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第10話 理想の王太子妃
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第10話 理想の王太子妃
王太子妃候補としての生活は、ガーラにとって目新しいものばかりだった。
「こちらが、本日お仕度されたドレスです」 「まあ……こんなに?」
侍女が広げたのは、淡い色合いの豪華なドレス。
刺繍も宝石も、息をのむほど美しい。
「殿下のお好みに合わせて、控えめで可憐な印象に仕立てております」
「まあ……ありがとうございます」
ガーラは、少し照れたように微笑んだ。
(王太子妃って、こういうものなのね)
贅沢で、華やかで、
そして――考えなくていい。
「ガーラ」
回廊で、エリシオンが声をかける。
「何か困っていることはないか?」
「いいえ、殿下」
彼女は、素直に首を振った。
「皆さまが親切にしてくださいますし、
私は、何も分かりませんから」
その言葉を聞き、エリシオンは満足そうに頷いた。
「それでいい」
はっきりとした口調。
「余計なことを考える必要はない。
政治は俺がやる。お前は、俺の隣で微笑んでいればいい」
ガーラは、少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
従うことに、迷いはなかった。
そうあるべきだと、教えられてきたから。
だが。
その日の午後、王宮の一室で行われた打ち合わせを、
ガーラは偶然、耳にしてしまう。
「殿下、この支出はさすがに……」 「問題ないと言っている」
苛立った声。
「だが、このままでは――」 「細かいことを気にするな!」
扉の向こうで、議論が途切れる。
ガーラは、思わず立ち止まった。
(……細かいこと?)
衣装や調度品に使われる金額。
それが“細かいこと”で済むほど、
国庫は潤っているのだろうか。
(……私、何も分かっていないのよね)
それを、自覚している自分がいた。
夜。
エリシオンの私室で、二人は向かい合って座っていた。
「今日の晩餐会、どうだった?」
「とても……賑やかでしたわ」
「そうだろう」
彼は満足そうに言う。
「お前は、王太子妃として完璧だ」
その言葉に、ガーラは胸が少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます」
だが、同時に。
(……“完璧”って、何なのかしら)
何も言わず、何も考えず、
ただ隣にいること。
それが、完璧?
ふと、思い出す。
以前、王宮で見かけた女性。
静かに書類をまとめ、
誰よりも忙しそうで、
誰よりも目立たなかった人。
(……アヴェンタドール様、でしたわよね)
名前だけは、覚えていた。
なぜだろう。
理由は分からないのに、
胸の奥が、少しだけざわつく。
「どうした?」
「いえ……」
ガーラは、慌てて首を振った。
「何でもありませんわ」
そう言いながら、心の中で小さく呟く。
(本当に……何も考えなくていいのかしら)
その疑問は、まだ弱く、
すぐに消えてしまうほど小さなもの。
だが。
確かにそこに、
“理想の王太子妃”という言葉への、
最初の亀裂が生まれていた。
王太子妃候補としての生活は、ガーラにとって目新しいものばかりだった。
「こちらが、本日お仕度されたドレスです」 「まあ……こんなに?」
侍女が広げたのは、淡い色合いの豪華なドレス。
刺繍も宝石も、息をのむほど美しい。
「殿下のお好みに合わせて、控えめで可憐な印象に仕立てております」
「まあ……ありがとうございます」
ガーラは、少し照れたように微笑んだ。
(王太子妃って、こういうものなのね)
贅沢で、華やかで、
そして――考えなくていい。
「ガーラ」
回廊で、エリシオンが声をかける。
「何か困っていることはないか?」
「いいえ、殿下」
彼女は、素直に首を振った。
「皆さまが親切にしてくださいますし、
私は、何も分かりませんから」
その言葉を聞き、エリシオンは満足そうに頷いた。
「それでいい」
はっきりとした口調。
「余計なことを考える必要はない。
政治は俺がやる。お前は、俺の隣で微笑んでいればいい」
ガーラは、少しだけ目を瞬かせた。
「……はい」
従うことに、迷いはなかった。
そうあるべきだと、教えられてきたから。
だが。
その日の午後、王宮の一室で行われた打ち合わせを、
ガーラは偶然、耳にしてしまう。
「殿下、この支出はさすがに……」 「問題ないと言っている」
苛立った声。
「だが、このままでは――」 「細かいことを気にするな!」
扉の向こうで、議論が途切れる。
ガーラは、思わず立ち止まった。
(……細かいこと?)
衣装や調度品に使われる金額。
それが“細かいこと”で済むほど、
国庫は潤っているのだろうか。
(……私、何も分かっていないのよね)
それを、自覚している自分がいた。
夜。
エリシオンの私室で、二人は向かい合って座っていた。
「今日の晩餐会、どうだった?」
「とても……賑やかでしたわ」
「そうだろう」
彼は満足そうに言う。
「お前は、王太子妃として完璧だ」
その言葉に、ガーラは胸が少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます」
だが、同時に。
(……“完璧”って、何なのかしら)
何も言わず、何も考えず、
ただ隣にいること。
それが、完璧?
ふと、思い出す。
以前、王宮で見かけた女性。
静かに書類をまとめ、
誰よりも忙しそうで、
誰よりも目立たなかった人。
(……アヴェンタドール様、でしたわよね)
名前だけは、覚えていた。
なぜだろう。
理由は分からないのに、
胸の奥が、少しだけざわつく。
「どうした?」
「いえ……」
ガーラは、慌てて首を振った。
「何でもありませんわ」
そう言いながら、心の中で小さく呟く。
(本当に……何も考えなくていいのかしら)
その疑問は、まだ弱く、
すぐに消えてしまうほど小さなもの。
だが。
確かにそこに、
“理想の王太子妃”という言葉への、
最初の亀裂が生まれていた。
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