見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
7 / 108

2-2 四歳領主、はじめての実務

しおりを挟む
第2章 2-2 四歳領主、はじめての実務

 婚約破棄の儀から数日後――。
 ディオール公爵家の屋敷は、いつも通り穏やかな朝を迎えていた。
 だが、その静けさの裏で、ひとりの少女が新たな決意を胸にしていた。

 「……わたくし、もう“お飾り”では終わりませんわ。」

 鏡の前で金の髪を整えながら、セリカは小さく呟く。
 まだ四歳の幼子。その頬は柔らかく、手も小さい。
 けれど、その瞳には年齢に似つかわしくない強い意志が宿っていた。


---

 その日の午後、セリカは父の執務室を訪れた。
 部屋の扉の前に立つと、彼女は小さく深呼吸をして、こつこつとノックをする。

 「お父様、少しお時間をいただけますか?」

 「セリカか。入っておいで。」

 重厚な扉を開けると、整然と並ぶ帳簿と書類の山。
 公爵は椅子に座り、眼鏡を外して娘を見上げた。
 普段なら絵本をねだる年頃の少女が、今は真剣な眼差しで立っている。

 「どうした? お前の顔、まるで使者のようだな。」

 「お父様。……ディオール領の経営に、わたくしも関わりたいのです。」

 「……なんだって?」

 公爵のペンが止まり、空気がぴたりと静止した。


---

 「婚約がなくなった今、わたくしの時間は自由になりました。
  この領地をもっと豊かにするために、できることをしたいのです。」

 「……セリカ、お前はまだ四歳だ。帳簿どころか、椅子から机に手が届くかどうかの歳だぞ。」

 当然の反応だった。
 どれほど聡明でも、子どもの手で国を動かすことなど常識的にあり得ない。
 だがセリカは落ち着いたまま、手にしていた資料を机に置いた。

 「こちらをご覧くださいませ。
  今季の税収の変動、穀物の取引量、そして街道沿いの商隊の往来の変化――
  それらをまとめてみましたの。」

 「……なに?」

 公爵は書類を受け取り、思わず目を見開く。
 そこに書かれていたのは、領地の経済構造を簡潔にまとめた分析表。
 しかも、農産物の生産曲線や物流経路まで描かれている。
 “父親が普段使っている統治資料”と大差ない完成度だった。

 「どうしてこれを……?」

 「執務室の本棚に、古い報告書がございましたでしょう? あれを全部読みましたの。
  数字を並べるだけでは、領地の状態は分かりません。
  でも――数字は嘘をつきませんわ。」

 セリカは静かに笑った。
 その笑みは、幼いのに妙に自信に満ちていた。


---

 公爵はしばし沈黙し、それから大きく息を吐いた。
 「……分かった。ならば試しに一つ、任せてみよう。」

 「本当ですの?」

 「うむ。失敗しても構わん。だが、実際の現場で学ぶのも悪くない。
  ――農地のひとつで収穫量が落ちている。原因を調べてみなさい。」

 「承知しました!」

 セリカは嬉しそうに頭を下げ、ぱたぱたと部屋を飛び出していった。
 その背中を見送りながら、公爵は苦笑する。

 「やれやれ……本当にあの子は、どこまで行くつもりなのやら。」


---

 翌日、セリカは執事と共に領地の小村を訪れた。
 麦畑が広がるその村では、確かに収穫量の減少が問題になっていた。
 セリカは泥で汚れるのも構わず、畑の端にしゃがみ込む。

 「土が……乾きすぎていますわね。」

 「え? お嬢様、土など触られますと!」

 「かまいません。現場を見なければ分かりませんもの。」

 手のひらに掬った土を見つめながら、セリカは小さく首を傾げた。
 「水路の分配が偏っているようです。……あと、肥料の質も落ちてますわね。」

 彼女は農夫たちに質問しながら、灌漑路を一つ一つ確認していった。
 そして半日後、原因を突き止める。

 「お父様、この問題の根本は、古い水門の構造と肥料の組成です。
  改良した肥料を使えば、来季には収穫が戻りますわ。」

 報告を受けた公爵は、半ば呆れながらも感心していた。
 「……まるで小さな領主だな。分かった、試してみよう。」


---

 それから数週間――。
 セリカの提案した新しい肥料と灌漑方式が導入され、
 村の畑は見違えるように豊かになった。

 「お嬢様! 収穫が戻りました! それどころか、前より良い作柄です!」

 農夫たちが歓声を上げ、セリカは満面の笑みを浮かべた。
 「本当? まぁ、よかったですわ!」

 屋敷に戻ったセリカを迎えた父は、静かに言った。
 「セリカ……お前の言う通りだった。
  どうやら私は、少しお前を侮っていたようだな。」

 「そんなことございません。お父様の許可があったから、できたのですわ。」

 その控えめな言葉に、公爵は思わず笑みを漏らした。
 「まったく……本当に四歳なのか?」


---

 その夜、セリカは窓辺で月を見上げながら、ひとり呟いた。
 「少しずつでいい。
  いつか――この領地を、そしてこの国を変えられるくらいに。」

 月の光が幼い横顔を照らす。
 その瞳には、確かに“公爵家の未来”が映っていた。

 こうして、わずか四歳の少女が、
 初めて自分の力で世界を動かした瞬間だった。


---

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。 王太子エドモンド殿下曰く、 「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。 ……それなら結構ですわ。 捨ててくださって、ありがとうございます。 行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、 冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。 「俺と“白い結婚”をしないか。  互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」 恋愛感情は一切なし。 ――そんなはずだったのに。 料理を褒めてくれる優しい声。 仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。 私の手をそっと包む温もり。 気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。 そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、 祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。 「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」 アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、 私の世界は大きく動き出した。 偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。 追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、 契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。 これは、 捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、 大逆転のラブストーリー。 ---

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

処理中です...