見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
99 / 108

24-3 結婚式って…気がついたら花嫁? しかも花嫁は5歳の幼女!

しおりを挟む
🌙第24章 レクサスⅧ世編

24-3 結婚式って…気がついたら花嫁? しかも花嫁は5歳の幼女!

 ――その日も、セリカはいつも通りだった。

 ディオール領の収穫量の報告書に目を通し、税率調整のメモを書き込み、新しく作る用水路の図面に赤で印を入れていく。

「この支流、もう少し下流で分岐させた方が、村ごとの水量バランスが取れますわね」

 五歳児らしからぬ台詞をつぶやきながらペンを走らせていると、ふと違和感が胸をよぎった。

(……なんだか、今日は妙に落ち着きがないわね)

 廊下を行き交う侍女たちが、いつもよりそわそわしている。
 執務室の外から聞こえる声も、どこか浮き足立っていた。

「式場側の準備は――」
「ドレスのお直しが――」
「入場の順番は――」

 ……聞き逃したくても、やけに耳に入ってくる単語ばかりだ。

(式場? ドレス? 入場?
 ……誰の話かしら)

 嫌な予感がして、セリカは書類を閉じた。

「ねえ、少しいいかしら?」

 通りかかった執事を呼び止めると、彼はびくりと肩を跳ねさせた。

「は、はいっ、セリカ様!」

「今日は、何か“特別な予定”でもあるの? みんな、とても慌ただしいみたいだけれど」

「え、ええと……その……」

 執事は明らかに目を泳がせた。
 セリカは笑顔を浮かべ、にこり、と首を傾げる。

「ごまかさないで、教えてくださる? 領主代理として、知っておくべきことでしょう?」

 五歳児にして“領主代理の圧”を出されては、さすがの執事も観念せざるを得ない。

「……じ、実は……本日、セリカ様と、レクサスⅧ世陛下との――」

 一瞬の沈黙。そして絞り出される言葉。

「――ご結婚式が、執り行われる予定でございます……」

「…………………………は?」

 世界が一瞬、音を失った。

「今、なんて言いました?」

「ご、ご結婚式が――」

「誰と誰の?」

「セリカ・ディオール様と、レクサスⅧ世陛下の……」

「へぇえええええええええええええええ!?!?」

 執務室に、見た目はお人形のような幼女の、まったく可愛くない絶叫が響き渡った。

◆◇◆

「ちょっと待ってくださいまし!! 私はまだ返事をしていませんわ!!」

「も、申し訳ございません、セリカ様。しかし、レクサス陛下は“ご承諾いただけると確信している”と――」

「誰の確信よそれは!? 少なくとも私のものではありませんわ!!」

 机をばんっ、と叩く姿は完全に小さなブラック上司である。

 だが廊下の向こうでは、すでに侍女たちがバタバタと走り回っていた。

「急いで! ドレスの裾の調整が――」
「花飾りの位置はこれでよろしいでしょうか」
「リングピローは――」

(……待って、本当に結婚式モードが進行している……?)

 セリカの額に冷や汗がにじんだ。

「私、まだ“検討します”としか言ってませんわよね!? イエスとは一言も!!」

「レクサスⅧ世陛下は、“もはや婚約は形式的なものに過ぎない。先に結婚式を整えておけば話が早い”と……」

「話が早すぎますわ!! 五歳児のイベント感覚で進めないでくださる!?」

 思わず素が出た。

 幼い胸に、怒りと不安とツッコミ欲が一気に渦巻く。

(なにが“形式的な婚約”ですの……!
 形式って大事でしょう!? 心の準備とか、将来設計とか、そういうのを詰めるための期間でしょう!?)

 なのに、気づけば――

「セリカ様、お時間がございません。ご支度を」

「支度って、なんの――」

「ご結婚式の、でございます」

「してないって言ってるでしょうがぁぁぁぁ!!」

 叫んだところで、侍女たちに両脇を抱えられ、ずるずると控室へと運ばれていく五歳児領主。

(これ、絵面だけ見たらただの“七五三の前撮り”ですわよね!?
 親が張り切ってるタイプの!!)

