ないと言っている」
苛立った声。
「だが、このままでは――」 「細かいことを気にするな!」
扉の向こうで、議論が途切れる。
ガーラは、思わず立ち止まった。
(……細かいこと?)
衣装や調度品に使われる金額。
それが“細かいこと”で済むほど、
国庫は潤っているのだろうか。
(……私、何も分かっていないのよね)
それを、自覚している自分がいた。
夜。
エリシオンの私室で、二人は向かい合って座っていた。
「今日の晩餐会、どうだった?」
「とても……賑やかでしたわ」
「そうだろう」
彼は満足そうに言う。
「お前は、王太子妃として完璧だ」
その言葉に、ガーラは胸が少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます」
だが、同時に。
(……“完璧”って、何なのかしら)
何も言わず、何も考えず、
ただ隣にいること。
それが、完璧?
ふと、思い出す。
以前、王宮で見かけた女性。
静かに書類をまとめ、
誰よりも忙しそうで、
誰よりも目立たなかった人。
(……アヴェンタドール様、でしたわよね)
名前だけは、覚えていた。
なぜだろう。
理由は分からないのに、
胸の奥が、少しだけざわつく。
「どうした?」
「いえ……」
ガーラは、慌てて首を振った。
「何でもありませんわ」
そう言いながら、心の中で小さく呟く。
(本当に……何も考えなくていいのかしら)
その疑問は、まだ弱く、
すぐに消えてしまうほど小さなもの。
だが。
確かにそこに、
“理想の王太子妃”という言葉への、
最初の亀裂が生まれていた。
王太子妃候補としての生活は、ガーラにとって目新しいものばかりだった。
「こちらが、本日お仕度されたドレスです」 「まあ……こんなに?」
侍女が広げたのは、淡い色合いの豪華なドレス。
刺繍も宝石も、息をのむほど美しい。
「殿下のお好みに合わせて、控えめで可憐な印象に仕立てております」
「まあ……ありがとうございます」
ガーラは、少し照れたように微笑んだ。
(王太子妃って、こういうものなのね)
贅沢で、華やかで、
そして――考えなくていい。
「ガーラ」
回廊で、エリシオンが声をかける。
「何か困っていることはないか?」
「いいえ、殿下」
彼女は、素直に首を振った。
「皆さまが親切にしてくださいますし、
私は、何も分かりませんから」
その言葉を聞き、エリシオンは満足そうに頷いた。
「それでいい」
はっきりとした口調。
「余計なことを考える必要はない。
政治は俺がやる。お前は、俺の隣で微笑んでいればいい」
ガーラは、少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
従うことに、迷いはなかった。
そうあるべきだと、教えられてきたから。
だが。
その日の午後、王宮の一室で行われた打ち合わせを、
ガーラは偶然、耳にしてしまう。
「殿下、この支出はさすがに……」 「問題ないと言っている」
苛立った声。
「だが、このままでは――」 「細かいことを気にするな!」
扉の向こうで、議論が途切れる。
ガーラは、思わず立ち止まった。
(……細かいこと?)
衣装や調度品に使われる金額。
それが“細かいこと”で済むほど、
国庫は潤っているのだろうか。
(……私、何も分かっていないのよね)
それを、自覚している自分がいた。
夜。
エリシオンの私室で、二人は向かい合って座っていた。
「今日の晩餐会、どうだった?」
「とても……賑やかでしたわ」
「そうだろう」
彼は満足そうに言う。
「お前は、王太子妃として完璧だ」
その言葉に、ガーラは胸が少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます」
だが、同時に。
(……“完璧”って、何なのかしら)
何も言わず、何も考えず、
ただ隣にいること。
それが、完璧?
ふと、思い出す。
以前、王宮で見かけた女性。
静かに書類をまとめ、
誰よりも忙しそうで、
誰よりも目立たなかった人。
(……アヴェンタドール様、でしたわよね)
名前だけは、覚えていた。
なぜだろう。
理由は分からないのに、
胸の奥が、少しだけざわつく。
「どうした?」
「いえ……」
ガーラは、慌てて首を振った。
「何でもありませんわ」
そう言いながら、心の中で小さく呟く。
(本当に……何も考えなくていいのかしら)
その疑問は、まだ弱く、
すぐに消えてしまうほど小さなもの。
だが。
確かにそこに、
“理想の王太子妃”という言葉への、
最初の亀裂が生まれていた。
31
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした
おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。
真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。
ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。
「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」
「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」
「…今度は、ちゃんと言葉にするから」
婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜
nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。
「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。
だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。
冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。
そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。
「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
婚約破棄された令嬢は、ざまぁの先で国を動かす ――元王太子の後悔が届かないほど、私は前へ進みます』
ふわふわ
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢ロザリーは、
王太子エドワードの婚約者として完璧に役目を果たしてきた――はずだった。
しかし彼女に返ってきたのは、
「聖女」と名乗る平民の少女に心酔した王太子からの一方的な婚約破棄。
感情論と神託に振り回され、
これまでロザリーが支えてきた国政はたちまち混乱していく。
けれど、ロザリーは泣かない。縋らない。復讐に溺れもしない。
「では、私は“必要な場所”へ行きますわ」
冷静に、淡々と、
彼女は“正しい判断”と“責任の取り方”だけで評価を積み上げ、
やがて王太子すら手を出せない国政の中枢へ――。
感情で選んだ王太子は静かに失墜し、
理性で積み上げた令嬢は、誰にも代替できない存在になる。
これは、
怒鳴らない、晒さない、断罪しない。
それでも確実に差がついていく、**強くて静かな「ざまぁ」**の物語。
婚約破棄の先に待っていたのは、
恋愛の勝利ではなく、
「私がいなくても国が回る」ほどの完成された未来だった。
――ざまぁの、そのさらに先へ進む令嬢の物語。
婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした
鍛高譚
恋愛
婚約破棄――
それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。
理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、
失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。
――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。
領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった
“生きるために本当に必要なもの”に向き合い、
誠実に、地道に改革を進めていく。
やがてその努力は住民たちの信頼を集め、
彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。
そんな彼女の隣に立ったのは、
権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。
過去に囚われる者は没落し、
前を向いた者だけが未来を掴む――。
婚約破棄から始まる逆転の物語は、
やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、
誰もが望む結末へと辿り着く。
これは、捨てられた令嬢が
自らの手で人生と未来を取り戻す物語。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる