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2-2 四歳領主、はじめての実務
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第2章 2-2 四歳領主、はじめての実務
婚約破棄の儀から数日後――。
ディオール公爵家の屋敷は、いつも通り穏やかな朝を迎えていた。
だが、その静けさの裏で、ひとりの少女が新たな決意を胸にしていた。
「……わたくし、もう“お飾り”では終わりませんわ。」
鏡の前で金の髪を整えながら、セリカは小さく呟く。
まだ四歳の幼子。その頬は柔らかく、手も小さい。
けれど、その瞳には年齢に似つかわしくない強い意志が宿っていた。
---
その日の午後、セリカは父の執務室を訪れた。
部屋の扉の前に立つと、彼女は小さく深呼吸をして、こつこつとノックをする。
「お父様、少しお時間をいただけますか?」
「セリカか。入っておいで。」
重厚な扉を開けると、整然と並ぶ帳簿と書類の山。
公爵は椅子に座り、眼鏡を外して娘を見上げた。
普段なら絵本をねだる年頃の少女が、今は真剣な眼差しで立っている。
「どうした? お前の顔、まるで使者のようだな。」
「お父様。……ディオール領の経営に、わたくしも関わりたいのです。」
「……なんだって?」
公爵のペンが止まり、空気がぴたりと静止した。
---
「婚約がなくなった今、わたくしの時間は自由になりました。
この領地をもっと豊かにするために、できることをしたいのです。」
「……セリカ、お前はまだ四歳だ。帳簿どころか、椅子から机に手が届くかどうかの歳だぞ。」
当然の反応だった。
どれほど聡明でも、子どもの手で国を動かすことなど常識的にあり得ない。
だがセリカは落ち着いたまま、手にしていた資料を机に置いた。
「こちらをご覧くださいませ。
今季の税収の変動、穀物の取引量、そして街道沿いの商隊の往来の変化――
それらをまとめてみましたの。」
「……なに?」
公爵は書類を受け取り、思わず目を見開く。
そこに書かれていたのは、領地の経済構造を簡潔にまとめた分析表。
しかも、農産物の生産曲線や物流経路まで描かれている。
“父親が普段使っている統治資料”と大差ない完成度だった。
「どうしてこれを……?」
「執務室の本棚に、古い報告書がございましたでしょう? あれを全部読みましたの。
数字を並べるだけでは、領地の状態は分かりません。
でも――数字は嘘をつきませんわ。」
セリカは静かに笑った。
その笑みは、幼いのに妙に自信に満ちていた。
---
公爵はしばし沈黙し、それから大きく息を吐いた。
「……分かった。ならば試しに一つ、任せてみよう。」
「本当ですの?」
「うむ。失敗しても構わん。だが、実際の現場で学ぶのも悪くない。
――農地のひとつで収穫量が落ちている。原因を調べてみなさい。」
「承知しました!」
セリカは嬉しそうに頭を下げ、ぱたぱたと部屋を飛び出していった。
その背中を見送りながら、公爵は苦笑する。
「やれやれ……本当にあの子は、どこまで行くつもりなのやら。」
---
翌日、セリカは執事と共に領地の小村を訪れた。
麦畑が広がるその村では、確かに収穫量の減少が問題になっていた。
セリカは泥で汚れるのも構わず、畑の端にしゃがみ込む。
「土が……乾きすぎていますわね。」
「え? お嬢様、土など触られますと!」
「かまいません。現場を見なければ分かりませんもの。」
手のひらに掬った土を見つめながら、セリカは小さく首を傾げた。
「水路の分配が偏っているようです。……あと、肥料の質も落ちてますわね。」
彼女は農夫たちに質問しながら、灌漑路を一つ一つ確認していった。
そして半日後、原因を突き止める。
「お父様、この問題の根本は、古い水門の構造と肥料の組成です。
改良した肥料を使えば、来季には収穫が戻りますわ。」
報告を受けた公爵は、半ば呆れながらも感心していた。
「……まるで小さな領主だな。分かった、試してみよう。」
---
それから数週間――。
セリカの提案した新しい肥料と灌漑方式が導入され、
村の畑は見違えるように豊かになった。
「お嬢様! 収穫が戻りました! それどころか、前より良い作柄です!」
農夫たちが歓声を上げ、セリカは満面の笑みを浮かべた。
「本当? まぁ、よかったですわ!」
屋敷に戻ったセリカを迎えた父は、静かに言った。
「セリカ……お前の言う通りだった。
どうやら私は、少しお前を侮っていたようだな。」
「そんなことございません。お父様の許可があったから、できたのですわ。」
その控えめな言葉に、公爵は思わず笑みを漏らした。
「まったく……本当に四歳なのか?」
---
その夜、セリカは窓辺で月を見上げながら、ひとり呟いた。
「少しずつでいい。
いつか――この領地を、そしてこの国を変えられるくらいに。」
月の光が幼い横顔を照らす。
その瞳には、確かに“公爵家の未来”が映っていた。
こうして、わずか四歳の少女が、
初めて自分の力で世界を動かした瞬間だった。
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婚約破棄の儀から数日後――。
ディオール公爵家の屋敷は、いつも通り穏やかな朝を迎えていた。
だが、その静けさの裏で、ひとりの少女が新たな決意を胸にしていた。
