65 / 108
15-2 セリカとセドリックの対面
しおりを挟む
第15章 セドリック編
15-2 セリカとセドリックの対面
その日、ディオール領は朝から妙な緊張に包まれていた。
理由はひとつ――リュミエール王国第4王子、セドリック殿下の来訪である。
領都の通りには王室の旗が掲げられ、衛兵たちは普段よりも背筋を伸ばして立っていた。
馬車の行列が到着すると、人々は息を呑む。
けれど、降り立った王子の姿を見た瞬間、誰もが驚いた。
――華やかさが、ない。
王族としては異例なほど質素な装い。
豪奢な宝石も金刺繍も身につけず、深い藍色の上着に銀の留め金だけ。
けれど、その立ち姿は静かな気品に満ちていた。
---
応接室の扉が開くと、淡いピンクのドレスに身を包んだ小さな少女――セリカが入ってきた。
その姿を見たセドリックは、ゆっくりと立ち上がる。
柔らかな笑みを浮かべながら、一礼した。
「初めまして、セリカ様。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、ようこそお越しくださいました、セドリック王子」
セリカは深く一礼し、ソファの反対側に腰を下ろした。
その動作はわずか四歳の子供とは思えないほど洗練されており、セドリックは思わず目を見張る。
(――これが、ディオール家の神童か)
噂では聞いていた。
しかし実際に目の前にすると、幼さの奥に宿る知性と落ち着きが、ただ者ではないことを悟らせた。
---
セドリックはまず、丁寧に言葉を選んだ。
「私はあなたのことを、王都でも何度も耳にしてきました。
ディオール領の改革、教育の普及、農業の改善……。
どれも民のためを思っての行いだと伺っております」
「恐縮です。ですが、領地の繁栄は私一人の功績ではありません。
支えてくださる方々がいてこそです」
セリカの返答は、年齢に似つかわしくないほど落ち着いていた。
その言葉に、セドリックの目が優しく細められる。
「やはり……あなたは噂以上の方だ」
「噂、ですか?」
「ええ。あなたがまだ幼いのに、決して慢心せず、常に他者を思いやる――と」
セドリックは真剣なまなざしで続ける。
「私は、王族でありながら権力争いには関心がありません。
むしろ、人々が安心して暮らせる国を作ることを望んでいます。
あなたのような志を持つ方と、共に未来を築きたいのです」
---
セリカの胸が、わずかにざわめいた。
これまでの求婚者は、皆「ディオール家の富」や「地位」にしか興味を持たなかった。
しかし彼の言葉は、まるで彼女の“中身”を見ているようだった。
(……この人、本気で私の考えを理解しようとしている)
セリカは視線を落とし、静かに息を整えた。
「セドリック王子。お言葉は嬉しく思います。
けれど、私は今、ディオール領を守ることこそが務めだと思っています。
この地を離れ、王都で暮らすことは……今の私には考えられません」
真っ直ぐに告げる声には、幼さよりも“公爵令嬢”としての誇りがあった。
セドリックは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「……なるほど。あなたは本当にこの地を愛しておられるのですね」
「ええ。私にとって領民たちは家族のようなものです。
彼らが笑って暮らせるようにすることが、私の目標です」
セドリックはその言葉に深く頷いた。
そして、少しだけ柔らかく声を落とす。
「セリカ様、私はあなたの意志を尊重します。
強い信念を持つ方ほど、美しいものはありません。
今はただ、あなたの努力を支える立場でいさせてください」
---
その言葉に、セリカははっとした。
誰もが“結婚”を前提に迫ってくる中で、彼だけは「支える」と言った。
求めるのではなく、寄り添おうとする――。
「……ありがとうございます。
王子のような方にそう言っていただけるのは、光栄です」
セリカの唇に、初めて柔らかな笑みが戻った。
その笑顔を見た瞬間、セドリックの胸の奥で何かが静かに灯った。
(ああ……やはり、私はこの子と共に歩みたい)
---
対面を終え、セドリックが応接室を後にしたあと、
窓辺に立ったセリカは、静かに空を見上げた。
王子の言葉は、嘘ではなかった。
誠実で、温かく、彼の目には偽りがないと感じた。
それでも――彼女は決めていた。
(私はまだ、ここでやるべきことがある。
王子様のような人に頼る前に、自分の足で立っていたい)
月明かりが、セリカの金の髪を淡く照らす。
その横顔には、幼さよりも強さがあった。
――この日を境に、ディオール領の天才令嬢と、リュミエールの第4王子との物語が、静かに動き出す。
15-2 セリカとセドリックの対面
その日、ディオール領は朝から妙な緊張に包まれていた。
理由はひとつ――リュミエール王国第4王子、セドリック殿下の来訪である。
領都の通りには王室の旗が掲げられ、衛兵たちは普段よりも背筋を伸ばして立っていた。
馬車の行列が到着すると、人々は息を呑む。
けれど、降り立った王子の姿を見た瞬間、誰もが驚いた。
――華やかさが、ない。
