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1-1 王子の葛藤 ――「4歳の婚約者?」
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第1章1-1 王子の葛藤 ――「4歳の婚約者?」
リュミエール王国の王宮に、朝の陽光が静かに差し込んでいた。
黄金の装飾が施された柱が輝き、大理石の床はまるで鏡のように光を反射している。
その中央、広すぎるほどの大広間で、一人の青年が小さく息を吐いた。
――アコード・リュミエール。
十八歳にして、王国の第一王子。
整った顔立ちに、しなやかな体躯。誰が見ても「完璧な王子」と呼ぶにふさわしい青年だった。
だが、本人の胸の内は、決して穏やかではなかった。
「……四歳の子供と婚約、ね。」
その言葉を口にした瞬間、アコードの眉がひそめられる。
今日、彼はディオール公爵家の令嬢――セリカ・ディオールと正式に顔合わせをする。
政治的な婚約。そう、愛情ではなく国家の安定を目的とした政略結婚だ。
ディオール家は莫大な領地と財力を誇り、王国経済の要。王族として、この縁談を避けることはできない。
しかし、アコードの胸にあるのは義務ではなく、違和感だった。
「たしかに政略上は理にかなっている……けど、相手はたった四歳の幼女だ。
そんな婚約、まともな神経で受け入れられるはずがない。」
誰にも聞かせることのない独白が、静かな大広間に溶けていく。
王族である以上、感情を押し殺し、政治を優先するのは当然。
だが、それでもアコードは、人としてその状況を正しいと思えなかった。
そのとき、広間の扉が静かに開かれた。
重厚な音と共に、ディオール公爵夫妻が入室する。
その後ろに――小さな足音。
アコードは思わず息を呑んだ。
彼女は光をまとっていた。
まだ幼い身体に似合わぬほど上品なドレスを着こなし、金色の髪がふわりと揺れる。
透き通るような瞳は、好奇心と理知の輝きを宿していた。
「アコード王子、こちらが我が娘――セリカ・ディオールです。」
紹介の声に合わせ、セリカは小さな体を深く折り、お辞儀をした。
その所作は完璧で、まるで王宮仕込みの淑女のようだった。
「はじめまして、アコード王子様。」
――完璧だった。
声も、礼も、笑みも。
たった四歳とは思えぬ落ち着きと気品。
それでいて、彼女の目には“子供の無邪気さ”がしっかりと残っていた。
アコードは思わず笑みを返す。
「初めまして、セリカ嬢。」
そう言って、彼は膝を折り、彼女と同じ目線に合わせた。
その瞬間、不思議な感覚が胸を刺した。
目の前の少女は確かに幼い。だが、ただの子供ではない――そんな直感。
その瞳の奥には、何かを理解しているような深い光が宿っていた。
「婚約は、セリカが十六歳になる時か……」
アコードは内心で呟く。
その時、自分は三十歳。十年以上の歳の差――王族なら珍しくない。
だが、常識と理屈が彼の良心を蝕んでいく。
「……本当にこれで、あの子を幸せにできるのか?」
---
季節は過ぎ、セリカとの面会は定期的に行われた。
最初は形式的だったが、次第にアコードの心に変化が生まれる。
セリカは信じられないほど聡明だった。
数字を見て「お金の流れが偏っていますわね」と言い、庭の花を見て「ここの水は栄養が足りません」と指摘する。
公爵家の教育の賜物――それにしても、早熟すぎる。
ある日の午後、王宮の庭園で二人は散歩していた。
セリカは色とりどりの花々を見上げながら、柔らかな声で言った。
「アコード様、このお花、とっても綺麗ですね。でも、もっとたくさん植えたら、もっと素敵になりますの。」
アコードは思わず笑みをこぼす。
「そうだね。君の言う通りだ。もっと多くの人が、この景色を見られたら……」
その先を言葉にできなかった。
彼の胸に、なぜか罪悪感が生まれたのだ。
セリカはあまりにも純粋で、あまりにもまっすぐだ。
彼女の前では、自分が“権力のために人を縛る存在”に見える。
――この婚約は、本当に正しいのか?
このままでは、あの子の自由を奪ってしまうのではないか?
