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1-4 別れの対話――幼き才女と若き王子
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第1章 1-4 別れの対話――幼き才女と若き王子
リュミエール王国の春の空は澄みわたり、柔らかな風が白い城壁を撫でていた。
その穏やかな日差しの中で、アコード王子は深く息を吐いた。
――今日で終わりだ。
そう決意してからも、胸の奥が重く沈む。
ディオール公爵家との婚約。それは政治的な結びつきであり、王家と貴族との信頼の象徴でもあった。
だが、幼きセリカ・ディオールを見つめるたびに、アコードはその“象徴”が一人の少女の未来を縛っていることに気づかずにはいられなかった。
“彼女には、自由に生きてほしい。”
それが、彼のわがままでもあり、祈りでもあった。
---
公爵家の客間に通されると、ほどなくして小さな足音が響いた。
リボンを揺らしながら現れたセリカは、相変わらず完璧な礼儀を身につけていた。
まだ四歳とは思えないほどの落ち着きと気品を漂わせている。
「お待たせいたしました、アコード殿下。」
彼女は小さな手でスカートを摘み、完璧な淑女の礼を取った。
アコードは思わず笑みを浮かべたが、すぐにそれを押し殺した。
――今日、彼女に伝えなければならない。
「セリカ、今日は少し……大切な話をしたい。」
その声に、セリカは小さく瞬きをした。
わずかな緊張を見せながらも、怯えることなく椅子に腰を下ろす。
その落ち着いた態度に、アコードの胸が少し痛んだ。
---
「君との婚約のことだ。」
アコードは、静かに言葉を続けた。
「私は長い間、考えてきた。君はまだ幼い。これから多くのことを学び、出会い、未来を選ぶ権利がある。……その未来を、私が縛ってしまっているのではないかと思うんだ。」
セリカは一瞬、黙り込んだ。
その小さな肩がかすかに震えたように見えたが、すぐに顔を上げ、静かに問いかけた。
「……私が子どもだから、ですか?」
その声は澄んでいて、涙の気配など微塵もない。
アコードは少し驚きながらも、誠実に答えた。
「そうだ。君はまだ四歳だ。私が成人し、君が成長するまでには長い年月がある。その間に、君が本当に望むものを見つけるかもしれない。……君には、君自身の道を選んでほしい。」
セリカは両手を膝の上で組み、少し首をかしげた。
「……では、すぐに結婚というわけではありませんし、とりあえず“キープ”でもよろしかったのでは?」
「……え?」
アコードの思考が一瞬止まった。
セリカは真顔のまま、続けた。
「大人になって、私が期待にそぐわない成長をしたときに捨てる、という発想でもよかったのではありませんか? それなら、王家も公爵家も損をしませんわ。」
――この子は、本当に四歳なのか。
アコードは内心で呟きながらも、すぐに苦笑した。
「セリカ……君の言うことは理にかなっている。でも、それでは君が“道具”になってしまう。私は、君をそんなふうに扱いたくないんだ。」
セリカのまっすぐな瞳が、アコードを射抜く。
その純粋さと知性の輝きに、彼は一瞬、胸の奥が熱くなるのを感じた。
この少女は、いつか必ず偉大な女性になる。
そう確信した瞬間――“今ここで手放したくない”という未練が、胸を締めつけた。
---
だが、アコードは静かに息を吐き、心を落ち着かせた。
「セリカ。私は、君の未来に干渉すべきではない。君には、もっと広い世界を見て、自分で選んでほしい。私が君を“守る”という名目で縛るのは、違うと思うんだ。」
セリカはわずかに目を伏せ、そしてまた顔を上げた。
「……アコード殿下のお考えは、よく分かりました。私はまだ子供ですし、殿下がそうお考えになるのも理解できます。」
少しだけ、唇の端を上げて微笑む。
「でも、わたくし……殿下の決断を、いつか後悔なさるような気がしますの。」
その一言に、アコードの心臓が止まったような気がした。
「後悔……?」
「はい。人は、今の自分が正しいと思って選んだことを、未来の自分が正しいと思うとは限りませんわ。」
セリカは無邪気に笑った。
「でも、それが人間らしいところなのでしょう? 大人はいつも、あとになって“もしも”を考えるものですわね?」
アコードは言葉を失い、ただ見つめるしかなかった。
――この少女は、本当に天才だ。
いや、それ以上に“人の心”を知っている。
---
「セリカ……」
アコードは小さく息を吐き、そっとその頭に手を伸ばした。
「君が、そう言ってくれて嬉しい。私は、君の成長をずっと見守るよ。どんな道を選んでも、君の幸せを祈っている。」
セリカは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます、アコード殿下。わたくしも、殿下のご活躍をお祈りしておりますわ。」
その声音は、まるで成熟した淑女のように穏やかだった。
四歳の少女に、別れの挨拶を受ける――そんな不思議な現実を前にして、アコードはただ頷くしかなかった。
やがて、扉が閉まり、静寂が訪れた。
アコードは廊下を歩きながら、何度も何度もあの言葉を思い出していた。
――「キープでもよろしかったのでは?」
それは冗談のようでいて、真理でもあった。
後に彼がその言葉を何度も思い返し、胸を痛めることになるとは、このときのセリカもアコードも、まだ知らなかった。
春風が吹き抜ける。
少年と少女の別れは、静かで、そして永遠の約束のように優しかった。
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リュミエール王国の春の空は澄みわたり、柔らかな風が白い城壁を撫でていた。
