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15-3 セリカの決断
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第15章 セドリック編
15-3 セリカの決断
連日続く見合い――その数、すでに百を超えていた。
貴族たちはこぞってディオール家の娘、奇跡の天才令嬢セリカに婿入りを願い出たが、そのどれもが「家」や「名声」しか見ていなかった。
――彼らの目は、私ではなく“ディオール家”を見ている。
そんな日々の中で、セドリック王子との対話だけが、彼女の記憶に深く刻まれていた。
---
夜、屋敷の書斎。
蝋燭の炎が静かに揺れ、金糸で縁取られた机の上に一通の手紙が置かれていた。
セドリック王子からの、正式な再婚約の申し入れである。
セリカはペンを持ったまま、じっとその封を見つめていた。
(……彼の言葉、優しかったな)
“あなたの信念を支えたい”
“無理に求めはしない、あなたの選択を待ちます”
その言葉を思い出すたびに、胸の奥が温かくなるのを感じた。
彼は、他の誰とも違う――。
---
ディオール領の夜は静かだった。
窓の外、満月が白く大地を照らし、遠くの村の灯が点々と光る。
セリカはそっと窓を開け、夜風を頬に受けながら呟いた。
「この地が好き……」
広がる畑、笑い声の絶えない市場、子どもたちの学舎。
彼女が築き上げた改革のひとつひとつが、この領地を少しずつ変えていった。
だからこそ、離れることには強い抵抗があった。
「王妃になることは、領民を見捨てることになるのかしら……」
セリカは、手を胸に当てて考える。
もし王妃として国を導けるなら、より多くの民を救える。
けれど、自分の足元を離れることで、守れなくなる人々もいる――。
「……どうすれば、いいの」
---
翌朝。
朝露に濡れた庭園を歩くセリカの表情は、いつになく沈んでいた。
その背に声がかかる。
「セリカ」
振り向くと、父ディオール公爵と母公爵夫人が並んで立っていた。
公爵の手には一通の書簡。セドリック王子の紋章が刻まれている。
「セリカ。セドリック王子から、再び正式な申し入れが届いた」
セリカは小さく息を呑み、姿勢を正した。
公爵はゆっくりと続ける。
「彼は、君を一人の人間として尊重しているようだ。
権力でも、利益でもなく、信念に惹かれている。
……どう思う?」
セリカは俯き、しばらく言葉を探した。
「……お父様、お母様。
私は、セドリック王子の誠実さを感じました。
彼なら、私の信念を理解してくれる気がします。
でも……私はまだ、ディオール領を離れられません」
その声には迷いが滲んでいたが、芯の強さもあった。
公爵夫人は微笑み、娘の肩に手を添える。
「セリカ、あなたの選ぶ道を、私たちは尊重します。
けれどね、信念を曲げずに歩める相手なら――共に歩むことも、悪くないわ」
セリカはその言葉を胸に刻み、静かに頷いた。
---
数日後。
再び、ディオール邸の応接室でセドリック王子と対面する。
昼下がりの光が、ステンドグラスを通して柔らかに差し込んでいた。
「セドリック王子」
セリカは立ち上がり、真っすぐに彼を見つめた。
その瞳には、迷いを断ち切った強さがあった。
「あなたの申し出を光栄に思います。
けれど、私はディオール領を愛しています。
この土地と共に生き、領民の幸福を守ることが、私の道だと信じています」
その言葉を聞いて、セドリック王子はしばし黙り込んだ。
やがて、穏やかに微笑む。
「……やはり、あなたは素晴らしい方だ。
自分の信じた道を貫く勇気がある。
そんなあなたを、私は心から尊敬します」
そして、ゆっくりと一歩前に出た。
「セリカ様。私はあなたの自由を奪うつもりはありません。
もし、あなたがこの地で生きるなら、私は遠くからでもその未来を支えたい。
あなたが望むなら、私はこの領地の一助となる覚悟があります」
セリカは驚いたように瞬きをした。
「……本当に?」
「ええ。私は“あなた”を選びたいのです。
あなたの生き方も、考えも、すべて含めて」
その真っ直ぐな声に、セリカの頬がわずかに紅潮した。
そして、静かに微笑む。
「セドリック王子……ありがとうございます。
あなたと共に未来を築くことを、これから真剣に考えてみます」
王子の瞳が、嬉しそうに柔らかく輝いた。
「それで十分です。私はあなたの決断を待ちます」
---
対話が終わり、王子が去ったあと――。
セリカは窓辺に立ち、そっと両手を胸の前で組んだ。
(セドリック王子……あなたのような人となら、きっと未来は変えられる)
まだ幼いながらも、その心には確かな決意があった。
それは、ひとりの少女が「自分の信念」と「他者との未来」を両立させるために下した、初めての“大人の決断”だった。
――この日、セリカの胸の中に、静かに新たな希望の灯がともった。
15-3 セリカの決断
連日続く見合い――その数、すでに百を超えていた。
