見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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14-4 見合い地獄に陥るセリカ

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14-4 見合い地獄に陥るセリカ

 朝露がまだ残る公爵邸の庭園に、今日も新たな馬車の車輪が止まった。
 その音を聞いただけで、セリカは顔をしかめる。

 ――今日も来た。

 まだ四歳の少女の頬に、貴族らしい上品な笑みが浮かぶ。
 しかしそれは、まるで訓練された外交官のような「営業スマイル」に近かった。
 彼女の一日は、見合いから始まり、見合いで終わる。
 朝食を終えると客間へ、昼食の前にまた別の客間へ、午後は三件、夜には形式的な茶会。
 すべてが「ディオール家の令嬢セリカ様にお目通りを」という名目で行われていた。

 相手は若い騎士や名家の子息だけでなく、領主の次男、学者志望の青年、さらには――中年貴族まで。
 どれも「婿入り希望」という札付きだ。

 その中でも、極めつけは数日前の出来事だった。
 見合い相手が“赤ん坊”だったのだ。

 白いレースに包まれたその小さな生き物を抱いて現れたのは、立派な宝石を身につけた貴族夫人。
 「将来の婚約者として、ぜひご挨拶を」と満面の笑みで言われた瞬間、セリカの脳が一瞬止まった。

 (……え? はい? どこからツッコめばいいの?)

 視線を向けたドライドが、そっと肩をすくめる。
 完全に“対応不能”の空気だった。

 「……お父様、四歳児にこのスケジュールは、さすがにハードです」

 その日の夜、ようやく客が引けた後、セリカは執務室で父公爵に訴えた。
 髪をゆるくまとめた彼女の小さな肩が、心なしか重そうに見える。

 公爵は苦笑しながら、書類の山から顔を上げた。

 「わかっている、セリカ。だが、君の名は今や王都中に知られている。
  誰もが“次代の繁栄を約束する娘”と見ているのだ」

 「でも、私にとってはただの“子供の義務”ですよね。
  私は領地の運営を学びたいのに、見合いリレーなんて、時間の無駄ですわ」

 「ふむ……理屈は正しいが、貴族社会では“形式”もまた力なのだ」

 「その形式が、地獄を生んでいるのですけど!」

 机の端に小さな拳がコツンとぶつかる。
 叱るどころか、公爵は声を殺して笑った。

 「……君は本当に、私の娘らしい」

 その言葉に、セリカはさらに眉をひそめた。
 笑っている場合ではない。


---

 翌日もまた、見合い三連戦。

 最初の相手は、領軍に属する若き騎士。
 姿勢も態度も完璧――まるで教本から出てきたような青年だった。
 だが、完璧すぎる礼儀の裏に、魂の温度が感じられなかった。

 「お若いながらも領地の改革を導かれたと伺いました。
  ぜひ、私の家の管理もお任せしたいものです」

 「……はい。ご家族の農場改革を任せたい、と?」

 「いえ、婚姻後に、です」

 「…………なるほど」

 セリカは微笑みながら、目の奥で“アウト”の札を掲げた。

 午後の相手は、学問好きの貴族の三男坊。
 話の最初の五分で、彼が延々と自作の詩を朗読し始めた時点で、セリカの精神ゲージは赤信号だった。

 (お願い……あと二分で茶会が終わって)

 隣で控えるドライドが、そっと耳打ちする。
 「お嬢様、呼吸をお忘れなく」
 「……助けて」


---

 夜。

 セリカは疲れ切った体をソファに沈め、机の上の書類を見つめた。
 そこには、婚約希望者の名簿が山のように積まれている。

 「こんなに名前を並べられても、顔が一致しませんわ」

 ドライドが静かにお茶を注ぐ。
 「お嬢様の人気は、もはや社交界の一大事件です。ディオール家の名と結びつきたい者が、後を絶ちません」

 「……つまり、私は“ディオール家の娘”という記号で見られているのね」

 「残念ながら、それが現実かと」

 セリカは椅子にもたれかかり、天井を見上げた。
 ――あの時、自分が「子供だから」と婚約を破棄されたこと。
 その屈辱を、もう二度と味わいたくない。
 けれど今度は逆に、“才能ある幼子”として奪い合われる皮肉な状況にいた。

 「誰も、私の中身なんて見てくれない」

 呟きは、薄いカーテンを揺らして消えた。
 窓の外には満月。
 白い光が机の上の紙を照らし、文字が淡く浮かび上がる。

 セリカはペンを手に取り、リストの端に小さく書いた。

 “本当に私を見てくれる人が現れるまで、私は自分の道を行く。”

 書き終えると、彼女はペンを置き、そっと笑った。

 ――そう。まだ、四歳。
 けれど、この小さな心は、誰よりも大人だった。


---

 翌朝、ドライドが迎えに来ると、セリカはもう机に向かっていた。

 「お嬢様、次の見合いの準備が――」

 「今日の見合いは、午後からで結構です。
  午前中は、農業学校の視察に行きます。領民の未来を見ておくほうが、よほど有意義ですわ」

 ドライドは一瞬、口を開け、それから深々と頭を下げた。

 「……かしこまりました。やはり、お嬢様は“見合い地獄”すら超越しておられる」

 セリカはくすりと笑った。

 「地獄なら、いつか終わるでしょう?
  だったら、その“いつか”を、私が作りますの」

 その小さな背中は、誰よりも凛としていた。
 ――そして、誰よりも自由だった。
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