 しかし、これは七五三ではない。
 正真正銘、国家間の政略結婚式の準備だった。

◆◇◆

 しばらくして。

「……どうしてこうなりましたの」

 鏡の前に立つセリカは、深いため息をついた。

 目の前には、ふわふわのレースと純白の布地に埋もれた、ちんまりとした花嫁がひとり。

 ヴェールは短めに調整されたものの、ドレスは本格的な王妃仕様。
 腰のあたりから大きく広がるスカートには、細かな刺繍がびっしりと施されている。

 ただ――中身が五歳児なので、どう見ても“お姫様ドレスで遊ぶ子ども”にしか見えない。

「……これ、絶対『記念写真だけ撮りました♡』みたいなやつですわよね」

 一周回って笑えてくる。

「七五三とか、そういう祝い事なら、まだ理解できますわ。
 “まあ、親が張り切ってるのね”って、生温かく見守れますわ。
 でも、これは――」

 セリカはこぶしをぎゅっと握りしめた。

「ガチの結婚式ですわよね!!!」

 鏡の中の花嫁が、信じられないというように目を見開いている。

「マジかよ……」

 つい、前世でも口にしたことのないような言葉が漏れた。
 周囲の侍女が一瞬固まる。

「せ、セリカ様……?」

「いえ、独り言ですわ。お気になさらず」

 にっこりと微笑んでごまかしつつ、頭の中ではフル回転で状況整理をしていた。

(このまま式に出れば、“レクサスⅧ世と五歳の花嫁”という既成事実が出来上がる。
 国家間の条約も、きっとその前提で動かされる。
 “セリカはもう嫁いだ前提で”話が進んでしまうわけですのね)

 彼女は理解している。
 これは“個人の恋愛”ではなく、“国家のカード”なのだということを。

(ここで黙って流されれば、私はただの“使われる道具”になりますわ)

 それは――彼女が最も嫌う未来だった。

◆◇◆

 ノックの音がして、ドライドが控えめに顔をのぞかせた。

「お嬢様……お支度、お済みのようで」

「見ての通りですわ。
 気づいたら、五歳児が花嫁にされてましたの」

 きっぱりと言い切るその口調に、ドライドはわずかに眉をひそめる。

「……ご不満、で?」

「不満しかありませんわ」

 セリカはくるりと振り向き、ドレスの裾をつまんで見せた。

「これ、どう見ても『おままごと』ですわよね?
 中身は本物の政略結婚なんですけど?」

「……たしかに、絵面だけで言えば」

 ドライドは苦笑しつつも、真剣な目で続ける。

「しかし、お嬢様。この場をどう切り抜けるかは……お嬢様の言葉ひとつにかかっております」

「分かっていますわ」

 セリカは小さく息を吸い込んだ。

(泣き叫んでも、駄々をこねても、きっと止まらない。
 これはもう、“大人たちの都合”で固めてしまった式)

(でも――)

「私、ただの五歳児ではありませんものね」

 鏡の中の自分に、そっと微笑みかける。

「領主代理として、ここまでやってきましたもの。
 なら、花嫁としても領主としても、私の意志を通してみせますわ」

 七五三ではない。
 “うっかり花嫁”でも終わらせない。

 これは――国家を相手にした、五歳児の“カウンター”の始まりだ。

「行きましょう、ドライド。
 結婚式かどうか、今ここで“はっきりさせて”きますわ」

 小さな花嫁は、堂々と背筋を伸ばした。

 その一歩が、レクサス王国とリュミエール王国、
 そしてディオール家の運命を、大きく揺さぶることになるとも知らずに――。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。 王太子エドモンド殿下曰く、 「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。 ……それなら結構ですわ。 捨ててくださって、ありがとうございます。 行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、 冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。 「俺と“白い結婚”をしないか。  互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」 恋愛感情は一切なし。 ――そんなはずだったのに。 料理を褒めてくれる優しい声。 仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。 私の手をそっと包む温もり。 気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。 そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、 祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。 「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」 アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、 私の世界は大きく動き出した。 偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。 追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、 契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。 これは、 捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、 大逆転のラブストーリー。 ---

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

処理中です...