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第9話 新たな婚約者
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第9話 新たな婚約者
王宮に、新しい風が吹いた――と、人々は噂した。
「王太子殿下の新しい婚約者ですって?」 「今度こそ、殿下にふさわしい方だそうよ」
その日の朝、正式な発表がなされた。
「王太子エリシオン殿下は、
ガーラ・ベリンガム嬢と婚約される」
ざわめきが広がる。
ガーラ・ベリンガム。
伯爵家の令嬢。
おっとりとしていて、柔らかな雰囲気の若い女性。
玉座の間に現れた彼女は、にこやかに微笑んでいた。
「皆さま、初めまして。
至らぬ点も多いかと存じますが、よろしくお願いいたしますわ」
その声は穏やかで、少しだけ頼りない。
「まあ、可愛らしい方」 「控えめで、殿下のお好み通りですわね」
貴族たちの評価は、概ね好意的だった。
エリシオンは、満足そうに頷いている。
(そうだ……こういう女だ)
賢さを誇らず、前に出ず、
自分を脅かさない存在。
これこそが、理想の妃。
「ガーラ」
彼は、あえて親しげに名を呼んだ。
「何か困ったことがあれば、遠慮なく言うといい」
「はい、殿下」
ガーラは、にこりと微笑む。
「殿下にお任せいたしますわ。
私は、何も分かりませんから」
その言葉に、エリシオンは心地よさを覚えた。
(そうだ、それでいい)
その頃。
広間の隅で、数人の官僚が視線を交わしていた。
「……本当に、大丈夫なのか?」 「分かりません、と言い切れる妃候補、初めて見ましたね」
かつて、
“分からなくても、何とかしてくれる人”
が、ここにいたことを、彼らは思い出す。
――同じ日の午後。
ガーラは、王太子妃候補として、
王宮内の案内を受けていた。
「こちらが、衣装室です」 「まあ……素敵ですわ」
彼女は目を輝かせる。
「王太子妃として、このくらいの贅沢は必要ですものね?」
案内役の侍女が、一瞬、言葉に詰まった。
「……ええ、まあ」
「お金を使えば使うほど、経済は回りますわ」
ガーラは、本気でそう信じているようだった。
「贅沢は、王太子妃の務めですもの」
悪気はない。
疑いもない。
ただ、そう教えられて育っただけ。
その夜。
「殿下、こちらが今月の予算案です」
官僚が提出した書類に、エリシオンは目を通す。
「……増えているな」
「新たな妃候補の衣装や調度品で……」
「構わん」
エリシオンは、即答した。
「必要な出費だ」
官僚は、何も言わず頭を下げる。
その背中に、重たい沈黙が落ちた。
エリシオンは気づいていない。
この宮殿が、
“賢い者が支える王宮”から、
“誰も歯止めをかけない王宮”に変わったことに。
そして。
ガーラは、王太子の隣で微笑みながら、
静かに思っていた。
(……大丈夫かしら)
それが、
彼女が最初に抱いた、
小さな違和感だった。
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王宮に、新しい風が吹いた――と、人々は噂した。
「王太子殿下の新しい婚約者ですって?」 「今度こそ、殿下にふさわしい方だそうよ」
その日の朝、正式な発表がなされた。
「王太子エリシオン殿下は、
ガーラ・ベリンガム嬢と婚約される」
ざわめきが広がる。
ガーラ・ベリンガム。
伯爵家の令嬢。
おっとりとしていて、柔らかな雰囲気の若い女性。
玉座の間に現れた彼女は、にこやかに微笑んでいた。
「皆さま、初めまして。
至らぬ点も多いかと存じますが、よろしくお願いいたしますわ」
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「まあ、可愛らしい方」 「控えめで、殿下のお好み通りですわね」
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エリシオンは、満足そうに頷いている。
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自分を脅かさない存在。
これこそが、理想の妃。
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彼は、あえて親しげに名を呼んだ。
「何か困ったことがあれば、遠慮なく言うといい」
「はい、殿下」
ガーラは、にこりと微笑む。
「殿下にお任せいたしますわ。
私は、何も分かりませんから」
その言葉に、エリシオンは心地よさを覚えた。
(そうだ、それでいい)
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「……本当に、大丈夫なのか?」 「分かりません、と言い切れる妃候補、初めて見ましたね」
かつて、
“分からなくても、何とかしてくれる人”
が、ここにいたことを、彼らは思い出す。
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「こちらが、衣装室です」 「まあ……素敵ですわ」
彼女は目を輝かせる。
「王太子妃として、このくらいの贅沢は必要ですものね?」
案内役の侍女が、一瞬、言葉に詰まった。
「……ええ、まあ」
「お金を使えば使うほど、経済は回りますわ」
ガーラは、本気でそう信じているようだった。
「贅沢は、王太子妃の務めですもの」
悪気はない。
疑いもない。
ただ、そう教えられて育っただけ。
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「……増えているな」
「新たな妃候補の衣装や調度品で……」
「構わん」
エリシオンは、即答した。
「必要な出費だ」
官僚は、何も言わず頭を下げる。
その背中に、重たい沈黙が落ちた。
エリシオンは気づいていない。
この宮殿が、
“賢い者が支える王宮”から、
“誰も歯止めをかけない王宮”に変わったことに。
そして。
ガーラは、王太子の隣で微笑みながら、
静かに思っていた。
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それが、
彼女が最初に抱いた、
小さな違和感だった。
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