見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
6 / 108

2 -1 正式な破棄――四歳の令嬢、沈黙の礼

しおりを挟む
第2章 2 -1 正式な破棄――四歳の令嬢、沈黙の礼

 リュミエール王国王宮。
 白い大理石の広間には、数多の燭台が並び、午前の光を反射して黄金のように輝いていた。
 今日は、王国の記録にも残るであろう“公的な儀式”の日。

 それは――王太子アコードと、ディオール公爵家令嬢セリカの正式な婚約解消の儀。

 既に二人の間では、前もって穏やかな話し合いが行われ、
 セリカも了承済みであった。
 だが今日の場は、国の記録として残すための「形式」。
 王家と公爵家の関係が円満であることを示す“証明の場”でもあった。


---

 広間の中央、純白のカーペットの上に小さな影が一つ。
 四歳のセリカ・ディオールは、淡い水色のドレスに身を包み、真っすぐに立っていた。
 その姿には、幼いながらも気品があった。
 緊張した様子もなく、彼女はじっと壇上の王太子を見上げている。

 「セリカ・ディオール嬢」
 アコードの声が、静かに響いた。
 彼は一瞬だけ、視線を落とす。
 あの日の対話――“キープでもよろしかったのでは?”――という言葉が、ふと脳裏をよぎる。

 (……やはり、この子は恐ろしいほど冷静だ)

 その思いを押し殺し、彼は厳粛な口調で宣言した。

 「本日をもって、リュミエール王国第一王子アコードと、ディオール公爵令嬢セリカの婚約を解消する。
  両家の合意の上に行われたものであり、互いに一切の不名誉はない。」

 大臣が記録台の前で頷き、羽根ペンを走らせる。
 紙を擦る音だけが、静寂の中に響いた。


---

 セリカは一歩前に出て、小さな手でスカートの裾を摘み、優雅に礼をした。

 「アコード殿下、これまでのご厚意に深く感謝いたします。
  婚約解消の件、ディオール家として異議はございません。」

 その声は、幼いながらも驚くほど落ち着いていた。
 会場の空気がわずかに揺れ、大臣たちが思わず顔を見合わせる。
 王妃はそっと扇で口元を隠し、ため息を漏らした。

 「なんて……聡明な子なのかしら。」

 アコードは胸の奥が締めつけられるのを感じた。
 彼女が“理解したうえで受け入れている”ことが痛いほど分かる。
 まるで、彼よりも年上の人間に話しているようだった。


---

 記録官が王印の押印を確認し、国璽の封が施される。
 その瞬間、この婚約は正式に歴史の帳に記された。
 アコードは深く頭を下げる。
 「セリカ嬢。あなたの未来に、光があらんことを。」

 「ありがとうございます、アコード殿下。」

 セリカは、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
 その笑顔は、あまりに穏やかで――それがかえって痛烈だった。

 (ああ……あのとき、“キープでも”と言われた意味が、今ようやくわかった気がする)
 (私は、未来を見誤ったのだ。彼女は、すでに私よりも遠くを見ていた……)

 アコードは小さく目を閉じた。


---

 儀式が終わると、王家の側近たちは手際よく会場を整え始めた。
 大人たちのざわめきの中、セリカは淡々とした足取りで退場する。
 その小さな背中を、王妃がそっと見つめて呟いた。

 「まるで……一国の女王のようね。」

 公爵夫人が隣で静かに微笑む。
 「ええ。あの子は昔から、泣くより考える子でしたの。」

 セリカは振り返らない。
 ただまっすぐ、光の差す出口へ歩いていく。

 その姿は、王子にとって「解放の象徴」であり――
 同時に「失った宝石」でもあった。


---

 広間の扉が閉まり、静寂が戻る。
 アコードはゆっくりと息を吐いた。
 王印が押された書面を見つめながら、心の中で呟く。

 「……では、すぐに結婚というわけではありませんし――
  “とりあえずキープでも”……か。」

 思い出したのは、あの小さな少女の澄んだ瞳。
 言葉の端に潜んでいた、未来を見通すような聡明さ。

 そのとき初めて、アコード王子は理解した。
 自分が“守っていた”と思っていた少女は――
 実は、自分よりはるかに強く、自分よりも先を生きていたのだ。


---

 その日を境に、
 「セリカ・ディオール」という名は、王宮の中で静かに語り継がれるようになる。

 “わずか四歳で、王太子との婚約破棄を笑顔で受け入れた公爵令嬢”――

 それは、後に「沈黙の礼」と呼ばれる出来事として、
 長く王国史に記録されることになるのだった。


---
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

処理中です...