王族としては異例なほど質素な装い。
豪奢な宝石も金刺繍も身につけず、深い藍色の上着に銀の留め金だけ。
けれど、その立ち姿は静かな気品に満ちていた。
---
応接室の扉が開くと、淡いピンクのドレスに身を包んだ小さな少女――セリカが入ってきた。
その姿を見たセドリックは、ゆっくりと立ち上がる。
柔らかな笑みを浮かべながら、一礼した。
「初めまして、セリカ様。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、ようこそお越しくださいました、セドリック王子」
セリカは深く一礼し、ソファの反対側に腰を下ろした。
その動作はわずか四歳の子供とは思えないほど洗練されており、セドリックは思わず目を見張る。
(――これが、ディオール家の神童か)
噂では聞いていた。
しかし実際に目の前にすると、幼さの奥に宿る知性と落ち着きが、ただ者ではないことを悟らせた。
---
セドリックはまず、丁寧に言葉を選んだ。
「私はあなたのことを、王都でも何度も耳にしてきました。
ディオール領の改革、教育の普及、農業の改善……。
どれも民のためを思っての行いだと伺っております」
「恐縮です。ですが、領地の繁栄は私一人の功績ではありません。
支えてくださる方々がいてこそです」
セリカの返答は、年齢に似つかわしくないほど落ち着いていた。
その言葉に、セドリックの目が優しく細められる。
「やはり……あなたは噂以上の方だ」
「噂、ですか?」
「ええ。あなたがまだ幼いのに、決して慢心せず、常に他者を思いやる――と」
セドリックは真剣なまなざしで続ける。
「私は、王族でありながら権力争いには関心がありません。
むしろ、人々が安心して暮らせる国を作ることを望んでいます。
あなたのような志を持つ方と、共に未来を築きたいのです」
---
セリカの胸が、わずかにざわめいた。
これまでの求婚者は、皆「ディオール家の富」や「地位」にしか興味を持たなかった。
しかし彼の言葉は、まるで彼女の“中身”を見ているようだった。
(……この人、本気で私の考えを理解しようとしている)
セリカは視線を落とし、静かに息を整えた。
「セドリック王子。お言葉は嬉しく思います。
けれど、私は今、ディオール領を守ることこそが務めだと思っています。
この地を離れ、王都で暮らすことは……今の私には考えられません」
真っ直ぐに告げる声には、幼さよりも“公爵令嬢”としての誇りがあった。
セドリックは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「……なるほど。あなたは本当にこの地を愛しておられるのですね」
「ええ。私にとって領民たちは家族のようなものです。
彼らが笑って暮らせるようにすることが、私の目標です」
セドリックはその言葉に深く頷いた。
そして、少しだけ柔らかく声を落とす。
「セリカ様、私はあなたの意志を尊重します。
強い信念を持つ方ほど、美しいものはありません。
今はただ、あなたの努力を支える立場でいさせてください」
---
その言葉に、セリカははっとした。
誰もが“結婚”を前提に迫ってくる中で、彼だけは「支える」と言った。
求めるのではなく、寄り添おうとする――。
「……ありがとうございます。
王子のような方にそう言っていただけるのは、光栄です」
セリカの唇に、初めて柔らかな笑みが戻った。
その笑顔を見た瞬間、セドリックの胸の奥で何かが静かに灯った。
(ああ……やはり、私はこの子と共に歩みたい)
---
対面を終え、セドリックが応接室を後にしたあと、
窓辺に立ったセリカは、静かに空を見上げた。
王子の言葉は、嘘ではなかった。
誠実で、温かく、彼の目には偽りがないと感じた。
それでも――彼女は決めていた。
(私はまだ、ここでやるべきことがある。
王子様のような人に頼る前に、自分の足で立っていたい)
月明かりが、セリカの金の髪を淡く照らす。
その横顔には、幼さよりも強さがあった。
――この日を境に、ディオール領の天才令嬢と、リュミエールの第4王子との物語が、静かに動き出す。
64
あなたにおすすめの小説
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~
sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」
公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。
誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。
彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。
「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」
呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる