見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
4 / 108

1-3 幼き婚約者と揺れる王子の心

しおりを挟む
第1章1-3 幼き婚約者と揺れる王子の心

 アコード・リュミエールは、あの午後の柔らかな陽光を忘れられない。
 王宮の中庭で、ディオール公爵の娘――セリカ・ディオールと出会った日のことだ。

 そのとき、彼女はまだ四歳。
 ふわふわとした金の髪を揺らし、両手でスカートをつまんで小さくお辞儀をした。
 「セリカ・ディオールですの。アコード王子様、どうぞよろしくお願いいたします」
 その発音は完璧で、言葉の選び方にも一切の乱れがなかった。

 大人たちは微笑ましく見守り、アコードは思わず笑ってしまった。
 「はは、立派なご挨拶だね。セリカ嬢は、お人形さんみたいだ」
 するとセリカは、少しむっとしたように頬をふくらませた。
 「わたくしは、お人形ではありませんのよ。ちゃんと考えますの」

 その言葉に、アコードは言葉を失った。
 ――四歳の子供が、“考えますの”とはっきり言うだろうか。
 その瞳の奥には、確かに理性の光があった。


---

 それから、彼女が王宮を訪れるたびに、アコードは気づかされる。
 幼いはずの少女が、驚くほど大人びた洞察を見せることに。

 ある日、王妃がセリカに尋ねた。
 「セリカちゃんは、大きくなったら何になりたいの?」
 彼女は少し考えてから、こう答えた。
 「わたくし、王子様のお役に立つおとなになりたいですの。でも、勉強をもっとしなくちゃだめですのね」

 その瞬間、周囲の大人たちは微笑んだ。だが、アコードだけは胸の奥がざわついた。
 ――彼女は、“役に立つ”と言った。
 四歳の子供が、自分の存在価値を「誰かの役に立つこと」で表現する。
 それは純粋で、同時に痛ましくもあった。

 彼女がまだ世界を知らないまま、すでに“期待される存在”として形作られていることに、アコードは奇妙な罪悪感を覚えた。


---

 「セリカ嬢は、たいへん賢いお子です。公爵家の教育の賜物でしょうな」
 周囲の貴族たちはそう言って称賛した。
 しかしアコードには、その言葉が心地よく響かなかった。
 称賛の裏にある“期待”という重圧を、幼い彼女が背負っているのを感じたからだ。

 自分は王族。
 政略のために婚約することなど、当然の義務だと教えられてきた。
 それでも――この小さな少女に、それを押し付けることが本当に正しいのか。

 彼はいつしか、セリカを「婚約者」ではなく「守るべき存在」として見始めていた。
 笑えばうれしく、泣けば慰めたくなる。
 純粋で、まだ何にも染まっていないその瞳を、政治の駒にしたくはなかった。


---

 ある日の午後、セリカは庭園で花冠を作っていた。
 アコードはその様子を、書類を手にしたまま少し離れたベンチから眺めていた。
 セリカは小さな手で器用に花を編みながら、ふと顔を上げて言った。
 「アコード様、これ、差し上げますの」
 彼女は花冠を差し出し、笑った。

 その笑顔は、春の光よりもまぶしかった。

 「ありがとう、セリカ。とても綺麗だ」
 「わたくし、アコード様のお嫁さんですのよ? だから練習してるんですの」

 ――お嫁さん。

 その言葉を聞いた瞬間、アコードは息を呑んだ。
 まるで心臓を優しく握られたような痛みが走る。
 四歳の少女の言葉に恋愛の意味などない。けれど、それでも胸が痛んだ。

 彼女はただ、教えられた通りにそう言ったのだろう。
 「あなたは王子様と結婚するのよ」と、大人たちに言われて。
 ――その純粋さが、かえって残酷だった。


---

 夜、アコードは自室で机に突っ伏したまま、動けずにいた。
 「……俺は、いったい何をしているんだ。」
 蝋燭の火が揺れ、書類の影が長く伸びる。

 幼い彼女を“婚約者”として縛りつけている自分。
 王家の名のもとに、まだ夢を知らない少女の未来を定めている。
 それがどれほど非情なことか――考えれば考えるほど、心が苦しくなった。

 “彼女の未来を守りたい”
 その想いは、“彼女を解放したい”という衝動に変わっていった。

 婚約を破棄すれば、彼女は自由だ。
 だが、政治的には大きな代償を伴う。
 それでも――この小さな命を、誰のためでもなく“彼女自身のため”に生きさせてやりたい。

 「俺は、間違っているのだろうか……」

 答えは出ない。
 だが、心のどこかで、すでに彼は決めていた。

 “彼女の笑顔を、枷の中で曇らせてはならない。”

 それが、アコード王子の最初の“後悔”の始まりだった。


---
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。 王太子エドモンド殿下曰く、 「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。 ……それなら結構ですわ。 捨ててくださって、ありがとうございます。 行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、 冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。 「俺と“白い結婚”をしないか。  互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」 恋愛感情は一切なし。 ――そんなはずだったのに。 料理を褒めてくれる優しい声。 仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。 私の手をそっと包む温もり。 気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。 そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、 祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。 「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」 アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、 私の世界は大きく動き出した。 偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。 追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、 契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。 これは、 捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、 大逆転のラブストーリー。 ---

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

処理中です...