夜、執務室でひとり考え込むアコード。
机の上の蝋燭が、揺れる炎で彼の顔を照らしている。
彼はゆっくりと目を閉じ、静かに決意を呟いた。
「……セリカには、もっと広い世界を見てほしい。
私なんかが、彼女の未来を縛るわけにはいかない。」
それは優しさであり、逃避でもあった。
自分の心が痛むからこそ、“正しさ”という名の剣で、自らを納得させた。
翌朝、王城の鐘が鳴る。
彼の決断は、やがて王国中を騒がせる「公開婚約破棄」として実行される。
その夜、誰もが見守る中――
まだ幼い少女が、ひとつの国を揺るがす言葉を放つことになるとは、
この時のアコードは、知る由もなかった。
---
(文字数:約2,380字)
リュミエール王国の王宮に、朝の陽光が静かに差し込んでいた。
黄金の装飾が施された柱が輝き、大理石の床はまるで鏡のように光を反射している。
その中央、広すぎるほどの大広間で、一人の青年が小さく息を吐いた。
――アコード・リュミエール。
十八歳にして、王国の第一王子。
整った顔立ちに、しなやかな体躯。誰が見ても「完璧な王子」と呼ぶにふさわしい青年だった。
だが、本人の胸の内は、決して穏やかではなかった。
「……四歳の子供と婚約、ね。」
その言葉を口にした瞬間、アコードの眉がひそめられる。
今日、彼はディオール公爵家の令嬢――セリカ・ディオールと正式に顔合わせをする。
政治的な婚約。そう、愛情ではなく国家の安定を目的とした政略結婚だ。
ディオール家は莫大な領地と財力を誇り、王国経済の要。王族として、この縁談を避けることはできない。
しかし、アコードの胸にあるのは義務ではなく、違和感だった。
「たしかに政略上は理にかなっている……けど、相手はたった四歳の幼女だ。
そんな婚約、まともな神経で受け入れられるはずがない。」
誰にも聞かせることのない独白が、静かな大広間に溶けていく。
王族である以上、感情を押し殺し、政治を優先するのは当然。
だが、それでもアコードは、人としてその状況を正しいと思えなかった。
そのとき、広間の扉が静かに開かれた。
重厚な音と共に、ディオール公爵夫妻が入室する。
その後ろに――小さな足音。
アコードは思わず息を呑んだ。
彼女は光をまとっていた。
まだ幼い身体に似合わぬほど上品なドレスを着こなし、金色の髪がふわりと揺れる。
透き通るような瞳は、好奇心と理知の輝きを宿していた。
「アコード王子、こちらが我が娘――セリカ・ディオールです。」
紹介の声に合わせ、セリカは小さな体を深く折り、お辞儀をした。
その所作は完璧で、まるで王宮仕込みの淑女のようだった。
「はじめまして、アコード王子様。」
――完璧だった。
声も、礼も、笑みも。
たった四歳とは思えぬ落ち着きと気品。
それでいて、彼女の目には“子供の無邪気さ”がしっかりと残っていた。
アコードは思わず笑みを返す。
「初めまして、セリカ嬢。」
そう言って、彼は膝を折り、彼女と同じ目線に合わせた。
その瞬間、不思議な感覚が胸を刺した。
目の前の少女は確かに幼い。だが、ただの子供ではない――そんな直感。
その瞳の奥には、何かを理解しているような深い光が宿っていた。
「婚約は、セリカが十六歳になる時か……」
アコードは内心で呟く。
その時、自分は三十歳。十年以上の歳の差――王族なら珍しくない。
だが、常識と理屈が彼の良心を蝕んでいく。
「……本当にこれで、あの子を幸せにできるのか?」
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季節は過ぎ、セリカとの面会は定期的に行われた。
最初は形式的だったが、次第にアコードの心に変化が生まれる。
セリカは信じられないほど聡明だった。
数字を見て「お金の流れが偏っていますわね」と言い、庭の花を見て「ここの水は栄養が足りません」と指摘する。
公爵家の教育の賜物――それにしても、早熟すぎる。
ある日の午後、王宮の庭園で二人は散歩していた。
セリカは色とりどりの花々を見上げながら、柔らかな声で言った。
「アコード様、このお花、とっても綺麗ですね。でも、もっとたくさん植えたら、もっと素敵になりますの。」
アコードは思わず笑みをこぼす。
「そうだね。君の言う通りだ。もっと多くの人が、この景色を見られたら……」
その先を言葉にできなかった。
彼の胸に、なぜか罪悪感が生まれたのだ。
セリカはあまりにも純粋で、あまりにもまっすぐだ。
彼女の前では、自分が“権力のために人を縛る存在”に見える。
――この婚約は、本当に正しいのか?
このままでは、あの子の自由を奪ってしまうのではないか?
夜、執務室でひとり考え込むアコード。
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彼はゆっくりと目を閉じ、静かに決意を呟いた。
「……セリカには、もっと広い世界を見てほしい。
私なんかが、彼女の未来を縛るわけにはいかない。」
それは優しさであり、逃避でもあった。
自分の心が痛むからこそ、“正しさ”という名の剣で、自らを納得させた。
翌朝、王城の鐘が鳴る。
彼の決断は、やがて王国中を騒がせる「公開婚約破棄」として実行される。
その夜、誰もが見守る中――
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