その穏やかな日差しの中で、アコード王子は深く息を吐いた。
――今日で終わりだ。
そう決意してからも、胸の奥が重く沈む。
ディオール公爵家との婚約。それは政治的な結びつきであり、王家と貴族との信頼の象徴でもあった。
だが、幼きセリカ・ディオールを見つめるたびに、アコードはその“象徴”が一人の少女の未来を縛っていることに気づかずにはいられなかった。
“彼女には、自由に生きてほしい。”
それが、彼のわがままでもあり、祈りでもあった。
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公爵家の客間に通されると、ほどなくして小さな足音が響いた。
リボンを揺らしながら現れたセリカは、相変わらず完璧な礼儀を身につけていた。
まだ四歳とは思えないほどの落ち着きと気品を漂わせている。
「お待たせいたしました、アコード殿下。」
彼女は小さな手でスカートを摘み、完璧な淑女の礼を取った。
アコードは思わず笑みを浮かべたが、すぐにそれを押し殺した。
――今日、彼女に伝えなければならない。
「セリカ、今日は少し……大切な話をしたい。」
その声に、セリカは小さく瞬きをした。
わずかな緊張を見せながらも、怯えることなく椅子に腰を下ろす。
その落ち着いた態度に、アコードの胸が少し痛んだ。
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「君との婚約のことだ。」
アコードは、静かに言葉を続けた。
「私は長い間、考えてきた。君はまだ幼い。これから多くのことを学び、出会い、未来を選ぶ権利がある。……その未来を、私が縛ってしまっているのではないかと思うんだ。」
セリカは一瞬、黙り込んだ。
その小さな肩がかすかに震えたように見えたが、すぐに顔を上げ、静かに問いかけた。
「……私が子どもだから、ですか?」
その声は澄んでいて、涙の気配など微塵もない。
アコードは少し驚きながらも、誠実に答えた。
「そうだ。君はまだ四歳だ。私が成人し、君が成長するまでには長い年月がある。その間に、君が本当に望むものを見つけるかもしれない。……君には、君自身の道を選んでほしい。」
セリカは両手を膝の上で組み、少し首をかしげた。
「……では、すぐに結婚というわけではありませんし、とりあえず“キープ”でもよろしかったのでは?」
「……え?」
アコードの思考が一瞬止まった。
セリカは真顔のまま、続けた。
「大人になって、私が期待にそぐわない成長をしたときに捨てる、という発想でもよかったのではありませんか? それなら、王家も公爵家も損をしませんわ。」
――この子は、本当に四歳なのか。
アコードは内心で呟きながらも、すぐに苦笑した。
「セリカ……君の言うことは理にかなっている。でも、それでは君が“道具”になってしまう。私は、君をそんなふうに扱いたくないんだ。」
セリカのまっすぐな瞳が、アコードを射抜く。
その純粋さと知性の輝きに、彼は一瞬、胸の奥が熱くなるのを感じた。
この少女は、いつか必ず偉大な女性になる。
そう確信した瞬間――“今ここで手放したくない”という未練が、胸を締めつけた。
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だが、アコードは静かに息を吐き、心を落ち着かせた。
「セリカ。私は、君の未来に干渉すべきではない。君には、もっと広い世界を見て、自分で選んでほしい。私が君を“守る”という名目で縛るのは、違うと思うんだ。」
セリカはわずかに目を伏せ、そしてまた顔を上げた。
「……アコード殿下のお考えは、よく分かりました。私はまだ子供ですし、殿下がそうお考えになるのも理解できます。」
少しだけ、唇の端を上げて微笑む。
「でも、わたくし……殿下の決断を、いつか後悔なさるような気がしますの。」
その一言に、アコードの心臓が止まったような気がした。
「後悔……?」
「はい。人は、今の自分が正しいと思って選んだことを、未来の自分が正しいと思うとは限りませんわ。」
セリカは無邪気に笑った。
「でも、それが人間らしいところなのでしょう? 大人はいつも、あとになって“もしも”を考えるものですわね?」
アコードは言葉を失い、ただ見つめるしかなかった。
――この少女は、本当に天才だ。
いや、それ以上に“人の心”を知っている。
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「セリカ……」
アコードは小さく息を吐き、そっとその頭に手を伸ばした。
「君が、そう言ってくれて嬉しい。私は、君の成長をずっと見守るよ。どんな道を選んでも、君の幸せを祈っている。」
セリカは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます、アコード殿下。わたくしも、殿下のご活躍をお祈りしておりますわ。」
その声音は、まるで成熟した淑女のように穏やかだった。
四歳の少女に、別れの挨拶を受ける――そんな不思議な現実を前にして、アコードはただ頷くしかなかった。
やがて、扉が閉まり、静寂が訪れた。
アコードは廊下を歩きながら、何度も何度もあの言葉を思い出していた。
――「キープでもよろしかったのでは?」
それは冗談のようでいて、真理でもあった。
後に彼がその言葉を何度も思い返し、胸を痛めることになるとは、このときのセリカもアコードも、まだ知らなかった。
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