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1-3 幼き婚約者と揺れる王子の心
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第1章1-3 幼き婚約者と揺れる王子の心
アコード・リュミエールは、あの午後の柔らかな陽光を忘れられない。
王宮の中庭で、ディオール公爵の娘――セリカ・ディオールと出会った日のことだ。
そのとき、彼女はまだ四歳。
ふわふわとした金の髪を揺らし、両手でスカートをつまんで小さくお辞儀をした。
「セリカ・ディオールですの。アコード王子様、どうぞよろしくお願いいたします」
その発音は完璧で、言葉の選び方にも一切の乱れがなかった。
大人たちは微笑ましく見守り、アコードは思わず笑ってしまった。
「はは、立派なご挨拶だね。セリカ嬢は、お人形さんみたいだ」
するとセリカは、少しむっとしたように頬をふくらませた。
「わたくしは、お人形ではありませんのよ。ちゃんと考えますの」
その言葉に、アコードは言葉を失った。
――四歳の子供が、“考えますの”とはっきり言うだろうか。
その瞳の奥には、確かに理性の光があった。
---
それから、彼女が王宮を訪れるたびに、アコードは気づかされる。
幼いはずの少女が、驚くほど大人びた洞察を見せることに。
ある日、王妃がセリカに尋ねた。
「セリカちゃんは、大きくなったら何になりたいの?」
彼女は少し考えてから、こう答えた。
「わたくし、王子様のお役に立つおとなになりたいですの。でも、勉強をもっとしなくちゃだめですのね」
その瞬間、周囲の大人たちは微笑んだ。だが、アコードだけは胸の奥がざわついた。
――彼女は、“役に立つ”と言った。
四歳の子供が、自分の存在価値を「誰かの役に立つこと」で表現する。
それは純粋で、同時に痛ましくもあった。
彼女がまだ世界を知らないまま、すでに“期待される存在”として形作られていることに、アコードは奇妙な罪悪感を覚えた。
---
「セリカ嬢は、たいへん賢いお子です。公爵家の教育の賜物でしょうな」
周囲の貴族たちはそう言って称賛した。
しかしアコードには、その言葉が心地よく響かなかった。
称賛の裏にある“期待”という重圧を、幼い彼女が背負っているのを感じたからだ。
自分は王族。
政略のために婚約することなど、当然の義務だと教えられてきた。
それでも――この小さな少女に、それを押し付けることが本当に正しいのか。
彼はいつしか、セリカを「婚約者」ではなく「守るべき存在」として見始めていた。
笑えばうれしく、泣けば慰めたくなる。
純粋で、まだ何にも染まっていないその瞳を、政治の駒にしたくはなかった。
---
ある日の午後、セリカは庭園で花冠を作っていた。
アコードはその様子を、書類を手にしたまま少し離れたベンチから眺めていた。
セリカは小さな手で器用に花を編みながら、ふと顔を上げて言った。
「アコード様、これ、差し上げますの」
彼女は花冠を差し出し、笑った。
その笑顔は、春の光よりもまぶしかった。
「ありがとう、セリカ。とても綺麗だ」
「わたくし、アコード様のお嫁さんですのよ? だから練習してるんですの」
――お嫁さん。
その言葉を聞いた瞬間、アコードは息を呑んだ。
まるで心臓を優しく握られたような痛みが走る。
四歳の少女の言葉に恋愛の意味などない。けれど、それでも胸が痛んだ。
彼女はただ、教えられた通りにそう言ったのだろう。
「あなたは王子様と結婚するのよ」と、大人たちに言われて。
――その純粋さが、かえって残酷だった。
---
夜、アコードは自室で机に突っ伏したまま、動けずにいた。
「……俺は、いったい何をしているんだ。」
蝋燭の火が揺れ、書類の影が長く伸びる。
幼い彼女を“婚約者”として縛りつけている自分。
王家の名のもとに、まだ夢を知らない少女の未来を定めている。
それがどれほど非情なことか――考えれば考えるほど、心が苦しくなった。
“彼女の未来を守りたい”
その想いは、“彼女を解放したい”という衝動に変わっていった。
婚約を破棄すれば、彼女は自由だ。
だが、政治的には大きな代償を伴う。
それでも――この小さな命を、誰のためでもなく“彼女自身のため”に生きさせてやりたい。
「俺は、間違っているのだろうか……」
答えは出ない。
だが、心のどこかで、すでに彼は決めていた。
“彼女の笑顔を、枷の中で曇らせてはならない。”
それが、アコード王子の最初の“後悔”の始まりだった。
---
アコード・リュミエールは、あの午後の柔らかな陽光を忘れられない。
