見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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2 -1 正式な破棄――四歳の令嬢、沈黙の礼

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第2章 2 -1 正式な破棄――四歳の令嬢、沈黙の礼

 リュミエール王国王宮。
 白い大理石の広間には、数多の燭台が並び、午前の光を反射して黄金のように輝いていた。
 今日は、王国の記録にも残るであろう“公的な儀式”の日。

 それは――王太子アコードと、ディオール公爵家令嬢セリカの正式な婚約解消の儀。

 既に二人の間では、前もって穏やかな話し合いが行われ、
 セリカも了承済みであった。
 だが今日の場は、国の記録として残すための「形式」。
 王家と公爵家の関係が円満であることを示す“証明の場”でもあった。


---

 広間の中央、純白のカーペットの上に小さな影が一つ。
 四歳のセリカ・ディオールは、淡い水色のドレスに身を包み、真っすぐに立っていた。
 その姿には、幼いながらも気品があった。
 緊張した様子もなく、彼女はじっと壇上の王太子を見上げている。

 「セリカ・ディオール嬢」
 アコードの声が、静かに響いた。
 彼は一瞬だけ、視線を落とす。
 あの日の対話――“キープでもよろしかったのでは?”――という言葉が、ふと脳裏をよぎる。

 (……やはり、この子は恐ろしいほど冷静だ)

 その思いを押し殺し、彼は厳粛な口調で宣言した。

 「本日をもって、リュミエール王国第一王子アコードと、ディオール公爵令嬢セリカの婚約を解消する。
  両家の合意の上に行われたものであり、互いに一切の不名誉はない。」

 大臣が記録台の前で頷き、羽根ペンを走らせる。
 紙を擦る音だけが、静寂の中に響いた。


---

 セリカは一歩前に出て、小さな手でスカートの裾を摘み、優雅に礼をした。

 「アコード殿下、これまでのご厚意に深く感謝いたします。
  婚約解消の件、ディオール家として異議はございません。」

 その声は、幼いながらも驚くほど落ち着いていた。
 会場の空気がわずかに揺れ、大臣たちが思わず顔を見合わせる。
 王妃はそっと扇で口元を隠し、ため息を漏らした。

 「なんて……聡明な子なのかしら。」

 アコードは胸の奥が締めつけられるのを感じた。
 彼女が“理解したうえで受け入れている”ことが痛いほど分かる。
 まるで、彼よりも年上の人間に話しているようだった。


---

 記録官が王印の押印を確認し、国璽の封が施される。
 その瞬間、この婚約は正式に歴史の帳に記された。
 アコードは深く頭を下げる。
 「セリカ嬢。あなたの未来に、光があらんことを。」

 「ありがとうございます、アコード殿下。」

 セリカは、ほんの一瞬だけ微笑んだ。
 その笑顔は、あまりに穏やかで――それがかえって痛烈だった。

 (ああ……あのとき、“キープでも”と言われた意味が、今ようやくわかった気がする)
 (私は、未来を見誤ったのだ。彼女は、すでに私よりも遠くを見ていた……)

 アコードは小さく目を閉じた。


---

 儀式が終わると、王家の側近たちは手際よく会場を整え始めた。
 大人たちのざわめきの中、セリカは淡々とした足取りで退場する。
 その小さな背中を、王妃がそっと見つめて呟いた。

 「まるで……一国の女王のようね。」

 公爵夫人が隣で静かに微笑む。
 「ええ。あの子は昔から、泣くより考える子でしたの。」

 セリカは振り返らない。
 ただまっすぐ、光の差す出口へ歩いていく。

 その姿は、王子にとって「解放の象徴」であり――
 同時に「失った宝石」でもあった。


---

 広間の扉が閉まり、静寂が戻る。
 アコードはゆっくりと息を吐いた。
 王印が押された書面を見つめながら、心の中で呟く。

 「……では、すぐに結婚というわけではありませんし――
  “とりあえずキープでも”……か。」

 思い出したのは、あの小さな少女の澄んだ瞳。
 言葉の端に潜んでいた、未来を見通すような聡明さ。

 そのとき初めて、アコード王子は理解した。
 自分が“守っていた”と思っていた少女は――
 実は、自分よりはるかに強く、自分よりも先を生きていたのだ。


---

 その日を境に、
 「セリカ・ディオール」という名は、王宮の中で静かに語り継がれるようになる。

 “わずか四歳で、王太子との婚約破棄を笑顔で受け入れた公爵令嬢”――

 それは、後に「沈黙の礼」と呼ばれる出来事として、
 長く王国史に記録されることになるのだった。


---
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