貴族たちはこぞってディオール家の娘、奇跡の天才令嬢セリカに婿入りを願い出たが、そのどれもが「家」や「名声」しか見ていなかった。
――彼らの目は、私ではなく“ディオール家”を見ている。
そんな日々の中で、セドリック王子との対話だけが、彼女の記憶に深く刻まれていた。
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夜、屋敷の書斎。
蝋燭の炎が静かに揺れ、金糸で縁取られた机の上に一通の手紙が置かれていた。
セドリック王子からの、正式な再婚約の申し入れである。
セリカはペンを持ったまま、じっとその封を見つめていた。
(……彼の言葉、優しかったな)
“あなたの信念を支えたい”
“無理に求めはしない、あなたの選択を待ちます”
その言葉を思い出すたびに、胸の奥が温かくなるのを感じた。
彼は、他の誰とも違う――。
---
ディオール領の夜は静かだった。
窓の外、満月が白く大地を照らし、遠くの村の灯が点々と光る。
セリカはそっと窓を開け、夜風を頬に受けながら呟いた。
「この地が好き……」
広がる畑、笑い声の絶えない市場、子どもたちの学舎。
彼女が築き上げた改革のひとつひとつが、この領地を少しずつ変えていった。
だからこそ、離れることには強い抵抗があった。
「王妃になることは、領民を見捨てることになるのかしら……」
セリカは、手を胸に当てて考える。
もし王妃として国を導けるなら、より多くの民を救える。
けれど、自分の足元を離れることで、守れなくなる人々もいる――。
「……どうすれば、いいの」
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翌朝。
朝露に濡れた庭園を歩くセリカの表情は、いつになく沈んでいた。
その背に声がかかる。
「セリカ」
振り向くと、父ディオール公爵と母公爵夫人が並んで立っていた。
公爵の手には一通の書簡。セドリック王子の紋章が刻まれている。
「セリカ。セドリック王子から、再び正式な申し入れが届いた」
セリカは小さく息を呑み、姿勢を正した。
公爵はゆっくりと続ける。
「彼は、君を一人の人間として尊重しているようだ。
権力でも、利益でもなく、信念に惹かれている。
……どう思う?」
セリカは俯き、しばらく言葉を探した。
「……お父様、お母様。
私は、セドリック王子の誠実さを感じました。
彼なら、私の信念を理解してくれる気がします。
でも……私はまだ、ディオール領を離れられません」
その声には迷いが滲んでいたが、芯の強さもあった。
公爵夫人は微笑み、娘の肩に手を添える。
「セリカ、あなたの選ぶ道を、私たちは尊重します。
けれどね、信念を曲げずに歩める相手なら――共に歩むことも、悪くないわ」
セリカはその言葉を胸に刻み、静かに頷いた。
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数日後。
再び、ディオール邸の応接室でセドリック王子と対面する。
昼下がりの光が、ステンドグラスを通して柔らかに差し込んでいた。
「セドリック王子」
セリカは立ち上がり、真っすぐに彼を見つめた。
その瞳には、迷いを断ち切った強さがあった。
「あなたの申し出を光栄に思います。
けれど、私はディオール領を愛しています。
この土地と共に生き、領民の幸福を守ることが、私の道だと信じています」
その言葉を聞いて、セドリック王子はしばし黙り込んだ。
やがて、穏やかに微笑む。
「……やはり、あなたは素晴らしい方だ。
自分の信じた道を貫く勇気がある。
そんなあなたを、私は心から尊敬します」
そして、ゆっくりと一歩前に出た。
「セリカ様。私はあなたの自由を奪うつもりはありません。
もし、あなたがこの地で生きるなら、私は遠くからでもその未来を支えたい。
あなたが望むなら、私はこの領地の一助となる覚悟があります」
セリカは驚いたように瞬きをした。
「……本当に?」
「ええ。私は“あなた”を選びたいのです。
あなたの生き方も、考えも、すべて含めて」
その真っ直ぐな声に、セリカの頬がわずかに紅潮した。
そして、静かに微笑む。
「セドリック王子……ありがとうございます。
あなたと共に未来を築くことを、これから真剣に考えてみます」
王子の瞳が、嬉しそうに柔らかく輝いた。
「それで十分です。私はあなたの決断を待ちます」
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対話が終わり、王子が去ったあと――。
セリカは窓辺に立ち、そっと両手を胸の前で組んだ。
(セドリック王子……あなたのような人となら、きっと未来は変えられる)
まだ幼いながらも、その心には確かな決意があった。
それは、ひとりの少女が「自分の信念」と「他者との未来」を両立させるために下した、初めての“大人の決断”だった。
――この日、セリカの胸の中に、静かに新たな希望の灯がともった。
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