王宮の中庭で、ディオール公爵の娘――セリカ・ディオールと出会った日のことだ。
そのとき、彼女はまだ四歳。
ふわふわとした金の髪を揺らし、両手でスカートをつまんで小さくお辞儀をした。
「セリカ・ディオールですの。アコード王子様、どうぞよろしくお願いいたします」
その発音は完璧で、言葉の選び方にも一切の乱れがなかった。
大人たちは微笑ましく見守り、アコードは思わず笑ってしまった。
「はは、立派なご挨拶だね。セリカ嬢は、お人形さんみたいだ」
するとセリカは、少しむっとしたように頬をふくらませた。
「わたくしは、お人形ではありませんのよ。ちゃんと考えますの」
その言葉に、アコードは言葉を失った。
――四歳の子供が、“考えますの”とはっきり言うだろうか。
その瞳の奥には、確かに理性の光があった。
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それから、彼女が王宮を訪れるたびに、アコードは気づかされる。
幼いはずの少女が、驚くほど大人びた洞察を見せることに。
ある日、王妃がセリカに尋ねた。
「セリカちゃんは、大きくなったら何になりたいの?」
彼女は少し考えてから、こう答えた。
「わたくし、王子様のお役に立つおとなになりたいですの。でも、勉強をもっとしなくちゃだめですのね」
その瞬間、周囲の大人たちは微笑んだ。だが、アコードだけは胸の奥がざわついた。
――彼女は、“役に立つ”と言った。
四歳の子供が、自分の存在価値を「誰かの役に立つこと」で表現する。
それは純粋で、同時に痛ましくもあった。
彼女がまだ世界を知らないまま、すでに“期待される存在”として形作られていることに、アコードは奇妙な罪悪感を覚えた。
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「セリカ嬢は、たいへん賢いお子です。公爵家の教育の賜物でしょうな」
周囲の貴族たちはそう言って称賛した。
しかしアコードには、その言葉が心地よく響かなかった。
称賛の裏にある“期待”という重圧を、幼い彼女が背負っているのを感じたからだ。
自分は王族。
政略のために婚約することなど、当然の義務だと教えられてきた。
それでも――この小さな少女に、それを押し付けることが本当に正しいのか。
彼はいつしか、セリカを「婚約者」ではなく「守るべき存在」として見始めていた。
笑えばうれしく、泣けば慰めたくなる。
純粋で、まだ何にも染まっていないその瞳を、政治の駒にしたくはなかった。
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ある日の午後、セリカは庭園で花冠を作っていた。
アコードはその様子を、書類を手にしたまま少し離れたベンチから眺めていた。
セリカは小さな手で器用に花を編みながら、ふと顔を上げて言った。
「アコード様、これ、差し上げますの」
彼女は花冠を差し出し、笑った。
その笑顔は、春の光よりもまぶしかった。
「ありがとう、セリカ。とても綺麗だ」
「わたくし、アコード様のお嫁さんですのよ? だから練習してるんですの」
――お嫁さん。
その言葉を聞いた瞬間、アコードは息を呑んだ。
まるで心臓を優しく握られたような痛みが走る。
四歳の少女の言葉に恋愛の意味などない。けれど、それでも胸が痛んだ。
彼女はただ、教えられた通りにそう言ったのだろう。
「あなたは王子様と結婚するのよ」と、大人たちに言われて。
――その純粋さが、かえって残酷だった。
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夜、アコードは自室で机に突っ伏したまま、動けずにいた。
「……俺は、いったい何をしているんだ。」
蝋燭の火が揺れ、書類の影が長く伸びる。
幼い彼女を“婚約者”として縛りつけている自分。
王家の名のもとに、まだ夢を知らない少女の未来を定めている。
それがどれほど非情なことか――考えれば考えるほど、心が苦しくなった。
“彼女の未来を守りたい”
その想いは、“彼女を解放したい”という衝動に変わっていった。
婚約を破棄すれば、彼女は自由だ。
だが、政治的には大きな代償を伴う。
それでも――この小さな命を、誰のためでもなく“彼女自身のため”に生きさせてやりたい。
「俺は、間違っているのだろうか……」
答えは出ない。
だが、心のどこかで、すでに彼は決めていた。
“彼女の笑顔を、枷の中で曇らせてはならない。”
それが、アコード王子の最初の“後悔”の始まりだった。
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