「……わたくし、もう“お飾り”では終わりませんわ。」
鏡の前で金の髪を整えながら、セリカは小さく呟く。
まだ四歳の幼子。その頬は柔らかく、手も小さい。
けれど、その瞳には年齢に似つかわしくない強い意志が宿っていた。
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その日の午後、セリカは父の執務室を訪れた。
部屋の扉の前に立つと、彼女は小さく深呼吸をして、こつこつとノックをする。
「お父様、少しお時間をいただけますか?」
「セリカか。入っておいで。」
重厚な扉を開けると、整然と並ぶ帳簿と書類の山。
公爵は椅子に座り、眼鏡を外して娘を見上げた。
普段なら絵本をねだる年頃の少女が、今は真剣な眼差しで立っている。
「どうした? お前の顔、まるで使者のようだな。」
「お父様。……ディオール領の経営に、わたくしも関わりたいのです。」
「……なんだって?」
公爵のペンが止まり、空気がぴたりと静止した。
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「婚約がなくなった今、わたくしの時間は自由になりました。
この領地をもっと豊かにするために、できることをしたいのです。」
「……セリカ、お前はまだ四歳だ。帳簿どころか、椅子から机に手が届くかどうかの歳だぞ。」
当然の反応だった。
どれほど聡明でも、子どもの手で国を動かすことなど常識的にあり得ない。
だがセリカは落ち着いたまま、手にしていた資料を机に置いた。
「こちらをご覧くださいませ。
今季の税収の変動、穀物の取引量、そして街道沿いの商隊の往来の変化――
それらをまとめてみましたの。」
「……なに?」
公爵は書類を受け取り、思わず目を見開く。
そこに書かれていたのは、領地の経済構造を簡潔にまとめた分析表。
しかも、農産物の生産曲線や物流経路まで描かれている。
“父親が普段使っている統治資料”と大差ない完成度だった。
「どうしてこれを……?」
「執務室の本棚に、古い報告書がございましたでしょう? あれを全部読みましたの。
数字を並べるだけでは、領地の状態は分かりません。
でも――数字は嘘をつきませんわ。」
セリカは静かに笑った。
その笑みは、幼いのに妙に自信に満ちていた。
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公爵はしばし沈黙し、それから大きく息を吐いた。
「……分かった。ならば試しに一つ、任せてみよう。」
「本当ですの?」
「うむ。失敗しても構わん。だが、実際の現場で学ぶのも悪くない。
――農地のひとつで収穫量が落ちている。原因を調べてみなさい。」
「承知しました!」
セリカは嬉しそうに頭を下げ、ぱたぱたと部屋を飛び出していった。
その背中を見送りながら、公爵は苦笑する。
「やれやれ……本当にあの子は、どこまで行くつもりなのやら。」
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翌日、セリカは執事と共に領地の小村を訪れた。
麦畑が広がるその村では、確かに収穫量の減少が問題になっていた。
セリカは泥で汚れるのも構わず、畑の端にしゃがみ込む。
「土が……乾きすぎていますわね。」
「え? お嬢様、土など触られますと!」
「かまいません。現場を見なければ分かりませんもの。」
手のひらに掬った土を見つめながら、セリカは小さく首を傾げた。
「水路の分配が偏っているようです。……あと、肥料の質も落ちてますわね。」
彼女は農夫たちに質問しながら、灌漑路を一つ一つ確認していった。
そして半日後、原因を突き止める。
「お父様、この問題の根本は、古い水門の構造と肥料の組成です。
改良した肥料を使えば、来季には収穫が戻りますわ。」
報告を受けた公爵は、半ば呆れながらも感心していた。
「……まるで小さな領主だな。分かった、試してみよう。」
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それから数週間――。
セリカの提案した新しい肥料と灌漑方式が導入され、
村の畑は見違えるように豊かになった。
「お嬢様! 収穫が戻りました! それどころか、前より良い作柄です!」
農夫たちが歓声を上げ、セリカは満面の笑みを浮かべた。
「本当? まぁ、よかったですわ!」
屋敷に戻ったセリカを迎えた父は、静かに言った。
「セリカ……お前の言う通りだった。
どうやら私は、少しお前を侮っていたようだな。」
「そんなことございません。お父様の許可があったから、できたのですわ。」
その控えめな言葉に、公爵は思わず笑みを漏らした。
「まったく……本当に四歳なのか?」
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その夜、セリカは窓辺で月を見上げながら、ひとり呟いた。
「少しずつでいい。
いつか――この領地を、そしてこの国を変えられるくらいに。」
月の光が幼い横顔を照らす。
その瞳には、確かに“公爵家の未来”が映っていた。
こうして、わずか四歳の少女が、
初めて自分の力で世界を動かした瞬間だった。
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