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15-1 セドリック王子からの婚約申し入れ
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第15章 セドリック編
15-1 セドリック王子からの婚約申し入れ
連日の見合い攻勢――いや、“見合い地獄”の真っ只中にいたセリカは、この日も朝から疲労困憊だった。
朝食を終える暇もなく、次の候補者の馬車が到着する。廊下の奥で控える侍女たちが「次のお客様です」と頭を下げるたび、セリカの心は少しずつ削られていった。
(……もう、領地経営よりも精神的に消耗してる気がするわ)
そんな彼女の疲れ切った様子を見かねたドライドが、昼過ぎに小さく咳払いをした。
「お嬢様、本日は……少し特別なお手紙が届いております」
「また“特別”ですか? 昨日も“特別な縁談”が三件来ていましたけれど」
セリカはげんなりとした表情のまま、書簡の封筒をちらりと見ただけだった。
だが――ドライドの後ろで控えていた父・ディオール公爵の表情が、いつもと違っていた。
「セリカ、これは……王室からの正式な婚約申し入れだ」
「……王室?」
セリカの目が少しだけ見開かれる。
机の上に置かれた封蝋は、確かにリュミエール王家の紋章だった。
「第4王子、セドリック殿下からのものだ」
公爵は慎重な手つきで手紙を開き、内容を読み進めていく。
その眼差しは普段のような政治的打算ではなく、どこか“人を見る父親”のものに変わっていた。
「ふむ……これは、少し意外だな」
「意外?」
「うむ。セドリック殿下は、他の王子たちのように野心を抱いてはいない。
権力にも名誉にも執着せず、ただ“国民の幸せ”を第一に考える人物として知られている。
王宮内でも誠実な性格で評判が良い。……珍しいことに、本心で人を想う王族だ」
公爵の声には、確かな興味が滲んでいた。
(珍しい……って言い切っちゃうあたり、父様の人間観がわかるわね)
セリカは心の中で乾いた笑みを浮かべつつも、淡々と尋ねた。
「でも、どうせ他の人たちと同じじゃありません? “ディオール家の娘”だから求婚しただけ。
私という人間には興味がないんでしょう?」
これまで数え切れないほどの求婚を受け、その全てに共通していたのは“家柄”への執着だった。
彼らはディオール家の財、権勢、そして名声に惹かれてやって来る。
幼いながらに、それを見抜く目はすっかり養われてしまっていた。
しかし――公爵は、首を横に振った。
「それが、少し違うようだ。……セドリック殿下の手紙には、こう書かれている」
公爵は丁寧に読み上げる。
> 『貴家のご息女、セリカ嬢が領民と共に歩み、未来を築かんとしておられる姿を遠くより拝見しました。
> 彼女の志に深く心を打たれ、もし叶うならば、共に国を導く伴侶として歩ませていただきたく存じます。』
読み上げる声が静かに響き、部屋の空気がわずかに変わった。
「……」
セリカは一瞬、言葉を失った。
“財産”でも“名誉”でもなく、“志”を見て求婚する者など、これまで一人もいなかったからだ。
(まさか……本気で私のしていることを見てくれているの?)
心の奥に、かすかに灯る光。
けれど、それをすぐに希望だと思うほど、セリカは楽観的ではない。
「……うまく言ってるだけかもしれませんわ。社交文書にしては完璧すぎるもの」
「確かに、警戒は必要だ」
公爵は頷きながらも、続ける。
「だが私は、この申し入れを一度会って確かめたいと思っている。
この男が本当に“国を想う者”なのか――それとも、うまく言葉を飾るだけの策士なのか」
公爵の目が、セリカへと向けられる。
「セリカ。お前自身の目で、彼を見極めてみなさい」
父の声は、これまで何度も見合いを強いたときとは違っていた。
命令ではなく、信頼を込めた依頼だった。
セリカはしばらく沈黙した後、小さく息を吐いた。
「……わかりました。お父様。
私、このセドリック王子という方と実際にお会いして、どんな人なのか確かめてみます」
そう言って立ち上がる彼女の瞳には、久しぶりに“興味”の光が宿っていた。
それは見合い地獄の中で消えかけていた、彼女本来の知的な好奇心だった。
ドライドがその変化に気づき、思わず微笑を漏らす。
「お嬢様……ついに、“普通の求婚者ではない方”が現れたようですね」
「ええ。でも、もし彼が“普通の人”じゃなかったら――」
セリカはいたずらっぽく唇を歪めた。
「――その時は、ディオール家の“非凡な娘”として、正面からお返しして差し上げますわ」
そう言って見せた笑顔は、どこか勝気で、そして楽しげだった。
見合い地獄に疲れ果てた少女の瞳に、再び戦う光が戻る――。
