見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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1-2 決断 ――「君の未来を、縛ってはいけない」

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第1章1-2 決断 ――「君の未来を、縛ってはいけない」

 リュミエール王国の王宮は、朝の光に包まれていた。
 金色に輝くシャンデリアが天井から下がり、大理石の床には窓から差し込む陽光が反射している。
 豪奢、荘厳、完璧――だが、その中心に立つ一人の青年の胸中は、重く沈んでいた。

 第一王子、アコード・リュミエール。
 十八歳。国の未来を背負う男。
 けれど今、彼の頭にあるのは政治でも外交でもなく――“一人の少女”のことだった。

 ――ディオール公爵家の令嬢、セリカ。

 今日、正式に婚約者として紹介される少女。
 年齢、わずか四歳。
 彼女との婚約は、王家と公爵家の結束を示すための重要な政治的手段だった。

 「……四歳、か。」

 アコードは小さくため息を吐いた。
 王子として生きてきた彼は、政略の意味を理解している。
 けれど、心のどこかでその理屈を受け入れきれなかった。
 ――彼女の人生は、まだ始まったばかりなのに。

 そのとき、重厚な扉がゆっくりと開かれた。
 王宮の執事が高らかに声を上げる。

 「ディオール公爵閣下、並びに令嬢セリカ・ディオール様、ご入場!」

 響き渡る声。足音。
 そして――小さな影が差し込んだ。

 ふわり、と金色の髪が揺れる。
 朝陽を受けて煌めくその姿は、まるで絵画の中から抜け出した妖精のようだった。
 その少女――セリカは、ゆっくりと歩み出て、アコードの前で完璧な礼を見せた。

 「初めまして、アコード王子様。」

 ――完璧だった。
 四歳とは思えぬ所作。言葉の節回し。
 しかし、同時にその瞳の奥には“子供の無垢さ”が宿っている。
 天使のような微笑みを浮かべる彼女に、アコードは一瞬、何も言葉を返せなかった。

 「……初めまして、セリカ嬢。」

 ようやく声を絞り出し、アコードは膝を折って目線を合わせる。
 同じ高さで見たその瞳は、驚くほどまっすぐで、透明だった。
 何も知らぬ純粋さと、何かを見透かすような知性が同居している――そんな不思議な瞳だった。

 アコードは微笑みながらも、胸の奥がざわついた。
 ――彼女を、自分の婚約者として扱っていいのか?
 十六歳で結婚するとして、自分はその頃三十歳を超えている。
 彼女の未来を縛ることが、“正しい”とは思えなかった。

 だが、彼女の無垢な笑顔は、彼の心を和ませもした。
 王族としての冷徹な理性と、人としての情がせめぎ合う。


---

 時は流れ、季節が一つ過ぎた。

 アコードは定期的にセリカと面会するようになっていた。
 最初は形式的な顔合わせ――政治的儀礼の一環に過ぎなかった。
 だが、回を重ねるうちに、彼の印象は少しずつ変わっていく。

 セリカは驚くほど聡明だった。
 小さな手で絵本をめくり、すらすらと文字を読み、時折、大人顔負けの質問をする。
 「どうして貴族は税を取るのですか?」
 「そのお金で、みんなが幸せになってるんですの?」

 その言葉に、アコードは何度も息をのんだ。
 大人でも避けて通るような質問を、たった四歳の少女が真っ直ぐに投げかけてくるのだ。
 しかもその瞳には、純粋な探究心しかない。

 「……セリカ嬢、君は難しいことを聞くね。」
 「難しいことですの? じゃあ、私、もう少し勉強しないといけませんわね!」

 彼女の無邪気な笑顔が、アコードの心を揺らす。
 “この子は、きっと大きくなったら世界を変える”。
 彼はそう確信していた。


---

 ある日、王宮の庭園。
 花々が咲き誇り、噴水が光を反射してきらめいていた。
 セリカは花の間を小走りに駆け、アコードの手を引いた。

 「アコード様! このお花、とっても綺麗ですわ! でもね――」
 セリカは真剣な顔で続けた。
 「もっとたくさんの種類を植えたら、きっともっと素敵になりますの!」

 アコードは思わず笑みをこぼす。
 「君の言う通りだ。色とりどりの花で、この庭をもっと明るくしてみよう。」
 「まあ! 本当に?」
 「約束しよう、セリカ嬢。」

 嬉しそうに頷く彼女の姿に、アコードはまた胸を締めつけられる。
 ――彼女は未来そのものの象徴だ。
 だが、その未来を縛ろうとしているのは、自分だ。


---

 夜。王宮の一室。
 アコードは蝋燭の火を見つめながら、長い沈黙の末に呟いた。

 「……セリカには、自由であってほしい。」

 王子としての義務と、人間としての情。
 その狭間で、彼は一つの結論にたどり着く。

 「彼女を縛るべきではない。
  私は……彼女を解放すべきだ。」

 翌日、アコードは王に直訴する。
 ――ディオール公爵令嬢との婚約を破棄したい。
 理由は「年齢差が大きすぎるため、彼女の将来のためを思ってのこと」。

 その言葉に、周囲の重臣たちはざわめく。
 しかし、彼の決意は揺らがなかった。

 “正しさ”のために選んだ決断――
 けれど、それが“最大の後悔”になることを、
 このときの彼はまだ知らない。


---

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