次なる見合いの相手、リュミエール第4王子セドリック。
その出会いが、彼女の運命をまたひとつ、大きく動かすことになるとは、
この時まだ誰も知らなかった。
15-1 セドリック王子からの婚約申し入れ
連日の見合い攻勢――いや、“見合い地獄”の真っ只中にいたセリカは、この日も朝から疲労困憊だった。
朝食を終える暇もなく、次の候補者の馬車が到着する。廊下の奥で控える侍女たちが「次のお客様です」と頭を下げるたび、セリカの心は少しずつ削られていった。
(……もう、領地経営よりも精神的に消耗してる気がするわ)
そんな彼女の疲れ切った様子を見かねたドライドが、昼過ぎに小さく咳払いをした。
「お嬢様、本日は……少し特別なお手紙が届いております」
「また“特別”ですか? 昨日も“特別な縁談”が三件来ていましたけれど」
セリカはげんなりとした表情のまま、書簡の封筒をちらりと見ただけだった。
だが――ドライドの後ろで控えていた父・ディオール公爵の表情が、いつもと違っていた。
「セリカ、これは……王室からの正式な婚約申し入れだ」
「……王室?」
セリカの目が少しだけ見開かれる。
机の上に置かれた封蝋は、確かにリュミエール王家の紋章だった。
「第4王子、セドリック殿下からのものだ」
公爵は慎重な手つきで手紙を開き、内容を読み進めていく。
その眼差しは普段のような政治的打算ではなく、どこか“人を見る父親”のものに変わっていた。
「ふむ……これは、少し意外だな」
「意外?」
「うむ。セドリック殿下は、他の王子たちのように野心を抱いてはいない。
権力にも名誉にも執着せず、ただ“国民の幸せ”を第一に考える人物として知られている。
王宮内でも誠実な性格で評判が良い。……珍しいことに、本心で人を想う王族だ」
公爵の声には、確かな興味が滲んでいた。
(珍しい……って言い切っちゃうあたり、父様の人間観がわかるわね)
セリカは心の中で乾いた笑みを浮かべつつも、淡々と尋ねた。
「でも、どうせ他の人たちと同じじゃありません? “ディオール家の娘”だから求婚しただけ。
私という人間には興味がないんでしょう?」
これまで数え切れないほどの求婚を受け、その全てに共通していたのは“家柄”への執着だった。
彼らはディオール家の財、権勢、そして名声に惹かれてやって来る。
幼いながらに、それを見抜く目はすっかり養われてしまっていた。
しかし――公爵は、首を横に振った。
「それが、少し違うようだ。……セドリック殿下の手紙には、こう書かれている」
公爵は丁寧に読み上げる。
> 『貴家のご息女、セリカ嬢が領民と共に歩み、未来を築かんとしておられる姿を遠くより拝見しました。
> 彼女の志に深く心を打たれ、もし叶うならば、共に国を導く伴侶として歩ませていただきたく存じます。』
読み上げる声が静かに響き、部屋の空気がわずかに変わった。
「……」
セリカは一瞬、言葉を失った。
“財産”でも“名誉”でもなく、“志”を見て求婚する者など、これまで一人もいなかったからだ。
(まさか……本気で私のしていることを見てくれているの?)
心の奥に、かすかに灯る光。
けれど、それをすぐに希望だと思うほど、セリカは楽観的ではない。
「……うまく言ってるだけかもしれませんわ。社交文書にしては完璧すぎるもの」
「確かに、警戒は必要だ」
公爵は頷きながらも、続ける。
「だが私は、この申し入れを一度会って確かめたいと思っている。
この男が本当に“国を想う者”なのか――それとも、うまく言葉を飾るだけの策士なのか」
公爵の目が、セリカへと向けられる。
「セリカ。お前自身の目で、彼を見極めてみなさい」
父の声は、これまで何度も見合いを強いたときとは違っていた。
命令ではなく、信頼を込めた依頼だった。
セリカはしばらく沈黙した後、小さく息を吐いた。
「……わかりました。お父様。
私、このセドリック王子という方と実際にお会いして、どんな人なのか確かめてみます」
そう言って立ち上がる彼女の瞳には、久しぶりに“興味”の光が宿っていた。
それは見合い地獄の中で消えかけていた、彼女本来の知的な好奇心だった。
ドライドがその変化に気づき、思わず微笑を漏らす。
「お嬢様……ついに、“普通の求婚者ではない方”が現れたようですね」
「ええ。でも、もし彼が“普通の人”じゃなかったら――」
セリカはいたずらっぽく唇を歪めた。
「――その時は、ディオール家の“非凡な娘”として、正面からお返しして差し上げますわ」
そう言って見せた笑顔は、どこか勝気で、そして楽しげだった。
見合い地獄に疲れ果てた少女の瞳に、再び戦う光が戻る――。
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